「星月先生ベッド貸して下さい良いですよね借りますよ有難うございます」
「またか名字…」

どったんばったんと大きな足音を立て保健室へとやって来たのは、星月学園2人目となる女子生徒名字名前。そして溜息を吐くのはこの保健室の主、星月虎太郎である。この無茶苦茶で慌ただしい挨拶にも馴れたものだった。否、最早馴れざるを得まい。

「…今日は何だ」
「最終チェックです!残っているのは誤字脱字の修正だけなんですけどマイパソコンのエネルギー残量が30を切っているので、充電用の電気を拝借する為に延長コードを貸して頂けると大変助かります」
「コードなら先月お前が持ち帰っただろう」
「ああそうでした。鞄に入れっぱなしにしてたの忘れてました!」

有難うございます、と礼を言うなり名前はベッドに腰掛け鞄を開くと、そこからノートパソコンと先月持ち帰ったままの延長コード、A4サイズの月刊少女漫画誌、そしてシャープペンシルその他諸々の筆記用具を引っ張り出した。パソコンを起動させるなり高速でキーボードを打っていく名前を横目に、星月は本日2回目となる溜息を吐いたのだった。

今保健室のベッドの上でノートパソコンに向かっている彼女の名前は名字名前。星月学園二年星座科所属。男子生徒の多いこの学園で数少ない女子生徒の一人、という点を省けば、どこにでもいるようなただの普通の女子である。そう、ただ一つの事情を除けば。

「あああもう10分しかない!?やばいやばいやばい車来るのに」
「先週。時間に遅れないように、お前が予め時計の長針を早めに来ただろう…今はまだ15時50分だ」
「そう言えばそうでした!」

猛スピードで手元を動かす彼女の横に置かれているのは、派手な色合いの漫画雑誌。今時の若者が読むようなそれの表紙には、可愛らしい女の子の差し絵。そして絵の下には作者のペンネーム。まるで、星月の目の前いる少女の名前を捩ったような。

「まさかお前が恋愛小説家とはな…」

そう。平凡な少女名字名前は、俗に世間で言う小説家だったのである。

「まさか私もダメもとで投稿したやつが連載になるなんて思ってもみませんでしたよ」
「そうか」
「…まだ皆には黙っててくれてるんですね、先生。有難うございます。このこと知ってるの理事長と虎太郎先生だけなんですよ」

一介の生徒が恋愛小説家。この非凡な事実を、名前は今のところ星月とその姉であり学園の理事長、星月虎春にしか報告していなかった。当初虎春は大した問題はないだろうと言ったが、名前は頑なに公言することを拒んだ。名前は、わざわざ公開するようなことでもないと吐き捨てたのだ

「今回で最終回なんだろう。もう周りに公言しても問題はないと思うが」
「理解力のない人達に馬鹿呼ばわりされるのは御免です」

しかしそれも彼女の性格所以だろうと星月は思う。決して自分の功績を他人に見せびらかしたり自慢するようなことはしない。名前は変に真面目だった。

ふと、キーボードを叩きながら名前がパソコンの画面から目を離さずに星月に尋ねる。

「で、星月先生、次の連載のことなんですけど」
「もう次の話か」
「〆切と同じで次回連載は待ってくれないんです何でも良いからネタ下さい先生お願いします」

どうやら今日は原稿の提出と共に次回作の打ち合わせもあるらしい。何というハードスケジュール。どうりでいつも以上に急いでいる筈だと星月は納得する。

「そうだな…ミステリーはどうだ。殺されたのは蠍座寮に住む宮地龍之介。口には大量のシュークリームが詰め込まれていた」
「売れません」
「何でも良いと言ったのはお前だろう」
「もし宮地に知られでもしたら殺される…って、うわ!やばい時間だ!」

壁の時計を目にした名前はあわあわと散らかしたものを鞄にぶち込んでいく。全くもって優雅さの欠片もない彼女の行動だが、最早それに見慣れてしまっている星月はくすくすと笑っていた。それとは反対に、彼の笑顔を見た名前は顔を真っ赤にして固まる。時間は迫っている筈なのに何をしているのだろうか。星月は首を傾げた

「どうした」
「…笑わないで下さいね、星月先生。次の連載、決まりました」
「早いな。今の今までアイデアなかったんじゃないのか」
「はい。でも、出来上がりました。もの凄い長編になりそうです」

名前はそう言って保健室の扉の前で立ち止まり星月を振り返る。

「次も恋愛小説。現役高校生の主人公の裏の顔は、若き恋愛小説家。そんな彼女が好きになったのは学校の若き保険医だった」
「…それは…」

星月は言葉に詰まる。どう捉えれば良いのか分からない。彼はなんとかこれだけを口にした

「…ハッピーエンドには程遠いと思うぞ、そのネタは」
「大丈夫です。この小説家の恋は、人生で最後の恋だから。長くなるのは当然」

人生で最後の恋。例えそれがハッピーエンドでもバッドエンドでも、主人公にとっての最後の恋になると名字は言う。そして長く険しい道のりになると。それはその主人公の恋が簡単に上手くいくようなものではないことを示していた。しかし、と名前は笑顔を見せる

「でも、バッドエンドになんかさせません。今までもこれからも、私の書く話はいつも絶対にハッピーエンドです。それに、彼女はもう、未来永劫その保険医しか見えてないんですから」

そう言い残して保健室を去っていく名前。残された星月は暫く静止をした後、ふとベッドの上にペンが落ちているのを見つけた。名前が忘れていったものだろう。星月はそれをそっと手に取ると指でくるくると器用に回す。

「…」

最後の恋。その言葉と名前の笑顔に、星月はペンを回しながら優しい笑顔を浮かべて呟いた。

「…展開が見逃せないな、これから」




(生徒で恋愛小説家)







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