風が柔らかな花の香りを運ぶ。
私と先輩はそれを感じながら辺り一面に広がる草原で何をするでもなく、ただただ座りこんで空を見つめていた。




「先輩」

先輩は、こちらを向かない。
一呼吸置いて構わず言葉を続ける


「卒業、おめでとうございます。」




「…言うの遅すぎやしないか?」

卒業したのは四日前だぞ、と言ってやっと凛々しい顔立ちを見せてくれた。
うん、やっぱりいつ見ても綺麗な顔。これを言うと微妙な顔をされるから言わないでおくけど、



「…忘れてたんですよ」
「恋人が卒業したというのに…」

呆れた様に頭を振る。
そんな仕草も様になるなんて少しばかり憎らしいけど、きっとこれからはそれすらも見れるかどうか分からなくなるのだから、しっかりと目に焼き付ける。
勿論言葉だって一言一句逃さず頭に刻む。
例え別れの言葉であったとしても



「…先輩が居なくなったら、すこーしだけ、寂しいです。」

可愛くない私は、最後まで可愛くない事を言ってみる。
だってこうすれば、先輩も後ろ髪引かれる思いをしなくて済む筈だから


「そうか」


しかしこれからプロの忍者として働く先輩に私如きくノたまの心内がバレない筈もなく、全てを分かったような微笑みで頭を優しく撫でられる。


やめてください、泣いちゃいますから
泣かれたら困るのは先輩ですよ



それでも私がその手を払うこともせずにされるがままなのは、言わないでも分かるでしょ?




「もう、子供扱いしないで下さい。」
「別に子供扱いしてるワケではないが…」
「私だってこれからは三年生なんですからねっ」
「…卒業まであと四年だな」
「分かってますから、別に先輩との差をご丁寧に説明して頂かなくても結構です!」

先輩は時々無意識に私を子供扱いする。
私はその度むくれるけれど、今はそのやり取りさえ愛おしく幸せに感じる。


「後輩の面倒、みてやるんだぞ。」
「分かってますよ。二年生だったんですから大丈夫です。」
「一年は組…いや、もう二年か…あんまりいじめてやるなよ。」
「いじめてなんかないです。ちょっとからかってるだけで、」
「どうだか」
「心配しなくても大丈夫ですってば。先輩が居なくてもちゃんとやりますから。」
「それはそれで寂しいな…」



はにかんだ表情は確かに寂しさが混じっていて、言った私の心が痛くなる。

でも駄目。
こうでも言わないと先輩はいつまでたっても私の心配ばかりするんだから。
私は先輩が心置きなく忍者の仕事に専念する為にも安心させてあげなくちゃ。




「トモミ」



我が侭なんか、言わない。
絶対に










「…泣くな、トモミ」

「泣いて…ない、です」



別に私は泣いてない。
泣いたら先輩が心配するもの
だからこの両頬に流れ落ちる温かなものが涙だというのは、きっと気のせい


気のせいなら…良かった、





「大丈夫だ。必ず生きて帰ってくる」


明日先輩はここを発つ。

忍術学園でも優秀だった先輩は、卒業の少し前から有名なお城からのお誘いがあってその期待ぶりから卒業後に早速、合戦での長期任務を言い渡されているから。
この為に六年間たゆまぬ努力を続けてきたのだから戦地に赴くのは分かるし、いきなりの実践だなんてかなりの評価をされている証拠なのだから誇るべきこと、それも理解してる。


けど、納得する事はできなかった。


人が死ぬのだ。
先輩だって例外ではない。
合戦での任務とはつまりそういうこと。





「守れるかどうか分からない約束は…するもんじゃないですよ」

期待させて、傷付ける方がよっぽど残酷
しかもそれが愛した恋人の死なら尚更の事

「守れるから約束するんだ。」



何を根拠に。

言わんとした事を察知した先輩が、私の目を捉えて不敵な笑みで言った。




「トモミを置いて死ねるものか。」

「私はトモミと離れていると心配で夜も満足に眠れないのだから。そんな私がお前の顔も見ずにそう簡単に死ぬと思うな。」



「…何ですか、それ」


"死"は先輩の気持ちなんて関係なく命を平等に奪うものだ。だから答えとしては全然意味を成していないし願望以外の何ものでもない。先輩だってそれぐらい分かってる筈。


だけれど、そんなただの願望でも私はすがりついてしまうわけで。


「じゃあ、帰って来なかったら泣いちゃいますよ。」
「今だって泣いてるだろう」
「…泣いてないですってば。」


意地っ張り。
ほんと、可愛くないなぁ私。

行かないで、一緒に居て。
先輩が居れば何も要らないから。

なんて言えたら良かったけど、残念ながら私はそこまで愚かにはなれない。
だからせめて先輩の為に笑って送りだそうと決めていたのに




「まぁ、私が凄腕の忍者になるまで辛抱してくれ。」
「?」
「あと四年だ、トモミが卒業するまでに必ず成ってお前を迎えに行く。」







「そしたら」

「私と、夫婦になってくれるか?」




反則だわ

めおとに、なってくれだなんて。




「…また泣かせてしまったな。」


目の前が涙でぼやけて見えないけど、先輩が微笑んでいる事は分かった。
私の涙を拭うその手が酷く優しい事も

あぁ、愛おしいってこういうことなのね
知ってたわ、随分前から



「それで、返事は?」
「…はい。…不束者ですが、よろしくお願いします。」

震える声で告げれば、それはもう隙間もなくなるぐらいキツく抱き締められる。
苦しいのにとても嬉しい。
死にたくないけど今なら死んでも良い。
矛盾しているようでしていないこの気持ち。





「もし、凄腕忍者になってなかったら…鉢屋先輩と浮気しちゃいますからね。」
「それは困るな」

どう見ても困った様子でないのが悔しくて不意打ちで先輩の唇に私のを重ねれば、それが誓いの口付けになった。





来たるべき、春












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本当にお待たせして申し訳ありません!
キリ番リクエストありがとうございましたなつ様!返品可ですので!
なんだかベタな作品になってしまいましたが…愛だけは詰まってます^^
とにかく仙蔵にプロポーズさせたくて…!←
なつ様のみ、お持ち帰り可です。
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