一週間の終わり、金曜日。名前はハーマイオニーと朝食を食べ、彼女を授業へ送り出した後、やってきたフレッド・ジョージと今日の時間割について話していた。ハーマイオニーは一限の授業があるが、それを免除された名前は二限目に魔法薬学、三限目からは三年生以上の生徒対象の授業「マグル学」を取っている。対するハーマイオニーは一限から授業。よって彼女とは、二限目の魔法薬学で合流することになっている。

ちなみに、名前が二歳歳上であることは、入学式の次の日の朝に伝えていた。ハーマイオニーやハリー、ロン、同室の女の子など、最低限の範囲で。しかし受講する教科が一人だけ違うということは、誰の目から見ても明らかであるし、他にも名前の素性を知る人物が一人いる。ドラコ・マルフォイだ。名前が何もせずとも、彼のお喋りからその内勝手に広まるだろう。今回に限り、寧ろ好都合だ。変に隠しても、過ごし辛いだけだ。

「名前、どうしてマグル学なんか取ったんだい?君はマグル界で暮らしてたんだろう?」
「魔法の世界から見るマグルの世界も面白いかなと思って」
「名前の熱心さを聞いたら、親父は喜ぶだろうな」

聞くと、ウィーズリー家の父親はマグルの生活に大変興味があるらしく、家の屋根裏やガレージの隅にマグル製品が山のように隠されているらしい。

「へえ…変わってるわね」
「「まったくだ」」
「そういえば、私二限目に魔法薬学が入ってるんだけど、担当教師のセブルス・スネイプってどんな人なのかしら」

セブルス・スネイプについては様々な噂が飛び交っている。スリザリン贔屓だとか、グリフィンドール嫌いだとか。スリザリンと聞いて思い出すのは、ドラコたちだ。そういえばあの組み分けの日以来彼らと話していない。見かけることはあっても、名前のことを見るなりドラコはすぐさま顔を背けてしまうのだ。一方で、名前の質問に嫌なことでも思い出したのか、双子はこれまで見た中でもっともげんなりした表情でこう言った。

「「最悪さ」」

名前は苦笑するしかなかった。




魔法薬学の教室は暗く寒い地下牢だった。壁にズラリと陳列したガラス瓶の中で、ホルマリン漬けの生物がぷかぷか浮いたりはしていなかったが、さすがの名前でも薄気味悪い。

スネイプが教壇に立つのを見るなり、名前は思わず口の中で笑った。勿論生徒の誰も名前のその笑いに気づくはずもなく、スネイプは淡々と出欠を取っていく。そしてやはり、いつかのフリットウィック先生の時のようにーーー名前は受講していないので知る由もないがーーースネイプもまたハリーの名前で言葉を止めた。
「ああ、左様。ハリー・ポッター。我らが新しい――スターだね」

しかしそれは、魔法史の時よりも、比べものにならないくらい嫌な気分にさせるものだったらしい。ドラコがクラッブやゴイルとクスクス笑いを浮かべそれを冷やかす。しかしそれを注意しないあたり、やはりスネイプがスリザリン贔屓という噂は本当のようだ。まあ、ダンブルドアから聞くに、彼も学生時代はスリザリン生として他寮と敵対していたようだし、不思議ではないと名前はぼんやりと思う。

「このクラスでは杖を振り回すようなバカげたことはやらん。そこで、これでも魔法かと思う諸君が多いかもしれん」

確かに魔法薬学は魔法というよりも科学実験のようなものだ、と名前は遠慮なくその言葉に心の中で賛同した。

「フツフツと沸く大釜、ユラユラと立ち昇る湯気、人の血管の中を這い巡る液体の繊細な力、心を惑わせ、感覚を狂わせる魔力…諸君がこの見事さを真に理解するとは期待しておらん。我輩が教えるのは、名声を瓶詰めにし、栄養を醸造し、死にさえ蓋をする方法である――ただし、我輩がこれまで教えてきたウスノロたちより諸君がまだましであればの話だが」

自分はそのウスノロではないということを証明しようと、隣のハーマイオニーが椅子から腰を浮かせた状態でいる。今にも立ち上がりそうだ。溜息を吐いた名前は鞄の中から羽根ペンと羊皮紙を取り出す。羽根ペンを握ると同時に、スネイプが「ポッター!」と突然叫んだ。

「アスフォデルの球根の粉末にニガヨモギを煎じたものを加えると何になるか?」

バキッと音がした。名前が持っていた羽根ペンが折れたのだ。手を挙げたまま、ハーマイオニーが名前の方へチラリと一瞬視線を向けた。静かな教室なため音は他の人にも聞こえたようだが、皆ハリーとスネイプに注目しているため気づく者は少なかった。

ハーマイオニーが手を上げているにも関わらず、スネイプは尚もしつこくハリーに答えを言わせようとしていた。

「わかりません」

ハリーが答えるとスネイプは口元でせせら笑った。

「チッ、チッ、チ――有名なだけではどうにもならんらしい」

ハーマイオニーの手はまたもや無視された。名前は折れた羽根ペンをさっさとしまい込み、新しい羽根ペンに持ち替え、頬杖をしながらおもむろに何かを書き綴る。名前は苛々していた。スネイプの態度も、スリザリンの冷やかすような笑い声も、どれも彼女の堪忍袋の尾を遠慮なく削いでいく。

