またしても何かやらかしたのか、遠くで騒ぐ一年は組に笑いを抑えることが出来ず声が漏れた。


「まぁたバカやってますね」
「…あぁ」

くすくすと笑い声が混じるトモミとは打って変わって、聞き取るのも困難な程小さく唸るような低い声で隣の長次が答える。表情は、変わらない。



「先輩も、ほら、ニッと笑ってください」
「……」
「そ、それは先輩が怒ってる時の顔ですってば」

普段学園の皆から恐れられるその表情は、顔の筋肉が不自然につり上がり不気味そのもので、失礼ながら"笑顔"とは言い難い。


「こう、もっと…柔らかく、ニッと!」
「……」
「ニッ!!」
「……」

トモミも不自然なぐらいに微笑んで手本を見せるが、やはり先程となんら変わることはなかった。
(なーんか違うのよね…)


「ちょっと失礼します…」

なんとなく我慢出来ずに長次の顔に手を伸ばし、唇の両端に人差し指を滑らせて少しだけ上に上げる。

「ニッ!」
「……」
「あっ…この感じです!ちょっと不敵な感じで良いですよ!」
「……」
「そうそうこのまま……ん?なんかちょっと違う…」
「……」
「あれ〜?」
「……」
「あははっ!先輩こうすると面白いですよ!」
「…トモミ、やめてくれ」



顔を触られ尚且つ真っ直ぐ見られていることで若干落ち着かないが、トモミが楽しそうなのでされるがままになっていた。
しかし流石に自分の顔で遊ばれてる感が否めなくなってきたので、細い腕を掴んで止めさせた。彼女の顔は心なしか残念そうだ。

やられたままというのは悔しいので彼も同じようにトモミの顔に手を伸ばし、顔半分を覆う大きさの掌で両頬を包む。
そして先程彼女がしたように、つぃと唇の端を親指の腹を使って僅かに上げた。

不格好だがその顔は確かに笑っている。


「んむ、先輩…」
「トモミは」
「?」
「この表情が…一番似合う。」
「えっ…」



ぼそり、静かに発せられた声はトモミの耳に届くと同時に彼女の顔をみるみる赤に染め上げた。
それが自分でも分かったのか小さな悲鳴を上げて顔を無理やり逸らし、長次の掌から脱する。



(え、…えぇ!?)

彼の口からまさかそんな言葉が出ようとは思いもよらなかったトモミは、真っ赤になった顔を隠すように覆って、ただただ狼狽えるだけ。

その様子を見て長次の口元が僅かに緩んでいたのを、彼女は知らない。









(笑顔の秘密は、君)

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