「厄介なことになったわね」

ダイアゴン横丁にやって来て早二時間。グリンゴッツに寄り金庫からお金も下ろしてきたし、教科書も全て揃えた。名前は新品の本があまり好きではないので、著者も内容も以前と変わっていないものや呪文集はダイアゴン横丁の古本屋で揃えた。

マグル界のアパートで暮らす名前にとって、久々に歩いて回るダイアゴン横丁だった。マグルの生活も何だかんだで気に入ってはいるが、やはり魔法に囲まれた生活ほど良いものはない。

ふと、通りすがりの呉服店で、知り合いに似たオールバックのプラチナブロンドを見た気がして、名前は足を止める。プラチナブロンドの隣にひとつ、黒髪があった。名前はもう制服とローブを買ってしまったが、羽ペンを買いに行く前に呉服店に入ることにした。ついでだ。ついで。

マダム・マルキンの呉服店では、気前の良さそうなおばさんが、2人の少年の身長に合わせて測った大きさに布を切っていた。プラチナブロンドの少年が、名前にとってはどこか懐かしい声で皮肉を言っているのが聞こえる。

「ほら、あの男を見てごらん!」

急に男の子が窓の方を顎でしゃくった。外には大きな身体をした毛むくじゃらの大男が見える。眼鏡の男の子の方を見て、ニッコリしながら手に持った2本のアイスクリームを示している。プラチナブロンドの言葉が気に障ったのか、眼鏡の男の子はあからさまに顔をしかめた。名前もまたその男のことを知っていた。

「ハグリッドだよ。ホグワーツで働いているんだ」
「ああ、聞いたことがあるよ。一種の召使いだろ?」
「森の番人よ」

そこで初めて、後ろに立ち二人の会話を聞いていた名前が会話に口を挟んだ。眼鏡の男の子もプラチナブロンドも、少しビックリした顔で彼女を振り返る。特に右側のブロンドの少年は、幽霊でも見たかのような顔をしていた。

「き、キミ…まさか、名前か!?」
「久しぶりドラコ。元気そうね」

名前の予想は的中していた。このプラチナブロンドの男の子の名はドラコ・マルフォイ。名前にとって彼はいわゆる幼馴染みのような存在だ。名前は動揺を隠せない様子のマルフォイを放置し、ハグリッドについて彼が先程述べた意見の壁を瓦解させる。

「相変わらずの減らず口ね、ドラコ。他人の容姿に関して口うるさく言うなら、まずは鏡で自分の顔を見てみれば?」「なっ…」

マルフォイは頬を染め言葉を飲み込んだ。ドラコ・マルフォイは名前にとって幼馴染のような存在だ。彼の両親とも幼少期から面識がある。実際に会うのは数年ぶりだったが、マルフォイの他人を見下して話す悪い癖は直っていないようだった。名前はくるりと向きを変え、マルフォイの隣でローブの採寸をされていた黒髪の少年に声を掛ける。

「こいつのことは無視していいわ。入学前の買い物でさえ両親と一緒に来るような温室育ちのお坊ちゃまよ」
「言葉が過ぎるぞ名前!」
「あら、だってもうあなた11歳でしょう?11歳なら両親がいなくても買い物くらい一人で出来るわよ」

私は一人で出来たわ、という名前の声に、マルフォイの顔は更に赤くなった。黒髪眼鏡の少年は吹き出したい衝動に駆られ、思わず顔を背る。すると、マルフォイが反論する前に、タイミングを見計らったかのようにマダム・マルキンが眼鏡の少年に採寸が終わったことを知らせにきた。

「それじゃあ、またね。会えればだけど」

気取ったように名前が別れ際に言った。マルフォイが引きつった顔をしているのが見えて、少年はまた吹き出しそうになった。

「君って最高だね!」

まだ残っている笑いの余韻のせいで、涙を浮かべる程になっていた眼鏡の少年が言った。

「彼、君の友達なの?」
「幼馴染みのようなものよ。小さい頃に何度か遊んだきりだったけど」

マダム・マルキンの店を出ながら、名前と少年は改めて自己紹介をした。

「名前・リドルよ」
「僕、ハリー・ポッター。よろしくね」
「ああ、あなたが…そうだったの。よろしくね、ハリー」

知っている―――知っている。あなたを知っている。そう言いたいのをぐっと堪え、名前はハリーと握手を交わした。何度も何度も、この少年の顔を見ていた。初めて魔法界に来た興奮で満ち溢れているからだろうか?表情は写真よりも幾分か、今のほうが明るいものに見えた。実際に会うのは初めてだが、あの写真に写った顔そのものだった。

英雄。生き残ったこども。魔法界でそんな風に崇められる少年。しかし実際は体が細く、服装も体型に合っておらず、ぶかぶかでみずほらしい。しかしハリーが名前を知る筈もない。確かに彼らは今日が初対面なのだ。名前はふっと笑った。

「でも、少し言い過ぎだったんじゃ…」
「大丈夫。ドラコには、あれぐらい言わないと効果ないもの」
「おーい、どこだハリー!」

さてこれからどうするべきかと名前が首を傾げていると、ハリーの名前を呼ぶ声が聞こえた。2人して辺りを見渡すと、数メートル先に人の頭2つ分飛び出たもじゃもじゃが見えた。ホグワーツの森の番人、ハグリッドである。名前は彼を知っていた。

「ハグリッドと一緒に来たのね」
「うん。おーい、こっちだよー!」

声を張り上げてハグリッドを呼ぶ。ふと、名前に肩を叩かれ、ハリーは振り返る。次の瞬間、頬に感じた柔らかい感触に、ハリーは硬直した。

「…え?」
「じゃあ、私はもう行くわ。ハリー、また学校で」

ひらひらと手を振り、名前はするりと人ごみの中へ紛れ消えていく。名前が姿を消すのと入れ違いにやってきたハグリッドは、ぼんやりと人ごみの先を見つめるハリーの様子を見て、どうしたものかと首を傾げた。

「どうしたお前さん、顔が真っ赤だぞ!」

夏だというのに、頬に触れた唇の温度は、ひんやりと冷たさを帯びていた。








ダイアゴン横丁からロンドンのアパートに戻ってきたのは、日も沈みかけた頃だった。買い足した日用品やこれから必要となる学校の勉強用具の荷解きもほどほどに、名前はベッドへと倒れ込んだ。

出会ってしまった。偶然か、必然かーーーまさか今日会えるなんて思ってもみなかった。

マダムマルキンの呉服店に入ったのは、本当にただの気まぐれだった。ドラコのプラチナブロンドを目にし、からかってやろうと思った。ただそれだけだった。

しかし、ハリー・ポッターの顔を見、名前を聞き、声を聞き、名前は歓喜した。泣き出しそうだった。動揺したことが相手に伝わっていなかっただろうか。自分は至極冷静に対応出来ていただろうか。挨拶替わりのキスだったが、不快に思わなかっただろうか。ハグリッドと入れ違いにハリーと別れたのは、今にも思考回路がショートしそうだったからに他ならない。

手を伸ばし、デスクの上をまさぐると、一枚の写真を引き寄せた。もう何度も何度も見た、夫婦が赤ん坊を抱いている写真。目に焼き付いた翡翠色。写真の中の赤ん坊の目は、母親のそれによく似ている。

「やっと会えた、ハリー」

名前の心はただ、もう、今はそれだけだった。












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