「あ、桜だ」

ひらりとスカートの上に落ちてきた桜の花びらに、わたしは窓を開けっ放しにしていたことを思い出す。

高校を卒業したわたしは新しい住居となるマンションで荷物の解体作業に励んでいた。


ピンポーン

インターホンが鳴り、その音がわたしに扉を開けるように催促する。ぱたぱたと軽い足音を鳴らし玄関まで辿り着くと、扉の鍵を外した。

「久しぶり。早かったね」
「…」

そこに立っていたのはしかめっつらをした西くんだった。彼をダンボールだらけの部屋に招き入れようとするが、彼はわたしの腕を取ると腰に手を回し抱き締める。

「久しぶり」
「それさっきも聞いた」
「うん。…あ、合格おめでとう」
「東大だぜ、すごいだろ」
「うん、頑張ったね」

西くんがあの寮の部屋を去って、彼と別れてから一年。彼は去り際にこう言った。東大を目指す、と。東大に合格することを条件に、家から出ることを許されるのだと。彼が一度寮を去り父親の元へ戻った時、大口論の末そう取り決められたのだそうだ。その言葉に、西くんに触発されたのか、もう二度と彼から離れたくないと思ったわたし自身の欲望か、きっかけは今となってはもう覚えていないが、わたしも東大を目指すことに決めた。とは言え当時のわたしの学力と成績ではとうてい無理な話しだった。けれどわたしは諦めなかった。死ぬ気で教科書をめくりノートに書き、そして迎えた合格発表の日、わたしは落ちていた。しかしどうしても諦められない。来年には西くんも受験生になる。わたしは滑り止めで受けていた、それなりに偏差値のたかい私大を勧める両親に、土下座した。約束なのだと。どうしても会いたい人がいるのだと。わたしには東大合格の義務はないはずなのに、そう言っていた。折れた両親は、一年だけと条件を付けて浪人を許してくれた。わたしはまた一年必死に勉強した。友達ちゃんとたまに会うだけで、高校時代の友達とは滅多に会わなかった。西くんとは、電話すらしなかった。此処で声を聞いてしまえば負けだと、何故かそう思っていた。そして二度目の合格発表。わたしはまた落ちていた。もう浪人することはできない。そんな折、一本の電話がはいった。それは西くんからで、わたしは、少し低くなった声とか、変わらない口のききかたとか、もう何だかすべてが愛しくてなつかしくて、訳もわからず泣いてしまった。そんなわたしの顔が容易に想像できたのだろう、笑っていた西くんだったが、かれの用件は、もっと大事なことだった。東大にごうかくした。ごうかく、ごうかく、とうだい。その単語を反復し、おめでとう、と告げたあと、わたしはあやまった。浪人したけど、いっしょの大学にかようことはできない、と。すると、西くんはまた、笑った。何がおかしいの、そう言うと、彼はこういうのだ。#なまえ#、K大学うけてごうかくしてるんだろ、と。K大学というのは、都内でもけっこう偏差値のたかい、ゆうめいな大学だ。何でそれ知って、と言葉をこぼすと、だっておれもそこにいたから、と彼は答えた。まあやくそくだから会えなかったけど、と言う西くんのことばに、わたしはひとつ、希望をみた。西くんに、また連絡する、と言って電話を切ったあと、両親と話をした。かれらは、わたしがそのK大学に行くことを、うれしそうにきいていた。ちゃんと奨学金も、浪人した分のお金もかえすから、もう少し、わがままだけど、勉強をさせてください、と。両親は、はんたいしなかった。ちちは、おめでとう、と言った。ははは、わたしに、大切な人と会えるの、と尋ねた。あえるよ、と言ったわたしのかおがそんなにほころんでいたのか、はははよかったね、といってくれた。

そして今日が、その、会える日だった。後に彼が電話で指示したことは、何日までに荷物をまとめることと、それを送る住所と、わたしが東京へ行く日取りだった。わたしはちゃくちゃくと準備をすすめ、東京へたびだつ。見送りには、両親と、友達ちゃんがきてくれた。彼女はファッションの専門学校で勉強していて、しょうらいはデザイナーをめざすのだという。事情をほとんどしっている彼女は、ほんとうにおめでとう、と言って、泣いた。わたしも、ありがとう、と言って、泣いた。けれど、かなしくなんか、なかった。

そして今日、わたしは東京の新居へやってきた。ひとりぐらしには広めの、2LDK。西くんが、えらんだのだ。

「あいたかった」
「…うん、わたしも」
「もう、離すつもり、ないから」
「わたしだって、離されるつもり、ないよ」

わたしたちは、再会した玄関でそのまま愛しあってしまった。二年ぶりに再会したことで、そして自由になったことで、興奮していたのだろう。しかしもう、そこにはよろこびしかなかった。離すつもりもないし、離されるつもりもない。これからはもう、ずっと。








桜舞うこの場所が、わたしたちの新たなエデンだ。









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