時は少し遡り、白石と謙也が保健室にいる頃。その頃グラウンドで体育の授業を受けていた財前は、友人数名と用具庫を訪れていた。今日は晴天。教師によると外でサッカーをするという。めんどくさ、と思いながらも、財前とその友人数名達が用具庫前に立った時だった。鍵の掛かってあるはずの用具庫から、何やらガタガタいう物音が

「誰かいるんか」

財前が音のする個室へ向かって尋ねる。しかし返事はない。返事は無いが相変わらず、紙が擦れるようながさがさとした音。もしや不審者か、と財前以外の男子生徒の表情が強張ったその時、その内の1人が足下に落ちていたキラリと光る何かに気付く。それはバレッタだった

「バレッタ…?」

彼は首を捻る。この髪留めを何処かで見た気がする、と。彼は今日の記憶を遡る。今朝は学校に登校して、校門をくぐったその時、ちょうどミス四天宝寺が前を歩いていて、今日も綺麗やなあと見惚れて、そしてそこ髪には――そうだこのバレッタが

「あああああああああ!!」

ミス四天宝寺の名字名前が体育用具庫に立てこもっている。その噂は瞬く間に全校に広がり、授業中にも関わらず沢山の生徒が体育用具庫前に野次馬を作った。




「しょーもな。ほんっまにしょーもない」

思わず謙也は溜息を吐いた。財前曰く、白石との一件以来名前がまだ教室へ戻っていないらしい。これが何気に騒ぎだそうだ。生徒会会計である名前しか把握していない事が多すぎて、日頃彼女に頼りきっていた役員や教師までもが戸惑い、体育用具庫前に溢れかえっているとか。その原因を作ったのはお前や、という視線を白石は謙也から注がれる

「分かっとる。分かっとるわ」
「分かってないな。どないすんねん。会計関係の仕事で名前の代わりになるような奴はおらん。俺もちっさい頃から何千回名前に助けられた事か」
「勿論このままにしとくつもりはないわ。ないけど、名字さんと話す前に把握しときたい事がいくつかある」

把握しときたい事って何すか、と不思議そうに財前が尋ねると、白石は「誰しもトラウマなる原因はあるよな?」なんて意味深な事を言い、謙也に向かって微笑んだ





「なんや、アマテラスオオミカミみたいやねぇ」
「何やそれ?」

名前が立て篭もっている倉庫を眺めながら、小春は思い出したように話し出した

「アマテラスオオカミは日本の神様のことよお、ユウくん。弟のスサノヲに乱暴にされた時、アマテラスは怒って岩屋に引き篭もったんやわ。アマテラスは太陽の神様やからなあ、彼女がいなくなると地上はたちまち暗闇になる」
「さっすが小春や。つまり今起こってる状況そのものやな」

その時人混みを掻き分け見知った三人が顔を出した。白石、謙也、財前の三人である。彼らの登場に、やっと来たかと小春は笑みを零した。しかしそんな彼の心境を知らない財前は隣に立つ白石に、これでもかというほど面倒臭そうな表情で問い掛ける

「それで、部長の把握しときたい件は何とかなったんすか」
「まあな。悪いけどどいてくれへんか」

しばらく歩いて謙也と財前、そして白石は例の体育用具庫の前へ着く。体育用具個庫の入り口には人溜まりが出来ており、中の個室に向かって「ミス四天帰ってきてくれ」なんて声を掛けている者も。そんな人だかりを掻き分けるようにして白石は進む

「白石くん?」
「中には名字さんしかおらんねんな」
「はあ…って白石!?」

中に名前以外がいない事を確認すると白石は迷う事なく用具庫へと立ち入る。そのあまりにも堂々とした姿に周囲は驚きを通り越して寧ろ関心していた。謙也ははらはらと事の行く末を心配している。ただ1人財前だけは面白そうに事の行く末を見守っていたが

「名字さん」

中に入りマットに腰掛けている名前の後ろ姿を正面にするように、白石は腕を組んで壁を背に凭れかかった。

「小春は名字さんをアマテラス言うたけど、まさにその通りかもしれんな。俺に傷つけられた君は此処に閉じこもった。君がおらん事で皆は大騒ぎや」
「…」
「朝の事を謝らんとアカン思てな。でもただ言葉だけで謝罪するにはどうも俺は納得いかんのや。何で名字さんがあんなに拒絶を示してたんか。それを知った上で浅はかな事をしたと俺は謝りたい」

ただ触れられただけであれほどに平常心を取り乱した訳。その訳を承知した上で謝罪するいう白石に、名前の薄い肩がびくりと揺れる。まさか、とでもいうように

「謙也から教えてもらった。彼氏がいたとは知らんかったわ。…けどたあ、随分酷い裏切られ方したらしいなあ」

先ほど白石は、名前と最も親しく付き合いの長い謙也と話した。彼女は今まで一体何をしていて、その結果として何が男嫌いに決定打を与えたのか。謙也は話していいものかと悩み苦しんだ末に白石に打ち明けた。

名前には彼氏なる相手がいた。しかし名前が一途に想いを寄せていた相手は、彼女ほど強く想いを寄せてはくれなかったという。

些細な喧嘩からの暴力。

「それからは人と関わり合うのを避けてたらしいな。特に男に対しては、暴力を振るわれるんちゃうかっちゅー不信感を持ってる」
「…」
「そんなトラウマを持っている名字さんに俺は触れてしもた。ほんまに悪いことしたと思ってる」

誰しもトラウマを抱えている。勿論それは名前のような人に対する不信感だけとは限らない。しかし人によりそのショックの感じ方はそれぞれだ。だからこういう場合は、他者が気安く「気にするな」と口にしてはならないことをわ白石は知っていた。そんな白石の気遣いがあってか、今までずっと黙っていた名前が初めて口を開く

「…母は、私に大人になれと。例え人に裏切られても、それを受け入れる寛大な心を持てと」
「寛大な心、ねぇ…」
「私がどれだけ大人になっても裏切る人は裏切るし、暴力を振るう人は振るう。だから私は人と関わらない」

名前が言葉を切った丁度その時、きゅるるる、と間の抜けた音が倉庫内に木霊する。なんとも可愛らしい腹の虫の声。無表情ながらも名前がお腹を押さえるのを見るに、どうやら彼女の腹が空腹を訴えているらしい。それでも白石は笑うことなく続ける。

「そやな。孤独に依存してもいい。それが自分を裏切らないと信じてるんならな。けど、自分を受け入れてくれる人もおのずと現れるもんや。そういうことを名字さんのお母さんは教えたかったとちゃうか?」
「…」
「あとついでに俺は名字さんのことが好きや」

何かとんでもない事を「ついで」として聞いた気がしたが、倉庫の外から聞こえる小春の「名前ちゃ〜ん」という呼び掛けに、名前はうんざりした表情で立ち上がる。そして白石が伸ばした手を取った

「自分、今日も可愛えなあ」

笑顔の白石の言葉に、名前は思い切り眉間に皺を寄せた表情でこう返事した



「私は嫌い」









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