(…暑い)

また、この時期がやってきた。

真夏の太陽がジリジリと照りつける。八月も終わりに近付いた頃、俺はどうしても憂鬱になる。

ああ、やっぱりこの季節は

(嫌いだ)



今日は俺や安堂にとって、一年の中でも上位に入るであろう特別な日。

「あれ樫野、どこか行くの?」
「ああ、まあな」

寮のエントランスで靴を履き替えていると、まだ封の切られていないアイスを左手に持った花房が階段を降りてきた。

「これから寮で夏休み恒例の勉強会するってさっき田中くんが」
「花房、悪いけど、俺パスっつっといてくれ」
「え、」

言葉を遮り言う俺に首を傾げた花房。ふとそな視線が、俺の右手にある向日葵に向けられた。

「向日葵、綺麗だね」
「…ああ」
「あーあ、今日は安堂も朝からいないし、ゆっくり出来そうだなあ」
「安堂、もう出てったのか?」

花房の声に思わず反応し、靴ひもを結ぶ手を休め振り返る。

「うん。結構早くに」
「そっか…んじゃな」

きゅっと靴ひもを結び直し、向日葵を手に持って俺は立ち上がる。

「って、結局どこ行くのさ!」

後ろから聞こえてきた花房の突っ込みに、振り返った俺は上手く普段通りの表情をつくることが出来ていたのだろうか。



「命日なんだ」






「俺が好きだった奴の」














(暑…)

また、この時期がやってきた。

真夏の太陽がジリジリと照りつける。八月も終わりに近付いた頃、俺はどうしても憂鬱になる。

「…」

俺や安堂にとって、一年の中でも上位に入るであろう特別な日。

「よ、名前。久し振り」

俺は実家から少し離れた神社にある、小さな墓地に来ていた。

今日は特別な日。

「感謝しろよ。毎年毎年お前が好きな向日葵持ってきてやってんだから」





今日は名前が死んだ日だ。









名前が死んだのは二年前。小学六年生だった俺はあまり友達と呼べる存在もいなかったけど、それでも仲の良い奴はいた。

安堂と名前の二人だ。



俺は家のこともあって学園に入るのは反対されたけど、成績トップを守ることを条件にして入学を許可してもらった。

「マー君も許可もらえたんだ」
「おう。…お前等は?」
「私も安堂も許可出たよ」
「まーたお前等と一緒かよ…」
「嬉しいくせに」

はは、と笑う名前。彼女の家は俺の親が経営してる病院と同列の薬局を経営していて、名前も聖マリーの入学に対してかなりの反対にあった。

「うるせーよ」



その日の帰り道。家も近かった俺と名前は並んで歩いて帰った。夏の暑い日。日は落ちてもまだまだ蒸し暑い。

そんな中、ふと名前が口を開いた。

「ねぇ、樫野」
「なんだよ」
「最高のショコラティエになろうね」
「…おう」

向日葵にも負けない位明るい笑顔で名前が笑うから。急に恥ずかしくなった俺は名前の方を見ることが出来なくて、沈んでいく夕日に目をやった。

名前と帰った最後の夕方。俺は今でも、落ちてくる夕日を見ると殺したい衝動に駆られる。

名前を奪っていった、夏の夕日。

名前の親から電話があったのは、その日の夜だった。









「最高のショコラティエになろうね」

夏の夕日に照らされた帰り道。名前のその言葉が、あの時の約束が、危篤を知らせる電話越しに聴こえた、名前が俺の名前を呼ぶ声が、今でも鮮明に耳に響く。

俺が今学園にいる理由を与えてくれたのは名前だ。ショコラティエになる目標を支えているのも名前だ。だからそのためにも俺は、

「樫野、」

名前の分の夢も叶えなきゃいけない。






「向日葵の花言葉って知ってるか?」

名前の墓石の前にしゃがみ込み、俺はふと思い出す。名前に供える為に向日葵を買った店で、店員が言っていた。

「『あなただけを見つめて』、なんだと」

名前、俺はお前だけを見てるよ。名前が泣くなら、その涙を拭う存在になりたかった。笑った時には、その笑顔を一番近くで見る存在になりたかった。

「樫野、好きだよ」

夕日が沈む。影が伸びる。

名前を奪っていった夏。また、この時期がやってきた。

八月も終わりに近付いた頃、俺はどうしても憂鬱になる。



「…俺も好きだよ」



嫌いだ。

名前を奪った夏なんて。

だから





あなたを愛したまま、さよなら。






(二年前の夏、俺は誓った)





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