夕方。わたしは今日の夕飯を作るため、町のスーパーへと向かっていた。部屋を出るとき、西くんはいなかった。今日もどこかへ出掛けているのかなあ。ご飯食べるのか聞けなかったし、でももし帰ってきて食べるって言われたら困るから、とりあえず作っておこう。そう思っていると、ふと私の横を一組の男女が通り過ぎた。

(カップルさんかなぁ…)

その二人を自然で目で追っていくと、彼らは裏路地の方へ入って行った。私は行ったことがないけれど、確か友達が「あそこは名前にはまだ早いよ」と言っていた、お、大人なお店がたくさんある路地だ。私は急に恥ずかしくなって目を逸らそうとしたが、その通りから出てくる人物に見覚えがある気がして、もう一度その通りを振り返った。そして目を疑った。

「…あれ?」

目をごしごしと擦り再びその先を見る。私の視線の先、つまり裏路地から出てきたのは、私服姿の西くんと、西くんと腕を組んだ、見覚えのない綺麗なお姉さんだった。

(知り合いのひと、かな)

よく分からないけど、西くん達は何やら話し込んでいるように見えたし、邪魔をしてはいけないと思った私はそっとその場を離れることにした。

しかし(そんなつもりはなかったんだけど)じろじろとしぶとい私の視線に気付いたのか、お姉さんが西くんの肩をトントンとつつき顎で私のいる方向をしゃくると、西くんがこちらを向き、私と目が合ってしまった。

(見つかる前に帰るつもりだったのに…!)

「え、名前?」
「えっと、その、わ、私、夕飯の買い物で、たまたま通りかかって。ご、ごめんなさい」
「別に悪いなんて言ってない」

いつもの口調で、どもる私を(優しくはないけど)なだめる西くん。するとふいに思い出したように後ろを振り返り、お姉さんに話しかけた。

「ごめん。今日は帰る」
「えー、もう?」
「ごめんってば。代わりに、いつもの半分でいいから」
「…」

いつものぶっきらぼうな口調ではなく、猫撫で声とでも言うような声でお姉さんと会話する西くん。私は今まで西くんのそんな声を聞いたことも、照れくさそうに謝る表情を見たのも初めてだった。

キッと鋭い目線を私に向けるお姉さん。いつもなら怖がって震えあがる私だけど、今の私は少しだけぼーっとした表情で、そこにいる西くんを見つめたままだった。

すると、ハァと溜め息を吐いて、お姉さんが鞄の中からピンク色の財布を取り出した。そしてそこからお札を何枚か取り出しペラペラと指で数えると、それを西くんに渡した。

「また連絡するね」
「ありがと」
「丈ちゃん、またよろしくね」

カツカツと赤いピンヒールを鳴らし、長い茶髪の髪をなびかせながら去っていくお姉さん。私は根が生えたかのように、そこに突っ立ったまま動けなかった。

「に、しくん」
「なに?」
「…前に西くんから預かったお金って、まさか」
「そうだよ。今日みたいに貰ったお金」

さらりと言ってのけた西くんの言葉に、さらに私の表情が凍ったのは言うまでもない。私は続ける。

「か…体売って、お金貰ってるって、こと…?」
「…」

西くんはうつむき、面倒臭そうにハァと溜め息を吐くと、顔を上げ私の目を見た。その時の西くんの顔は今までに見たことのないくらい、怖くて、この世の汚いもの全てを軽蔑し、見下したような目をしていた。

「…マージで人間って単純だよな。自分が抱いて欲しい人間には、何万とか払ってでも抱いて欲しいと思うんだってさ。馬鹿すぎると思わねぇ?」
「に、にしく、」
「相手が自分のこと何とも思ってなくても、名前覚えてもらってなくても、どうにかして自分のこと抱いて欲しいって思うんだよ。女だけじゃない、男だってそうだ。例えばさ、自分がセックスしたいと思う女がいたとするだろ?無理矢理犯したりも出来るけど、そんなんじゃ後で通報されて強姦罪で捕まって、ハイ終了。だから力づくでするんじゃなくって、金払ってセックスするんだってさ。自分の身の保身の為に」

一気に喋りきった西くんの話の内容に、私は息をするのも忘れそうだった。それでも何とか意識を保ち、ぎゅっと両の手を握り締め言葉を発する。

「だ 、めだよ。やめて、西くん。体売ってお金貰うなんて、ぜ、絶対、間違ってる」

喉が渇く。声が震える。けれど私は話すことを止めなかった。

「それにそんなの、西くんの体に悪いかもしれないし、西くんのご両親だって」

その途端、先ほどまで無表情だった西くんの表情がみるみるうちに変化した。私の説教に怒っているのでもなく呆れているのでもなく、ただただ

「――――の話…ん、な」
「…え?」
「親の話なんてすんじゃねぇよ!!」
「!」

悲しそうな顔をして。

「―――ごめん、急に大声出して。暗くなってきたし、そろそろ帰ろうぜ」

西くんは数拍置くと、ようやく小さく声を出して私に帰ることを促す。彼はそうすることで、先ほど怒鳴った時の怒りを静めているようにも見えた。

「…そ う、だね」

両親のことで声を荒げた西くん。

彼が、何も自分のことを教えようとしなかった理由は一体何なのだろう。更に謎が深まった1日だった。






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