ジノには、もったいないぐらいの恋人がいる。テレビに出る女優さんみたいに綺麗すぎるわけでも、ラウンズみたいに強いというわけでも、メカニックとして活躍しているわけでもないけれど、彼のことを誰よりも何よりも大切にして考えてくれる、そんな恋人がいる。


「…」


ナイトオブシックスであるアーニャ・アールストレイムはとある部屋の前にいた。自分と同じラウンズの、ジノ・ヴァインベルクの部屋である。ナイトオブスリーという立場、しかも貴族という身分の彼は、その功績や実力では勿論、一方でよく仕事をほっぽらかして逃走することでも知られていた。彼の性格上、じっと執務室に籠もって仕事をするのは割に合っていないのだ。真面目なスザクは彼の仕事のサボリ癖を直そうとしたものの、その努力は意味を成さず、彼のサボリ癖は今ではもうすっかり政庁中に広まってしまっている。


そしてアーニャは、そんなジノに仕事の資料を持っていってくれとスザクに頼まれたのだ。無論彼には無駄な資料だと思っているアーニャでも、最近特に忙しそうな様子のスザクに頼まれたものは仕方がない。コンコンと、ジノの部屋の扉をノックした。


「…ジノ?」


返事がない。いないのだろうかと不審に思ったアーニャは、ギィと音を立てて部屋の扉を開け中を覗き見る。そこには


「…寝てる」


日溜まりに包まれたソファの上で、恋人である名前と共に眠っているジノがいた。


(…記録、)


アーニャはポケットにある携帯端末に手を忍ばせながら、2人が寄りかかって眠るソファに近付く。この平和ボケ幸せ度満載のジノの表情を見たら、スザクはなんと言うのだろう。少なくとも溜め息を吐くことは予測できる。


名前がジノの秘書になってから、彼は変わった(厳密に言うと名前がジノの命令によって秘書にさせられたのだが)。二人の間に何があったかアーニャは知らないが、名前と出会ってからジノはよく笑うようになったと思う。勿論それまでも笑ってはいた、しかし心の底から笑うことが増えたとアーニャは思うのだ。


ジノは名前を大切にしているし、名前もまたジノを大切にしている。勿論アーニャ自身も幾度となく名前に助けて貰ったことがある。良かった、と思った。ジノに、自身に、名前という存在がいて良かったと。しかし、それもまたいつの日か忘れてしまうのだろうか。だからこそ忘れないように彼等のこの姿を記録しなければとアーニャは携帯端末を構えた。


ぴろりん、と電子音を立てる携帯端末。アーニャはソファに座り幸せそうに眠る2人を記録すると、名前の頬に掛かった髪をそっと避けた。


「…ん、」


名前の薄い唇から声が漏れ、その瞳がゆっくりとアーニャを見る。そして隣のジノを見、再び視線をアーニャに戻した。


「…アーニャ、?」
「おはよう」
「ん…、おはよう」
「仕事、持ってきたの」
「私に?」
「ジノに」


そっか、と言いながらアーニャの差し出した資料を受け取り、小さく欠伸をする名前。


(ああ、猫みたいだ)


「ふふ。寝るつもりはなかったんだけど、ジノに引っ張られてさ。日が暖かかったから、つい」
「猫、みたい」
「私が?」
「そう、猫」


ぴろりん、とまたアーニャが記録する。画面の中には、間の抜けた名前と、未だその隣で眠るジノがいた。


「アーニャ、猫好きなの?」
「…多分。嫌いじゃ、ない」


それを聞いた名前は何かを考えるように顎に手を添え、暫くしてから面白そうに口元に笑みを浮かべた。


「…じゃあ、また今度アーニャとアーサーと私とジノ、それからスザクとナナリーも呼んで、皆で猫会しよっか」
「猫、会?」
「そう。猫好きによる猫好きの為のお茶会。どうかな?」


名前のネーミングセンスはいまいちだと思ったが、その一方で猫好きの見知ったメンバーによるお茶会は素直に嬉しいと思った。そして楽しみだとも。


「…うん。また、今度」
「約束ね。それまでにこの資料、ジノに始末させとくから」


そう言って笑顔を見せ手を振る名前に、廊下へと続く扉に手を掛けたアーニャは足を止める。少し悩んだ末、彼女は薄く笑顔を返し、小さく手を降り返した。


自分が猫を好きかどうかは分からない。しかし名前が猫会と名付けたお茶会には、主催者である面白い名前や、総督と言えども優しく自分と年の近いナナリー、弄り甲斐のあるスザクが来るのだ。名前が来るとなると恐らく(というよりは絶対に)ジノも来るだろう。そう考えると


(…猫会、悪くないかも)


廊下を歩くナイトオブシックス、アーニャ・アールストレイムの足取りは、先程よりも軽かった。






(この約束は私のもの)







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