「イッチ年生!イッチ年生はコッチ!」

列車を降りると同時に、ハグリッドが新入生を誘導する声が聞こえた。一面、真っ黒なローブを着た新入生の海。その中から新入生を見下ろすハグリッドは、背丈が生徒の頭ひとつ飛び出している。本来なら駆け寄り再会を喜びたいところだが、この混雑では思い通りに動くこともできない。にかっと笑いかけたハグリッドに、ハリーも小さく手を振った。

「イッチ年生は、舟に乗って城へ向かうのね」

いつの間にかハグリッドの言い方が移ってしまったらしい。名前はそう呟くと、空いている舟に飛び乗った。列車から船着場へ誘導される際、ドラコ達とはぐれてしまったため、彼女は今ひとりで行動していた。

「一緒に乗っても良いかしら?」
「どうぞ」

舟は四人乗りだ。名前は女の子がひとりぽつんと座っている舟を見つけると、そこに乗り込んだ。軽く自己紹介をして、あと二人。新入生に知り合いは数える程しかいないが、誰と相乗りになるのだろう。そう考えた時、運良く二つの人影が近付いてきた。

「名前!」
「あら、ハリー!」

近付いてきたのはこれまた運が良いことにハリーだった。名前とハリーは手を取り合って再会を喜んだ。名前は、彼の傍らに、つい先程目にしたのと同じような赤毛を持った男の子がいるのに気付く。

「ロンだよ。コンパートメントが一緒だったんだ」
「よろしく。本当はロン・ウィーズリーって言うんだけどね」

ロンは苦笑しながら、ロンって呼んでよと名前に声を掛けた。

「名前・リドルよ。ウィーズリーってことはあなた、ジョージとフレッドの弟?」
「そうだけど、まさか君、あの兄貴達に会ったのかい!?」
「ええ。友だちになったわ」

自分のことを何か言ってなかったかとか、何もされなかったかとか、ロンはやたらと名前を心配した。彼らはそんなに野蛮というか、危ないというか、警戒されているのだろうか。何もされてない、と言って、今度は名前が苦笑しつつロンを宥めた。

反対側の岸の山の上に、巨大な城が壮大な雰囲気を醸し出し、そびえ立っていた。




舟が対岸に着いた。ハグリッドが城の扉を3回叩くとパッと開き、階段を登った所にエメラルド色のローブを着た背の高い黒髪の魔女が現れた。厳格な顔つきをしている。

「マクゴナガル先生、イッチ年生の皆さんです」
「ご苦労様、ハグリッド。ここからは私が預かりましょう」

ハグリッドが報告すると、マクゴナガルは玄関ホールに続いているであろう扉を開けた。ハリーやロンはなんとか背伸びをし、中の様子を見ようとしている。生徒の頭越しに視界に飛び込んできた玄関ホールは広く、松明の炎に照らされ薄暗い。しかし天井はどこまでも続いていそうな程高かった。
マクゴナガルに連れられ石畳のホールを横切ると、入口の右手から何百人ものざわめきが聞こえた。ホールの脇の空き部屋に詰め込まれ、生徒達は不安そうに周囲を見渡し互いに寄り添って立っていた。

マクゴナガルが入学の祝辞を述べ、次に寮の説明をした。組分け、と呼ばれる儀式が行われるらしい。

「準備ができたら戻ってきます。身なりを整え、静かに待っていて下さい」

名前は手櫛で髪を梳した。普段あまり自分の身なりを気にしない彼女だが、この時だけは緊張のあまり余計に身体が動いてしまう。

マクゴナガルがいなくなると、空気が少しだけ緩んだ気がした。

「どうやって寮を決めるんだろう」
「きっと試験のようなものだと思う…」
「たとえ試験であったとしても、大して難しくはない筈よ」

名前はロンの推測をばっさり切り捨てる。この中には今までマグル界で生活してきた者も含まれているのだ。それほど厳しい試練ではないだろう。説明にそう付け加えたとき、丁度マクゴナガルが戻ってきた。

「組分け儀式が間も無く始まります。一列になって着いてきてください」

新入生は再びマクゴナガルの後に着いて歩き始めた。大広間には四組の長テーブルと長椅子が設置されており、その中のひとつから名前は双子とリーの姿を見つけた。三人も一緒だったのか、にやにやしながら名前に手を振る。名前も小さく手を振り返した。

マクゴナガルは、上座にあるもう1つのテーブルの所を先頭に1年生を適当に並ばせ、再び停止を指示する。在学生や教員の見つめる中、落ち着かない生徒たちは、各々で様々なものに興味をひかれていた。長テーブルに並ぶ空っぽの金食器、本物の空にも似た天井――

「…すごい」
「魔法で見せているのよ、『ホグワーツの歴史』に書いてあったわ」

前を歩いていた女の子が名前を振り返って、そう言った。名前はその言葉につられ天井を見上げる。美しい光景だった。これはどのような魔法によって成されているのだろう?

