あの後、不注意でのぼせさせてしまったこーすけを急いでリビングへ運び暫く涼ませていたらいつの間にかソファで眠ったようだ。
まだ若干頬が赤いながらも、膝の上の安らかな寝顔にトモミはひとまず安心する。



「あれ?寝ちゃったの?」
「うん」
「そっかぁ…なら今のうちに連れて行っちゃおうかな」


現在時刻は9時過ぎ。
こーすけぐらいの年の子ならばそろそろ就寝する時間であり、また彼の両親が迎えに来る時間だった。


「喜八郎の家に迎えに来るのよね?私も行こうか?」
「いや…もう外も暗いし、多分トモミが居たらなかなか帰らないよこの子」

流石似た者同士は気持ちも分かるらしい。


「そう…じゃあお別れね……」

赤みの差すぷっくりとした頬を名残惜し気に撫でる。
対してこーすけは起きるでもなく、くすぐったそうに頬を緩ませるだけだった。





「寂しい?」

ぬっ、という効果音が付きそうな程寄せられた無表情。
トモミは彼の端正な顔立ちからか、驚きからか思わず仰け反る。


「そりゃあ…寂しいけど。」
「けど?」
「今日1日お母さんお父さんと離れて寂しかっただろうし…早く帰してあげなきゃ」


彼女は小さい頃祖母の家に預けられ、夜になると母が恋しくなって泣き叫んでいた事があったらしく、それに比べてこーすけのなんと大人しい事か。
だが彼も寂しいに違いない。
その証拠に夢を見ているであろう彼の、僅かに動いた唇が「あかあさん」と紡いだのが確かに聞こえた。
もとより適わないと分かっていながらも子供の母親に対する愛情に少しだけ嫉妬してしまったのは、喜八郎には秘密だ。




「じゃあ、連れてくね」
「あ…うん」


膝から消える重みにいよいよ寂しくなり喜八郎に抱えられたこーすけを、まるで親もとから離れていく心情で見つめてしまう。出てしまった手が空中をさ迷った。


「トモミ、今生の別れじゃないんだから。」
「…うん、分かってる」



予想以上に悲しそうな顔をするトモミを見て、喜八郎は幼少期を思い出していた。


『トモちゃん…』
『や』
『でももう帰らないと』
『いやっ!はち君といっしょにいる!』

公園の前で帰るのをぐずる少女の頭を優しく撫でてやると少し大人しくなって、家の前まで手を繋いで歩いて帰った日々。



もしかしたら、その行為はまだ有効かもしれない。

あの時と同じく彼女が笑顔になるよう願って昔より大きくなった手で優しく撫でてみた。




「……。」
「…トモちゃんはいいこ、いいこ」
「…ちょっと」

彼女の顔から察するにどうやらもう無効になってしまったようだが、あながち効果が無いワケではないらしくトモミの顔は先程とは違って吹っ切れて見えた。


「いいこ、いいこ」
「分かったから…ほら、もう行って」
「えぇー…」
「えー、じゃないの。」

眠るこーすけを起こさないように玄関先まで背中を押して促す。



「気を付けてね。」
「ん」
「こーすけ君がもし起きたら、またいつでも遊びにおいでって言っといてね。」
「私は?」
「喜八郎はいっつも来てるでしょ?」


最後に柔らかい髪質の小さな頭を撫でて心の内でまたね、と呟いてドアを開ける。
だが、なかなか喜八郎は一歩を踏み出さず、じっとトモミを見つめている。
彼女は何となく嫌な予感がしていた。





「…いってらっしゃいのチューは?」

…やっぱりね。


最後くらい何も起こさず帰ってくれるかと思ったが流石と言った所か、むしろ最後という機会ををフル活用してくるのが綾部喜八郎なのだ。

「チュー…」
「はいはい、分かったからあんまり言わないでっ」

純粋と言うには余りにも下心が見え隠れする瞳をきらきらと輝かせている。
トモミは経験上この目をした喜八郎は絶対引かない事を知っているので、仕方なく背伸びして頬に唇を寄せる。


「違うよ」
「え?」
「こっち」


引かれた手首に引っ張っられるように身体が前に傾く。





ふに、



長い付き合いの中でこんなにも間近で見たことはないだろうと思うほど至近距離に存在する幼なじみ顔は憎らしいぐらい整っていて、閉じられた瞳を縁取る睫毛は男とは思えない程長かったことに、初めて気付いた時にはもう遅くて。

驚きで見開いた目と喜八郎のそれがかち合った時には、既に唇は離れていた。




「じゃ、行ってきます。」





そう言って切り取られた闇へと消えていく彼をぼんやりと眺め、暫くして思い出したかのように顔を真っ赤にした。



「や…やられた…!!」

トモミはただただ、立ち尽くすしかなかった。









それから数日後、婚姻届を片手にこーすけを連れて喜八郎がやってきたのはまた別の話。



仮 想 家 族





そしてそれから2年後に2人が本当の家族になるのも、また別の話だ。






*********
おぉふ…やっとこさ完結。え?最後雑じゃないかって?そそそんなことないぞっ
でも確信犯不思議ちゃんな喜八郎書くの楽しい^^
ちなみに補足しておくと、トモミはあれがファーストキスじゃありません。幼稚園時代に一度既に喜八郎に奪われてます。うふふ(*^^*)
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