「何やってんのさ、アルト」


VF-25Fをじっと見上げたまま動かないアルトに声を掛ける。その気高い横顔は今何を、誰を思っているのかが少しだけ気になった。


ランカちゃんが、バジュラにさらわれた。血は繋がってはいないとはいえ、彼女の兄であるオズマ隊長はやたらと苛々していて(彼は深刻な時ほど口数が少なくなりピリピリしている、そして実はその感情が頂点に達した時ほど調子が悪い)、ルカはルカで未だ目を覚まさない病院のナナセさんを心配しっぱなしだし、何よりクランはミハエルを失った。彼を失ったことは勿論S.M.Sに少なからず衝撃を与えたが、幼少期から彼と共に過ごし、また彼に想いを寄せてきたクランにとってその悲しみは計り知れない。


(なら、私は?)


湧き上がる疑問。私は誰の為に戦うのだろう。何の為に生きてるのだろう。何の為に、VF-25に乗るのだろう。


「アルトは、どうして空を飛ぼうと思ったの?」


ふと隣に立つアルトの空を飛ぶ理由が気になり、私はVF-25Fを見上げながらぽつりと言葉を零す。アルトも私も目を合わすことはせず、ただアルトのVF-25Fを見上げていた。


「…本物の空を、飛びたいんだ。人工の、作られた空なんかじゃなくて、果てしなく広がる本物の空を」
「…今の目的も、それ?」
「…いや。多分、それだけじゃない。自分の為でもあるし、何より」
「ランカちゃん、だね」


続けた私の言葉にアルトは答えなかった。この状況でまさかとは思うが、今彼が飛ぶ理由の一つに彼女を助けることは入っていないのだろうか。オズマ隊長にひっぱたかれるぞ。


「……お前は?」
「は?」
「無いのかよ。お前が空を飛ぶ理由」
「…」


それとなく私の質問を回避したアルトにむかつきながらも、彼の問い掛けに思わず考え込んでしまう。何だろう、私の空を飛ぶ理由か。少なくとも、宇宙の平和を守るため、なんて正義に満ちたものではない。


小さな頃からいるS.M.Sや、そこで一緒に戦うパイロットや整備士とかクルーの皆は大好きだ。ランカちゃんやシェリルさんも、彼女達の歌も好きだ。私のVF-25だって勿論好きという気持ちは譲れないし、このフロンティアだって何だかんだで好きだ。でも、どれもこれも空を飛ぶ理由にはならないと思った。否、私にとってそれらは理由に当てはまらないと思ったのだ。私が空を飛ぶ理由、それは


「ああ、分かった」
「?」


暫くして私は声を上げ、アルトはVF-25Fから視線を移す。私も彼と同じように視線をアルトの目に移すと、彼の茶色の瞳を見つめながらはっきりと言った。


「私が空を飛ぶ理由はアルトだ」
「は、」


間の抜けた声を出す彼に向き直り、その手を握る。一見綺麗な手、それは私のものよりも大きい。血豆の潰れた痕でごつごつしているものの、その手は確かに暖かかった。


「アルトと空を飛ぶのが好きだし、連携技とかフォーメーションの時も、アルトと決まった時が一番気持ち良い。VF-25Fに乗ってる時のアルトの表情も好きだ。何より」


「アルトを守りたいと思う」


それじゃ理由にならないか?と尋ねた私の言葉に、アルトの顔がみるみるうちに赤に染まっていく。その様子がおかしくて、こんな状況にも関わらず私は思わず吹き出してしまった。


「〜っお、お前なあ!!」
「わ、悪い、だって面白くて…!」
「この…っ」


わなわなと震えるアルトに笑いが治まらない。ひいひい言いながらも呼吸を整えようとすると、アルトが空いていた方の手で私の顎に手を添える。アルトの長い髪が私の首を掠めたかと思ったら、一瞬唇に感じた柔らかい感触。


「な、」
「…言わせてばっかじゃ格好つかねぇだろ」
「何が、」
「だから、俺が飛ぶ理由だよ!」


帰ってきたらもう一回言ってやっから、それまで絶対死ぬなよ!耳まで真っ赤に染めながらそんな台詞を投げつけ、自機であるVF-25Fに乗り込むアルト。そんな彼をぽかんとした表情で見送り、そして暫くしてやっと彼が言った言葉の意味を理解した私はハッとして、自機の待つハッチへと走り出した。


その時の顔の顔は、アルトに負けず劣らず真っ赤だったに違いない。




(想うが故の理由)







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