「お邪魔しまーす」
「ちょ、ちょっと…!バレちゃいけないから、声ちっさくして!」
お父さんお母さんごめんなさい。名前はまだ彼氏すら、というか初恋すらまだなのに、今日会ったばかりの、名前も知らない男の人を部屋に上げてしまいました。
(えっと、電気電気、っと)
ぱちん、と部屋の電気を点ける。いつもと変わらずわたしを迎えてくれる、ベッドを始めとした家具や荷物。でも今日はいつものわたしの部屋ではない。イレギュラーな存在がすぐ隣に立っている。
「えっと、と、とりあえず、どうぞ座ってくださ、い」
わたしが指差したのは、小さなダイニングチェア。男の子は特に返事をするでもなく、普通に椅子を引いて座った。わたしも向かい側の椅子に座る。目の前にいる彼とは違い、ガチガチに緊張している。それが分かったのか、男の子は組んでいた腕を解き、わたしに警戒を解けとでも言うように手をひらひらさせた。
「別に取って喰ったりしないから」
「ほ、本当ですか…」
「あんた疑い深すぎだろ」
「だって、そんなの、いきなり銃突きつけられたら誰でも警戒しますよ」
「あっそ」
「…とりあえず、何処から来たんですか」
歳は。職業は。何の目的でこんなところに。そんなことを聞いていくが、彼は何一つとして教えてくれない。机に頬杖をついて、言わない、言わない、何で教えなきゃなんねぇんだよ。返ってきたのはそんな感じの返事だけだった。
あ、と声を上げて、唯一教えてくれたのは名前。
「西丈一郎」
「…にしくん、ですね」
西丈一郎くん。西くんは、とりあえず寝泊まりするところを探していたのだと言う。迷惑は掛けないし、突然襲ったりもしないし(顔が熱くなるのが分かった)、自分のことは自分でするから、ここに住ませて欲しいと。
しかし、困ったものだ。わたしの住む寮は女子寮だし、彼氏を連れ込んで色々やっている友達もいるけれど、けど、西くんを真っ暗闇に追い出すこともできないし、どうしよう。
わたしはぎゅっと手を握って、西くんの顔をまっすぐ見た。
「あ、あの、ここ女子寮で、男の人は基本的にいちゃ駄目なんですけど、」
「…」
「歳も職業も何でここにいるかも知らないんですけど、バレないように、協力して下さるなら、」
「…」
「いて下さっても、かまいま、せ、ん」
言って、しまった。お父さんお母さん、薄情な娘でごめんなさい。でも、例え男の人が苦手でも、困っている人を見捨てることはわたしにはできません。
西くんはしばらく黙ったあと、静かに口を開いた。
「あんたにばっかり負担かけられないし、あげられる物もないから、悪いんだけど」
「そ、そんなこと」
「お礼として、何か一つだけお願い聞いてやるよ」
「え、」
そんな、見返りとか求めてたわけじゃないんですけど。まあいいんじゃない。でも。わたしは何回か、でも、と言ったが、結局折れたのはわたしだった。すいません、とわたしが謝ると、西くんは、ああそうだと言って、わたしを黙らせた。
「名前。あんたの」
「えっ、あ、わたし、名前、です。よ、よろしくお願いします」
「ん、」
こうして、平凡な高校生・わたしと、謎だらけ少年・西くんとの共同生活は幕を上げたのだった。