「でねー、その時ほんとに怖かったんだってば!」
「ええ?」
「本当だってば!ほんっっとに!」
わたしの隣で先程から興奮気味に喋る、友達の友達ちゃん。彼女が話している内容は昨日の夜の出来事。友達ちゃんによると、昨夜ジュースを買いにコンビニへ歩いていたら、突然、近くに停めてあった車がぺしゃんこに潰れたという。
「だっていきなり車がへこんだんだよ!?ポルターガイスト現象に間違いないね!」
「あはは…」
止まらない彼女のマシンガントークに苦笑しながら相槌を打っていると、いつの間にか女子寮まで残り数十メートルのところまで来ていた。
「ん?…あれ?」
「どうしたの、友達ちゃん」
「見て名前。女子寮の前に」
彼女が指差す先を見ると、寮の近くのガードレールに人が腰掛けているのが見えた。落ち着いた青色のブレザーに、赤いネクタイ。あれは
「西くん!」
「あ、名前。おかえり」
そこにいたのは西くんだった。
普段着ているパーカーとは違い見慣れない制服姿だったので、どうしたものかと私は驚いた。
「名前、知り合い?」
どうしたの、と西くんに聞きかけた私はぎくりと動きを止める。ここは女子校の女子寮前。そこに居たら確実に怪しまれるであろう男の子がいる。しかもその寮生、つまり花の女子高生の知り合いとなると、友達ちゃんの行き着く考えはひとつ。
「カ レ シ ?」
友達ちゃんは私の耳元に顔を寄せて小声で言った。みるみるうちに自分の顔が真っ赤になっていくのが分かる。私は慌てて首を横に振った。
「ち、違うよ!実家の近所に住んでる幼なじみなの!」
「ふーん…」
友達ちゃんはわたしと目が合うと、ニヤリと笑みを浮かべた。…すごく、嫌な予感がする。その予感は的中し、なんと友達ちゃんは、ぼーっと携帯の画面を見ていた西くんに話し掛けたのだ。
(あわ、わ、どうしよう)
「初めましてー。名前と同じクラスの友達です。いつも名前がお世話になってますー」
少し距離があるので西くん達が何を話しているのかは分からなかったけれど、友達ちゃんは西くんと一言二言だけ言葉を交わし、走ってわたしのところに戻ってきた。そして先程のニヤリという笑顔を浮かべて言うのだ。
「名前、週明けに詳しく聞かせてもらうからね!」
じゃあまたねー!と手を振りながら、友達ちゃんはすごく楽しそうな表情で帰っていった。
ふぅ、と溜め息を吐いたのが聞こえたのか、西くんが携帯の画面から顔を上げた。
「そういえば西くん、何してたの?」
「この辺の探索」
「何か良いの見つけた?」
「まぁね」
そう言って、得意気な表情をした西くんが持ち上げたのは
「わ、猫!」
真っ白でふわふわの毛並みを持った猫だった。首輪が付いているから、恐らく飼い猫だろう。
「かわいいね」
「…」
西くんはその猫を道路に降ろす。ああ、もう逃がしちゃうのかと思った私の甘い考えは、即座に打ち砕かれることになる。
逃がすでも、撫でるでもない。なんと彼はその白猫を革靴で足蹴にしていた。
「え、あっ、ちょ、こら西くん!足蹴は駄目でしょ!」
慌てて西くんに足蹴にされている猫を救出する。踏まれてたのは一瞬なので怪我はないように見えた。しかし念の為、手足の骨が折れてないかを一通り確認する。
「あー良かった、大丈夫みたい。というか西くん、猫に足蹴は駄目だよ」
「え、猫って足蹴にする為にいるんじゃないの」
「違うから!」
はぁ、と結構本気な溜め息を吐いていることも気にせず、私は西くんの横にしゃがみこみ、猫を路上に寝転がらせる。
「ほら、こうやって撫でてあげるんだよ」
白い毛に覆われた腹や顎を撫でてやると、猫は気持ちが良いのか、時々 ぐるる、と唸ったり にー、と鳴いたりする。
「ね、かわいいでしょう?」
猫を抱き上げ西くんの方に見せると、彼は数秒固まったあと、勢いよく目を逸らした。何だろう。何かまずいことでもあったのかな。
(…今日だけは、ギョーンすんのやめとくかな)