ホグワーツまでの列車旅は退屈しなかった。というより、退屈する暇もなかったと言った方が適切かもしれない。

「ドラコ、もう少し静かにできないの?」
「さっきからうるさいのは君の方だろう!」

やはり名前とドラコの言い争いは続いていた。彼が寮や他のホグワーツの話題を出す度、いちいち彼女は突っかかったのだ。元来青白い肌を持つ彼がこの時だけは些か血色の良い顔色に見えたーー後にクラッブはそう語った。

「一体何なんだ!?いちいち僕の言う事に口を挟んで――」
「あなが突っ込まれるような事を言うからでしょう!?わたしだって静かにしたいのに、あなたが色々喋ってくるからいけないのよ!」
「だったら聞かなきゃ良いじゃないか!」
「そんな大きな声でくっちゃべってれば嫌でも聞こえてくるのよ、そんな事もわからないの?とんだお坊ちゃまね」
「何だと!?」

普段はお高くとまっているドラコの激昂も凄かったが、名前はもっと凄かった。一言添えれば返事が二言三言返ってくる。クラッブとゴイルは友人の罵声と初対面の女子の圧倒的な語彙力に圧倒され、茫然としていた。

「大体君はーー!」

血が完全に頭に上ったのか、とうとうドラコが立ち上がった。

「うわっ!」

突然、彼らの足下が弾けた。シュルシュルと音をたてながら朱色の紐が1人でに幾つもコンパートメント内に入ってきて、次々に爆発したのだ。

それは足下までしか及ばない小さなモノだったが、如何せん数が多い。バンバンと飛び散る火花が足に飛び、ドラコは悲鳴をあげ逃げようと暴れだす。

「うわああ!!」

少しでも爆発から離れようとするドラコ。彼は奥の席へ逃れようと、自分と名前を入れ替えるように、彼女をその火花の方へ押しやった。

「ちょっと、痛っ…!!」

名前は無理やり席から立たされ、挙句にドアに叩きつけられた。しかし叩きつけられた衝撃はない。

「!?」

扉にぶつかると思った途端、にょきっと通路から伸びてきた2本の腕に引っ張られ、名前はとうとうコンパートメントから出てしまった。そのまま通路を飛び越え向かいのコンパートメントに引き込まれる。扉にぶつかる感覚も、怪我もなかった。

「へ?」

一瞬の出来事だったが、名前の周囲は急変していた。先程まで居た所とは違い、目の前にはドラコではなく赤毛の男子が2人、ニヤニヤしてこちらを見ている。しかも同じ顔。「ジョージ!フレッド!」名前は自分の両手を持っている手を目線で追う。手の主は彼女が今朝助けられた赤毛の双子だった。

「どうしてここに?」
「いや、うろついてたらやけに騒がしいコンパートメントがあったからさ」
「しかも言い争っている相手の片方が女の子ときた」
「これは紳士として見逃せーーいや、聞き逃せない。助けるしかないだろう?」

呼吸を整えながら、とりあえず座席に座らせてもらう。話を聞くに、結局ジョージとフレッドもあれから車両の隅から隅までを歩き回り、たまたまこのコンパートメントが空いたのを見つけたのだと言う。

ふと、名前は双子の他にもう一人コンパートメントにいることに気が付いた。黒い肌色に、真っ黒な髪。にこにこと笑顔を浮かべている。

「君か!こいつらが言ってた新入生ってのは」
「えーっと、名前・リドルです」
「俺はリー・ジョーダン。グリフィンドールの三年生だ」

よろしく、と言ってリーと握手を交わす。双子が名前のことを言うということは、リーも双子の悪戯仲間なのだろう。

そういえば、と名前はポケットをまさぐると、先程双子と別れたコンパートメントの前で拾った羊皮紙を取り出し、ジョージに手渡した。

「これ、さっき拾ったんだけど、もしかしてあなたたちの?」
「ん?…ああ!いつの間にか落としてたみたいだな。サンキュ」
「何が書いてあるの?」
「これからキミがホグワーツで習うことさ。見ても分からないだろうけど」
「ちょっと見せて」

双子とリーは、名前が単なる興味本位で羊皮紙を渡せと催促したのだろうと思ったが、実際は少し違った。彼女の目は、羊皮紙に書かれた文字をしっかりと捉えていたし、それらを知っていた。

「悪いけど、わたし13歳じゃないの」
「「えっ?」」
「色々事情があって、ホグワーツ新入生だけど、本当は15歳。だから、もう学校に通ってるあなたたちには劣るだろうけど、多少なりとも知識は持ってるつもりよ」

名前がそう言いながら羊皮紙から顔を上げると、双子は驚いた表情をしていた。それもそうだろう。普通なら13歳になった時点でホグワーツからの入学案内の手紙が来るのだ。しかし、彼女の事情は、それに当てはまらなかった。

「それで、何が問題なの?」

何に困っているの、という聞き方はあえて避け、名前は三人を見上げ尋ねた。フレッドとジョージ、そしてリーは顔を見合わせると、にやりと笑みを浮かべる。どうやら名前の実力の程を試すつもりらしい。

「花火の色さ」
「黄色、赤は出来たんだけどな」
「あとはオレンジの火花。これがまた上手くいかない」
「水の量を増やせば出たんだが」
「そうなると今度は煙が出ない」

及第点だ、と肩を竦める三人に、名前はふむ、と頷いてみせる。

「火薬の原料に砂鉄とトッケリ草を混ぜたらどうかしら」

名前の口から飛び出してきた材料の名前に2人はキョトンとする。

「砂鉄は火傷しやすいけど火を点けるまでは安全だし、よく光るわ。トッケリ草は水分が多いから粉末にしても煙が出やすいし砂鉄と反応して火花の色も濃く……」
「名前!!」

双子が満面の笑みで名前の肩を掴む。その後ろでリーも興味津々といった様子で名前の顔を見ていた。名前は反射的にヒッと小さな悲鳴を上げたが、三人の興奮は止まらない。光を受け爛々と輝く瞳が六つ、名前に向けられていた。

双子とリーの瞳は語っていた。これは大変な宝と出会ってしまった、と。

「すごいや名前!素晴らしいよ君は!」
「どうして思い付いたんだ?」
「ち、父が魔法薬学に詳しくて…」

魔法薬学は彼女の年齢が一桁の頃からのアビリティーだ。経験談だと名前が語ると、三人は嬉しそうに笑った。

「なんてことだジョージ!こんな素敵なアドバイザーが入学してきたなんて!」
「しかも我が弟の同級生で、俺たちの同級生ときた!これを逃す手は無いな、フレッド」
「名前、僕らと組まないか?」

興奮状態の三人を名前はただ眺めていた。砂鉄とトッケリ草ならホグワーツでも簡単にてに入るだろう、などとぼんやり考えていたから。だから彼女は、リーが次に言った言葉を咄嗟に聞き取れなかった。フレッドは本日二度目となるその誘いを告げる。

「ごめんなさい、今なんて?」
「名前、僕らと組もう!」
「は?」
「君は僕らと同じ匂いがするよ。不変を望まず、日々新しく素晴らしい発見と事件を求めてる!」
「つまり?」

三人が今日一番の笑みを浮かべる。にこやかで純粋だが、どこか悪巧みをするような口調だ。

「これから始まる新しい学校生活を、平凡なものにはしたくないだろう?」

にやり、と。擬音語にするとそんな笑みを口元に浮かべ、三人は名前を勧誘している。しかし名前はブンブンと頭を横に振った。

「確かに平凡な生活は嫌よ。でも、悪戯に関わるのはもっと嫌なの。見ている分にはいいけどね」
「名前にはアドバイザーとして僕達を助けてほしいんだよ!君の知識は本物だ」

名前の豊富な知識を見抜いた三人の熱心な勧誘に、名前は頭を悩ませる。でも、確かに、三人の言うとおり、アドバイスをするだけならーーー

「…アドバイスだけよ。私は絶対、実行犯にはならないから」

名前の返事に、双子とリーの三人は大袈裟な振る舞いで飛び上がって喜んだ。





それからはしばらく双子とリー、そして名前で悪戯に関する白熱した議論が交わされた。悪戯や遊びというものにあまり触れてこなかったが知識だけはある名前と、悪戯に関してはプロだが知識と釣り合わない三人は、互いの情報を共有した。三人が投げかけ、名前が応える。彼女はいつのまにか彼らのアドバイザーのような立ち位置になった。

「すごいぞ名前」
「もっと君と早く出会えてたらよかった」

すると、車内放送で、もう間も無くホグワーツに到着すると連絡が入った。名前はローブに着替えるため、三人に手を振り別れを告げた。

「じゃあ、また城で」
「名前」

扉を開ける手を止め振り返ると、ジョージ、フレッド、リーの三人が此方を見上げて笑っている。首を傾げる名前に、双子だけでなくリーも含め、三人揃ってこう言った。

「「「同じ寮になれたらいいな!」」」
「…そうね」

名前の顔に笑みが浮かぶ。ドラコの話を聞いてもあまり寮というものに興味は出なかった。ただ、目的を遂行出来さえすれば、それで良いと。しかし今、はじめて彼らと同じ寮に入れたらいいと名前は思った。他寮でも会えないことはないだろうが、同じ寮ならきっと、これからの生活がもっと有意義になるだろう。そんな気がした。


「なんだ、何処かに行ったのかしら」

向かいのコンパートメントに戻ると、ドラコもクラッブもゴイルもいなかった。先程の花火に驚き、何処かへ逃げたままなのだろうか。これを好都合とし、名前は荷物から羊皮紙とペンを取り出し「入室禁止」と書いた。

羊皮紙を扉に貼り、ローブに着替える。丁度着替え終わったとき、外から「名前!」と呼ぶ声が聞こえた。どうやらドラコ達が帰ってきたらしい。

「おかえり。どこ行ってたの?」
「名前こそ、どこ行ってたんだ?」
「あなたに突き飛ばされたから、向かいのコンパートメントにいたわ」

その返事にドラコの顔が少し赤くなる。赤くなるとは言っても、元来彼の顔は青白いので、常人程度の顔色に近付いただけだ。ドラコはフンと鼻を鳴らすと、コンパートメントに入った。

「ポッターの所へ行っていただけさ」
「ハリー?」
「ああ。君がダイアゴン横丁で庇った、ハリー・ポッターだよ」

嫌みったらしくその名を呟くドラコは無視し、クラッブとゴイルにローブに着替えるよう勧める。もう間も無くホグワーツに着く筈だ、と。無視されたことにドラコは憤っていたが、名前は痛くも痒くもなかった。彼は昔からこんななのだ。

「あと五分でホグワーツに到着します。荷物は担当者が列車から直接城へ運ぶので、コンパートメントに置いたまま外に出てください」

ちょうどまた、車内放送が到着を告げた。













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