マクゴナガルが1年生の前に4本足のスツールを置いたので、名前とその女の子は慌てて視線を前に戻した。椅子の上にはつぎはぎでボロボロの、とても汚いとんがり帽子が置かれていた。

シンと静まった広間で、帽子は軽やかに歌い出した。


「私はきれいじゃないけれど
 人は見かけによらぬもの
 私をしのぐ賢い帽子
 あるなら私は身を引こう
 山高帽子は真っ黒だ
 シルクハットはすらりと高い
 私はホグワーツの組分け帽子
 私は彼らの上をいく
 君の頭に隠れたものを
 組分け帽子はお見通し
 かぶれば君に教えよう
 君が行くべき寮の名を

 グリフィンドールに行くならば
 勇気ある者が住う寮
 勇猛果敢な騎士道で
 他とは違うグリフィンドール

 ハッフルパフに行くならば
 君は正しく忠実で
 忍耐強く真実で
 苦労を苦労と思わない

 古き賢きレイブンクロー
 君に意欲があるならば
 機知と学びの友人を
 ここで必ず得るだろう

 スリザリンではもしかして
 君はまことの友を得る
 どんな手段を使っても
 目的遂げる狡猾さ

 かぶってごらん!恐れずに!
 興奮せずに、お任せを!
 君を私の手にゆだね(私は手なんかないけれど)
 だって私は考える帽子!」


歌が終わると広間にいた全員が拍手喝采をした。割れんばかりの拍手に、名前も小さく拍手を送る。四つのテーブルにそれぞれお辞儀して、帽子は再び静かになった。それを見計らったかのように、マクゴナガルは何処からか長い羊皮紙を取り出す。

「ABC順に名前を呼ばれたら、帽子をかぶって椅子に座り、組分けを受けてください。ーーーアボット・ハンナ!」

三つ編みの、女の子が恐る恐る前に出た。新入生は勿論、長椅子に座っている在校生や教職員のテーブルにいる先生も、彼女が帽子を被る様子をじっと見ている。そして帽子が叫んだ。

「ハッフルパフ!」

ハンナはハッフルパフのテーブルに駆けて行く。ハッフルパフ寮の上級生は歓迎の拍手を上げた。ハンナに続き次々に名が呼ばれ、帽子は時に迷いながらも寮名を告げていく。

名前も最初はソワソワして落ち着かなかった。自分のイニシャルを過ぎても、名前が呼ばれない時は何かの手違いなのかと思った程だ。自分のことでもないのに、不安になったロンはとっさに隣にいた名前のローブを握る。

「ど、どうしよう名前、呼ばれてないよ、キミ!」
「大丈夫よ、大丈夫。大丈夫だから…多分ね」
「多分ねって!」

当の本人である名前はロンの心配も他所に、あっけらかんとして組分けの様子を眺めている。組分け帽子の後方、アルバス・ダンブルドアが、茶目っ気たっぷりにウインクしたのが見えた。きっと名前の名前が然るべきところで呼ばれなかったのは、彼の計らいであろう。

そうこうしている内に、先程名前に振り返った少女が呼ばれた。名をハーマイオニー・グレンジャーと言うらしい。ふわふわとした髪を靡かせながら前に進み、緊張した面持ちで帽子を被る。彼女はグリフィンドールになった。また大きな歓声が上がった。

「ハリー・ポッター!」

続いてハリーの名前が呼ばれ、彼は名前とロンから離れていく。

帽子を被っても、組分け帽子はなかなか答えを出せずにいるようだった。話の内容はよく聞こえなかったが、悩みに悩んだ末、帽子はグリフィンドールと叫んだ。一際大きな歓声が上がる。フレッドとジョージが「ポッターを取った!」と言っているのが聞こえたが、名前は振り返ることができなかった。今や緊張と不安はピークに達していた。落ち着け、と自分に言い聞かせる。組分けが不安なのではない。あの入学案内の手紙は確かに名前宛にきた。二年越しのホグワーツ入学。間違えられる筈が、ないのだ。

