これの続き(一年後)






「ねぇリョーマ。去年の七夕も雨だったの、覚えてる?」

今日は雨。各委員会での会議を終えた部員達は雨ということもあり、室内トレーニングを終えた後足早に帰っていった。手塚や大石は先程まで居残り部誌を書いたりしていたが彼らも今はいない。そんな折に、暇を持て余し手の中で短冊を弄んでいたリョーマに名前が尋ねた。

「何、急に」

言われずとも覚えている。去年の七夕、リョーマはずっと想い続けていた名前と結ばれた。殆ど無理矢理と言っても過言ではないほどリョーマの強気で押し切ったが、彼女も勿論彼のことを好きになった。とはいえキスから始まる恋愛など世間一般ではあまり聞かないので、彼らが2人の馴れ初めを他人に話すことはあまりない。付き合い始めて一年経った今ではそれを尋ねる人も少なくなったのだが。

雨の七夕。織姫と彦星は会えない。名前は部室の窓から曇った空を眺めている。今と同様、不安げに部室の窓から空を見上げていた去年の彼女の姿を、彼は今でも覚えていた。

「どうしてみんな短冊に願い事を書くのかな」
「…便乗してるんじゃない。年に一度、織姫と彦星が会える奇跡の日に」

自分の隣に腰掛ける名前を見ると、彼女の視線は部室に飾られた笹に向けられていた。括り付けられた色取り取りの短冊。そこに書かれた字が、書き手それぞれの願い事の強さを表しているように思えた。

「考えてみるとね、ここ数年ずっと七夕の日は雨なんだよ」
「うん」
「それで思ったんだけど」
「うん」
「かささぎが雨を降らしているのかもしれない」
「かささぎ、ね…名前はなんでそう思うの」

付き合い始める前から気付いていたことだが、名前は特定の人としか話さない話題がある。例えば桃城とは彼がよく行くファストフードの裏技情報を交換したりしているし、手塚にはお勧めの洋書はないかと尋ねたりしている。リョーマだってそのファストフード店には行くし、頻繁にとは言えずとも英語だって出来るのに、だ。彼女はそれらの話題をリョーマと共有することはしない。

そしてリョーマと名前の間でしか交わされないいくつかの話題の一つが、七夕だった。

「思ったの」
「うん」
「織姫と彦星の、一年にたった一度の逢瀬を地上の人が邪魔しないように、かささぎが雨を降らしているのかもしれない」
「…そうかもしれないね」

一年に一度しか許されない、織姫と彦星の逢瀬。その奇跡に、便乗しようとしている下界の人間。

かささぎは2人の逢瀬を誰にも邪魔させないように雨を降らしている。

彼女の意見も一理あるなとリョーマは思った。

天気の影響もあり、夏なのに外はもう薄暗い。リョーマはソファから立ち上がると、短冊を持っていない方の手を名前に差し出した。

「そろそろ帰ろ。俺達も」

一瞬きょとんとした表情でリョーマの顔と手を見比べていた名前だったが、次の瞬間には笑顔を見せ彼の手を取った。

「短冊、書かなくて良いの?」
「織姫と彦星の逢瀬はかささぎに任せて良いと思うし、それに」
「うん」
「名前が隣にいてくれるから、俺に願い事はないね」
「そっか」

俺達は織姫と彦星じゃない。殆ど毎日会えることが幸せという決定事項ではないけれど、俺達は今此処にいる。幸せだ。かささぎが雨を降らしている間しか会えない2人とは違うんだ。離さないし、離れない。離すつもりなんて毛頭ない。俺達は一緒にいる。明日も、明後日も、それから先も、ずっと。

帰ろう。誰も2人の逢瀬を邪魔しないように。俺達のこの時間も、誰にも邪魔されないように。少しゆっくりとした歩調で。

そんなことを考えながら、リョーマは黒い折り畳み傘を名前の方に少し寄せた。溜まっていた雨粒が自分の左肩に落ちたが、そんなことは気にならなかった。
















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