覚えているのは、雨。どんよりとした黒い雲が大気中を覆い尽くしていた。



「…誰…?」



ぬかるむ地面に膝を着き、ただただ空を見上げる少女。その元に近付いたのは長い紺のローブを着た、髭の長い老人。



「君を迎えに来たんじゃ」



そう言って差し伸べられたシワシワの細い手。少女は老人の顔と手を交互に見る。



「…」



彼女には何も無かった。富も、家も、家族も、何も。



この身とそこに流れる以外、何も。



「…」



生きる為なら、と。



彼女に迷いは無かった。











「…」


街の喧騒で目が覚めた。


ロンドン市街地の朝は早い。アパートの三階に位置する角部屋のベッド。その傍らにある大きな窓から見えるのは、まるで豆粒のような大きさの車や人。三年前から此処に住んでいる名前にとってはもう、いつもの風景だ。


そして窓の外で、目覚めの悪い少女を待っているのだろうか。コツコツと何やら五月蝿い。日曜の朝くらいゆっくり寝させてくれたら良いものの。


窓の外に、真っ黒な羽を持ったフクロウがいた。くちばしに手紙をくわえ、カリカリと窓ガラスを掻いている。名前のペットである白ふくろうのリンだ。窓に傷が付いたらまた大家に叱られるので、早々に窓を開け中に入れてやる。街の喧騒を纏い、リンが部屋へ飛び込んでくる。おはようの意味だろうか。彼はホー、と優しい声で小さく鳴いた。


「…おはよう、リン…」


リンのくちばしから手紙を受け取り、ふくろうフーズを一つやると、彼女は喜んでそれを食べた。その間に名前は手紙を読みにかかる。紫色の蝋の封、エメラルド色で宛名の書かれた、黄色みがかった羊皮紙の封筒。蝋に押されている刻印で分かる。ホグワーツからだ。


「…ホグワーツねぇ」


名前の独り言に、リンが再びホーと鳴く。行け、とでも言いたいのだろうか。本来、ホグワーツ魔法学校に入学する少年少女の年齢は11歳だが、名前は今13歳。つまり、本来入学すべき年齢では諸事情により入学することが出来ず、二年経った今年、改めて入学の案内が来たのだ。


今名前がいるのはロンドン郊外にあるさびれた三階建アパートの一室だった。此処から一番近く大きい魔法村と言えばやはりダイアゴン横丁だろう。東の島国には、思い立ったが吉日ということわざがあるらしい。


「そうよ名前、仕方ないの、誰が何も言わなくても準備するしかないの」


名前は被っていたシーツを放り投げ、シャワールームへ向かった。













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