そうこうしている内にロンも名前を呼ばれ、彼はグリフィンドールになった。ウィーズリー家の兄弟は代々グリフィンドールと決まっているらしい。そしてとうとう、最後に残ったのは名前だけだった。

「名前・リドル」

マクゴナガルが、落ち着いた声で名前を呼んだ。名前を呼ばれた安堵と同時に、何故最後なのかという疑念が全身から滲み出ているだろう。マクゴナガルに促され椅子に座ると、名前は他の子と同じように帽子を被った。

「…」
「…」

ところが、帽子はうんともすんとも言わない。唸ることさえしない。名前は自分の心を占める割合が、不安よりも疑問の方が大きくなっていくことに気付いていた。

「…あの?」

ハリーの時と同じくらい長い沈黙に耐えかねた名前は、とうとう帽子に声を掛けた。すると、しばらくの沈黙の後に帽子の中から低い声が聞こえてきた。

「君は、彼の娘だね?」
「…彼、というのが…リドルという名字だけで連想している人物なら、少し違うわ」
「リドルではない方、だ」
「…私は知らないけれど…目だけは、父譲りだと。父を知っている人から、よく言われた」
「ああ」

青と紫を混ぜたような、深い海の底のような、濃紺の瞳。周りからは何も聞こえない。ただ静かだった。すると帽子は咳払いを一つし、それからポツリと言った。

「あの呪い、受け入れたようだね」
「…苦労はしたけれど」
「ふむ…何か、ホグワーツでしたいことはあるかい?」

この質問に名前はしばらく黙り込んでしまった。帽子が言う、これからやりたいこと。やりたいこと?しなくてはならないことは、山ほどある。入学するまで二年も待ったのだから。しかし帽子が聞いているのはそうではないのだ。自分自身が、ホグワーツでやりたいこと。

「…何も」

名前の放った一言に、ふむむ、と帽子は唸った。

「何もない、とな?」
「…私は遊びに来たんじゃないのよ」

子供扱いしないで、と冷ややかに吐き捨てた。入学や新生活に緊張はするが、ワクワクなどしない。やるべきことを遂行する。そのために名前はホグワーツへ来たのだ。

「ただ…」

それでも、自分一人の力で出来ることは、きっと限られているから。

「迷い、悩み、挫けても、決して折れることない…誰にも切ることのできない、強い絆。それらを得られるのは、…どこの寮?」

これから、七年間という長い年月をホグワーツで過ごすのだ。七年間。名前はその時の重みを噛みしめるかのように、ぎゅっと手を握った。

名前がそれを告げたら、組み分け帽子は「うーむ」とか「むむむ…」とか唸っていたが、しばらくするとボソボソと呟いた。

「頭も良く回る…それに、何事にも立ち向かう度胸と勇気が感じられるな。何より、絶対にやり遂げるという強い意志。そうか…ならば…グリフィンドール!」

帽子が叫んだ瞬間、グリフィンドールのテーブルから大歓声が沸き起こった。名前は椅子から立ち上がり、帽子に一言「ありがとう」とだけ言って微笑み、ダンブルドアとマクゴナガルに軽く礼をしハグリッドに手を振った。三人とも笑顔だった。スネイプはしかめっ面をしていた。

正直な所、緊張と興奮で疲れてしまった。フラついた足取りでグリフィンドールの寮生が座るテーブルに向かえば、フレッドとジョージが間にスペースを空けて名前を間に入れてくれた。

「「やったな、名前!」」
「ありがとう」
「名前、お疲れ様」

双子に続き名前に声を掛けたのは、向かいの席に座るハリーだった。

「ハリー、よろしくね」
「よろしくね」
「おい名前、お前もハリーと知り合いだったのか?」

ジョージが話に入ってきた。お前も、ということは、ロンからハリーの名前を聞いていたからだろう。ちらりとその反対側を横目で見ると、フレッドは名前の取り皿にご馳走を山ほど盛っていた。

「ちょっとフレッド、そんなに食べられない」

フレッドに対しツッコミをいれつつ、名前とハリーはジョージの問いに言葉を濁した。悪い意味で、ではない。どこから話すべきか、説明するのが面倒臭いのだ。

「あー、まあ、話せば長くなるわね」
「とりあえず、今は食べようぜ相棒」

フレッドが名前の前に皿をドンと置いた。彼は遠慮なく盛ったが、事実どれも美味しそうだ。流石はあのアルバス・ダンブルドアが校長を務めるだけのことはある。ちらりと校長席を見ると、ダンブルドアが此方に微笑んでいるように見えた。









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