※成長
恐ろしく冷たい冬のこと、
彼女とよく訪れた森は視界が狭まった所為もあると思うが、俺が来ていた頃とは少し変わったように思う。
いつも座っていた大きな岩は座る者が居なくなって苔がびっしりと並び、以前は無かった植物がいたる所に生い茂っている。
そんな中一際目立つように、楕円形をした薄い石の周りを小石で固めたそれは頼りなく立っていた。
誰かの寂しさを表すようにぽつりと佇む、墓標。
俺達は、いや、俺は理由も聞かされず彼女に連れられて此処に来ていた。
「手を、繋いでもいいですか。」
ふと問われた言葉は、傾いた墓の前に立つ今の雰囲気にはおおよそそぐわぬもので、思わずトモミちゃんの顔を見やった。
しかし横に立つ俺の角度からして前髪が彼女の顔を上半分隠している為、表情を窺えずなんとなく返事が出来ない。
「いいですか。」
もう一度投げかけられた時には俺の冷たい掌は僅かに暖かい彼女に包まれていた。
「もう繋いでいるじゃないか。」
「じゃあ、抱き締めても、いいですか。」
「"じゃあ"の意味が分からないよ。」
既にぎゅっと強く握り締められている手に苦笑いを零すと、今度はその手を離して抱き締められる。
脇腹から差し込まれた手は恐る恐る、ゆったりと背中に回された。
まるで、その感触を確かめるように
「勘右衛門、先輩」
「トモミちゃん…?」
上から覗き込むと今度こそ表情が見えた。
そこで分かってしまった
彼女が何を恐れているのか。
寒さにかじかんだ赤い頬が艶々と光り、俺の着物が涙でしとどに濡れていく。
風でも吹いたら俺もトモミちゃんも冷えてしまいそうだから、風が通る隙間も無いくらいに彼女を頭から抱き締め返せば、静かな嗚咽が聞こえた。
「大丈夫、此処にいるよ。」
幽霊じゃあないんだから、ね?
代わりに、右目はこれから一生使い物にならないけど。
そう告げるが早いか、お仕置きとばかりにより一層力強く抱き締められ少しばかり苦しくなる。
やはりトモミちゃんは相変わらず力が強いなぁ。などと、しみじみ
「っ…帰ってくるのが遅過ぎです!」
「そうだね、ごめん。」
「もう、わ、たし、忘れようと」
「良かった、忘れられる前に帰ってこれて。」
「お墓まで作った のに」
「有り難いけど、まだいらないよ。」
「それでもっ…私は…!」
「ごめん。本当にごめんね。」
堰を切ったように次から次へと吐き出される言葉はきっと、俺が彼女の前から消えたあの日からずっと抱え込んでいたもの。
姿も無ければ便りも無い、誰でも死を浮かべる状況で彼女は一人待ち続けたのだろう。
それがどんなに不安で孤独なことか。
ごめん、だなんて何度言っても足りない。
震える肩はほっそりと、そして儚かった。
何処とも知れぬ場所で果てる筈だった俺が間際に、何が何でも生きて帰ると思い直せたのは君の待つその儚い姿が脳裏を掠めたから。
「待っててくれて、ありがとう。」
好きだと言ってくれた俺の瞳は、ひとつになってしまったけれど
君を護るための腕はここにある。
だからどうかこの生が許す限り、君と寄り添っていたい。
「ただいま、トモミちゃん。」
「おかえりなさい…。」
名前を刻まれることの無かった墓が、静かに終わった気がした。