「千鶴の前髪ってさあ」
「ん?」
「なんであんな風になっちゃったんだろうねぇ」


夕暮れ時の屋上。俺の隣で壁に体を預け、カメラを構えた名前に、どうでもいい疑問を俺はぽつりと口にした。


「ああ、あの帰国子女でバッタ前髪の橘くん?」
「そうそう」
「同情するわ本気で」
「右に同じく」


名前は写真部である。同じ学年で、俺とは違うクラスで、放課後はいつも屋上にいて、他の女子より少し長いスカートを穿いて、黒いカメラを持っている。それだけは知っている。逆に言うと、俺はそれだけしか名前のことを知らない。


他人と付き合うのを苦手としている俺が、何故あまり素性を知らない名前とこうして話しているかというと、話は2ヶ月前に遡る。


「…あ、」
「…(先客か…)お邪魔しました」
「ちょっと待って!」
「…何でしょう」
「浅羽祐希くん、だよね」
「はあ、まあ…」
「あのさ」
「?」
「モデル、やらない?」



出会いは2ヶ月前の、今日みたいなオレンジ色の空をした放課後だった。要に追い掛けられていた俺は屋上に逃げ込み、そこで写真を撮っていたのが名前というわけだ。彼女は何故か俺に写真のモデルを申し込み、そして何故か俺もそれを了承した。


「…何で俺がモデルなの?」


出会った当初、そんな疑問を投げかけたことがある。そんな質問の返答は


「君が美しいから」


面白い人だと思った。面と向かってそんなこと言う人に会ったのは初めてだった。そこからだ。俺が彼女に興味を示し、放課後よく屋上に来るようになったのは。


(…この人の目には、何が映っているんだろう)


俺は名前の構えていたカメラを奪い取り、名前をレンズ越しに見つめる。手持ち無沙汰になった名前はカメラに向かってピースをする。かしゃ、と俺はシャッターを切った。


「てかさ、話変わるけど」
「ん、」
「祐希は悠太くんと双子じゃんか」
「そだねー」
「やっぱり髪質とか目、見た目はどことなく似てるね。中身は全っ然違うけど」
「中身とか、分かるの?」
「うーん」


彼女は俺の手からデジカメを取り返すと、今度は逆にレンズを俺の方に向けた。いや、いきなり他人を勝手に撮るもんじゃありません。うん、俺は撮ったけどね。そう思っても彼女には意味を成さない。かしゃかしゃとシャッターを切り始めた。


「悠太くんは優しいし器用だけど、祐希は更にすっごい不器用って感じ?」
「何それ」


かしゃ、かしゃ、かしゃ。名前がシャッターを切る。俺はゆっくりと目を閉じた。目蓋の裏に、ぼんやりとしたオレンジ色がじんわりと染みて、珍しくきれいだと思う。


(名前の目には、俺と悠太がどう映っているんだろう)


乾いたシャッター音が屋上に響くのを聞きながら、俺は黙って彼女の答えを待っていた。


「祐希は人と関わんのも苦手だし、お礼言うのも謝るのも苦手でしょ」
「えー、そんなことないですよーう」
「そのくせ寂しがりで、強がりで、何だかんだで変なところは負けず嫌いだし」
「…」
「寂しいって思っても素直に伝えられないところとか、祐希の良いとこも悪いとこも私はいっぱい知ってるよ」


俺は思わず目を開け名前を見た。彼女は被写体を俺から空に移し、今は空のオレンジ色を撮っている。


「…」


返す言葉がない、とはこのことを言うのだろうか。俺は彼女の観察力を少し侮っていたのかもしれないと、真剣な顔の名前を見る。


少しだけ、期待をしていた。校内では一度も会ったことがない、この屋上でしか会わない彼女に、何故か自分を理解してほしいと。祐希と悠太は別々の存在であると、そのことを認めてもらいたかったのだ。小さい頃から一緒にいる悠太や要や春以外の、誰か、特別な存在に。


そして彼女はその違いを見事に言い当てた。


「、どした?」


俺の視線に気が付いたのか、カメラを構えたまま名前が此方を向く。


「…いや、そんな恥ずかしいことよく平気な顔して言えるなーと」
「酷いな相変わらず…まあ良いけど」
「ねぇ」
「?」
「俺と悠太の見分け、いつついた?」
「はあ?」
「いいから答えて」
「…最初からだけど」
「…え、嘘」
「失礼な!嘘ちゃうわ!」
「関西弁混じってます名前さん」
「はあ、」


名前が溜息を吐き、カメラを下ろす。


「だって私が最初に美しいと思ったのは祐希だもん」


(ああ、そうか)


彼女は本当に最初から分かっていたのだ。そしてこの屋上で名前が俺に声を掛けたのは、間違いでも偶然でもなかった。


(悠太と祐希は違う、…か)


俺は彼女の細すぎる腰に手を回す。名前は少し驚いたみたいだけど、俺はその手を離さない。肩に顔をうずめ目を閉じると、目蓋の裏に写ったのはまたオレンジ色だった。


「え、ちょ、なに。どうしたのさ、普段抱きついたりしないくせに」
「んー…」
「…はいはいよしよし」


自分だけを見てくれる人がいて、嬉しくて、どこか恥ずかしかった。彼女の、俺の頭を撫でる手が心地良い。俺はオレンジ色に包まれた屋上で、彼女に抱き付いて目を閉じた。











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