「ポッター、もう1つ聞こう。ベゾアール石を見付けてこいと言われたら、どこを探すかね?」

ハーマイオニーが思いっきり高く、椅子に座ったままで挙げられる限界まで高く手を伸ばした。その横で、名前は眉間の皺をさらに深くさせた。ドラコたちが身をよじって笑っていた。

「わかりません」
「クラスに来る前に教科書を開いて見ようとは思わなかった訳だな、ポッター、え?」

スネイプは、ハーマイオニーの手がプルプル震えているのをまだ無視していた。

「ポッター、モンクスフードとウルフスベーンとの違いは何かね?」

相変わらずの行動に名前は大きく溜息を吐く。ただでさえ敵対視しているグリフィンドールの生徒のそれに、スネイプが反応しない訳がなかった。

「何かね?ミス・リドル」
「いえ、特には何も。それにしても、スネイプ先生にやっと気付いて頂けて心から嬉しく思っています」

指名された名前は椅子から立ち上がり、スネイプを見据える。心からと言っているくせに、名前の声からはちっとも喜びが見出せない。座って名前とスネイプに注目している生徒達は、ビクビクしながら彼女の発言を聞いていた。ハリーもロンも、隣にいたハーマイオニーさえも目をこじ開け呆然と凝視している。

「グレンジャーがずぅっと手を上げていたにも関わらずお分かりにならなかったようなので、てっきり先生の視覚はハリーしか捉えられないのではと思っていたんです」

名前の変わらぬ笑顔が怖い。スネイプは顔をしかめ唸るように言った。

「何が言いたいのかわからんな。我輩の目と耳は君のものより正常だと思うがね」
「まあ!」

名前はフレッドやジョージがするようなくらい大袈裟な振る舞いで驚いてみせた。

「ではスネイプ先生はよっぽどハリーの事が好きなんですね。さっきからポッターポッターポッターポッター、ポッターばかり。お言葉ですが、ここは貴方とハリーだけの個人授業教室じゃないんです。個人指導がしたいなら夜中遅くに自室へ呼び出して2人っきりでこっそりどうぞ」

ロンが小さく吹き出した。ハリーが苦虫を噛み潰したような顔をしている。クスクス笑い声がいくつも聞こえてくるや否や、スネイプは咳払いでそれを諫めた。

「ならばミス・リドル。君がこの質問の答えを述べてみてくれ」

スネイプの言葉に一瞬で教室が静まった。これには流石のドラコも名前の方を心配そうに見ている。名前はそんな視線を多数受けながら、それでもスネイプを見続けていた。

「一年生の教科書を最初から最後まで読んでも分からないかもしれない問題を?」
「なんだ、できないのか?君は周囲の生徒より二年長く生きているのだろう?」

ああ、よりによって面倒なことをしてくれた。名前が周囲の生徒より二つも歳上であることを、スネイプはあっさりとリークした。ざわざわと教室がざわめく。リークすること自体は悪いことではないが、このタイミングでわざわざするべきことではないだろう。しかも名前の神経を逆撫でするような挑発と共に。

「なんだ、出来ないのかね?」

隣のハーマイオニーがまた手を挙げようとするのを片手で収めると、ニヤリと不気味な笑みを零し名前は反撃を開始した。この際だ。もう何とでもなれ。

「出来ますけど?」

次の瞬間、嫌味たっぷりな口からは、彼女がこれまでの人生で培ってきたほんの一部の知識がペラペラと流れ出した。

「アスフォデルとニガヨモギを合わせると、眠り薬になります。あまりに強力な薬なため、『生ける屍の水薬』と呼ばれています。ベゾアール石は山羊の胃から取り出す石で、たいていの薬に対する解毒剤になります。モンクスフードとウルフスベーンの違いですがーーこれは引っ掛けですね。同じ植物で、別名アコナイト。所謂トリカブトのことです」

スラスラと、端的に。だがどこか嘲笑を含んだ声音で答えると、スネイプはとても嫌そうな顔をした。名前はしてやったり、と心の中でニヤリと笑った。魔法薬学は年齢が1桁の頃から彼女の得意分野だ。応用の奥の更に奥に書かれた端書きの部分まで記憶している。

スネイプは不快そうに顔を背けた。気に入らない、とでも言わんばかりに。そして教卓をバンと大きく音を立てて叩く。

「何故今のを全てノートに取らんのだ!?」

生徒に八つ当たりする辺り、名前に対する苛立ちを抑えきれていないようだった。いっせいに羽根ペンと羊皮紙を取り出す音がすると、名前は席についた。その音にかぶせるように、スネイプが言った。

「ミス・リドル、君の無礼な態度で、グリフィンドールは5点減点」

直後、名前は本日2本目の羽根ペン(の先)を折った。









「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -