※女王直属護衛トレス×アルビオン女王エステルの設定。







黒から薄緑へと画面が切り替わり、上から羅列される幾つもの文字と数字。それら全てが重要メモリの"オールグリーン"を示すと同時にクリアになる視界。

再起動したトレスの視覚には何ら問題はないようだったが…



「……。」

駆動部分で千切れた左腕が、今寝かされている彼を修理する為の寝台のすぐ隣に置かれていた。更に左脚は膝から下が丸ごと無く、頭部や右脚も破損している。
彼の視界の右上の端にも、それを示す情報が記載されていた。

自身の大規模な破損を静かに認識した彼は、今に至るまでの過程を瞬時に再生し直し理解した。



「(彼女は、どこだ…?)」


頸椎から繋げられたチューブによって再起動するだけの電力は与えられたものの身体全体を動かす力は機械の方で制限されており、可能な行動は顔の筋肉や眼球を動かす程度に留まる。(緊急時の場合は無理矢理解除することも可能。しかしショートを起こす場合もあり推奨されない。)

画面の暗転前に、護衛の者が彼女に駆け寄るのを見ているので無事であるとは思うが…



『トレス!』

そう名前を叫び真っ青な顔で自身に手を伸ばした彼女の顔が今にも泣きだしそうだったのを、彼がメモリに焼き付けていない筈はなく、コンマ1秒分も逃さずに脳裏で再生していた。






「トレス…」


今度名前を呼ばれたのは再生した音でなく肉声の、彼女の声だった。




「…―エステル、損害評価報告を」
「私は大丈夫。」

しかし、その声色には怒りを含んでいるのを感知した。


「トレスの方がよっぽど重傷よ。あんな無茶するから…」
「"無茶"?機械である俺にはそのような人間的行動はとらない。あの時の状況に適した最善の行動をとったまでだ。」


"最善の行動"の結果がコレ?

彼の命をつなぎ止めるかのように伸びる太いケーブルやコード。もし生身であったら確実に生きてはいないであろう大きな傷口にそっと触れる。これら全て長生種の中でも、短生種は駆逐又は服従すべしと考えている強硬派による攻撃によるものだ。

勿論トレスを狙ってではない。アルビオン女王であるエステルを狙ってやったのだが、咄嗟に彼女の前に出て身を呈して庇い、彼の恐ろしく正確に発射される弾丸によって敵が殲滅された頃には彼の体はこのような状態になってしまっていたというわけだ。


彼はどんな状況下に置いてもエステルに害なす者を排除し、危険が迫った時はその身を盾にしてでも守り抜くよう設定されている。
しかし優しい心根の彼女は彼が修復可能な身体であったとしても、自分の為に傷付くことが心苦しかった。

仕方ないと割り切るのに、彼女は余りにも若すぎたのだ。



「それに私もすぐに避難したのだから、ずっとあの不利な場所で戦わなくても良かったのに」
「否定、あそこで敵を殲滅しなければ卿に危害が及ぶ可能性があった。」
「でも私の傍にはブラザー・ペテロが…」
「否定、例えブラザー・ペテロが傍に居たとしても、100%卿を守りきれる可能性はない。よって俺は卿に危害の及ぶ確率を減少させる為に全力を尽くしただけだ。」

「……。」


なんとも彼らしい答えだが、きっと自分が折れねば永遠と続けられるであろうこの応酬の結末を悟ったエステルは、一呼吸置いて再び口を開いた。




「あのねトレス…何も言わないで聞いて」

最終的に彼の中で反論されても良い、ただこれだけは覚えておいて欲しい。



人の心を持たないと言う機械化歩兵。
それでもエステルは語りかける。

まだ何も知らない無垢な子供に、大切な何かを教えるように





「私はね、貴方が傷付くのがとても恐ろしいわ。」



惨たらしい左肩の傷口を、労るように撫でつけた。

この傷一つひとつが彼女の為のもの。
兵士からすれば名誉の傷であるが、それはエステルの心を深く抉る。


「別に、貴方が自分の身体を粗末に扱っているとは思ってない。…けどね、貴方が攻撃される時、私は貴方を守ることが出来ないのに貴方は傷だらけになって私を守るわ。」


エステルにとって、彼が破壊されるまで続く呪縛にも似たプログラム。

出来ることなら解除してあげたい、けれどそうすれば彼を傍に置くことも出来なくなるだろう。


そうして結局、身勝手だと分かっていながらも彼を傍に置くことを選んだのだ。




「私は、貴方に何もしてあげられないのよ…」
いつからだろう
彼を一人の人間、いや、一人の男として見るようになったのは。
こんな感情を知るくらいならば、彼を傍におかなければ良かった。そう思うことさえあった。


懺悔のような告白に、いつの間にか涙でいっぱいになった瞳から雫が零れる。



機械とは人の生活を円滑にすべく作り出されたもの。
機械が人を手助けすることはあっても、人が特別何かをすることなどない。
なので本来そのような考えは"否定"と言い表す所だが、涙を流すエステルを見てトレスはこう続けた。



「"何もしてあげられない"?…否定だ。」
「俺は卿を守る、その為だけにここに居る。よって卿が生きていることが俺に存在する意味を持たせる。」








―あなた、だぁれ?


それはまだ世界が灰色だった頃の邂逅

壊れゆく、ただの機械であった彼に存在意義を与えたのはエステルだった。




―ねぇ、私ひとりぼっちなの

―だからお願い…そばにいて


当時、国に対する反乱が激化する中で庇護が無ければすぐにでも殺されてしまうであろう幼すぎる女王は、誰かに縋ることでしか不安を紛らわすことができなかった。


しかし、そんな彼女の純粋な欲求が彼を動かすことに。



"この少女を、守らなければならない"


廃棄寸前のところを必要とされた事で使命を果たそうというプログラムが働いたのかもしれないが、機械である筈のトレスに何らかの感情を芽生えさせた。

その時から彼はたった一人、彼女を守る為だけの存在になったのだ。








身体全体にかけられた制御を頸椎からの信号で無理矢理解除し、なんとか作動させる事の出来る残った右手を涙で濡れた彼女の頬へと伸ばした。

そして指先は、まるで愛しさを含んでいるかのようにエステルの涙を拭う。




「卿の存在だけが、俺を"生かす"」
「!」


エステルは思わず目を見開いた。

傍においてからというもの、彼は"生かす"という人間的言葉を自分に当てはめた事など一度たりともなかったからだ。




「よって、卿が俺に対して"何もしていない"というのは否定だ。それに関して疑問・反論があれば入力を求める。」

「…ない、わ。」


本当に、なんとも彼らしい。
はじき出された回答は反論の余地がない。
これが彼なりの励ましなのだろう。拙いものだが、それだけでエステルの心は確かに満たされる。




「…ありがとう。」


頬に触れる手を優しく包み込めば、温かな温度が伝う気さえした。












僕を生かす"君"という執着








後日


「トレス君?制御装置が解除されてるんだが。」
「肯定。…不都合があって解除した。」
「不都合?ふむ、一体どんな?」
「…回答を拒否する。」









*******
自分設定ばっかな上に、なんでペテロとか教授が出て来るのかという大分おかしい所が多々…でも楽しい^^
傍に居てくれればいいと思ってるエステルと、命に代えてもエステルを守りたいと思ってるトレス君の両者共譲れない想いがあると萌え禿げる…!
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