※トモミ六年、団蔵五年。








またひとつ、衣の色が変わる季節がやってきた。着慣れぬ色を羽織ると不思議に新鮮で、何か特別大きくなった気になってしまう。
確かにこれまでで技術は磨かれたのかもしれない、しかし心の方は良くも悪くもあの頃から変わっていなくて。


鮮やかな桃色を纏う彼女だけを見つめていた。





「トモミちゃんも、もう六年生かぁ。」


何となしに呟いてみても彼女は構えの姿勢を崩さず、真っ直ぐ此方に向き合うだけ。いつからか付き合わされるようになった鍛練で集中している彼女が、まともに取り合ってくれることなど今までなかったのだから当たり前と言えば当たり前だけど。

じり、と踏みしめられる土の音にいつもの僕なら無駄口を終えていよいよ集中し始めるわけだが(でなくば瞬殺される可能性だってあるのだ恐ろしいことに)、今日という日は決意の日だった。


だがそんなことトモミちゃんが知るはずもなく、「あのさぁ」と話を切り出す前に彼女ご自慢の突きが音もなく空気を裂く。
それを紙一重でかわし後ろにひとっ飛びするも、連続した型を繰り出されては最早無意味な回避であった。内臓深くまで届きそうな衝撃に足がふらつくのは決して大袈裟ではない。

しかし今日言うと決めたのだ。ここで倒れるわけにはいかない。

その必死の思いでなんとか足を踏ん張り、更なる攻撃へと移ろうとしていた細腕を掴む事に成功した。



「うっ、わぁぁ!?」
「きゃっ…!」


それも束の間、自らの足でもつれた両足は前に進むことは叶わず、けれども重心は前に行くものだから必然的に彼女の方へ倒れ込むことに。

更に悪いことには、咄嗟に彼女と地面の間に腕を差し込んで倒れる衝撃を少しでも和らげようとした結果、抱き締めて押し倒すような形になってしまっていた。


その近距離に置かれているトモミちゃんのお顔の麗しいこと。

来たる衝撃に目を瞑っていた彼女が薄い瞼をゆっくり開き、瞳と合致してしまえばまるで初めて会った時のような雷に近い刺激が駆け巡る。
こうなると頭の中がいっぺんにショートを起こすのは免れなかった。

そこから口から突いて出た言葉は、普段から言われる"馬鹿旦那"に相応しいものだったかもしれない。






「ば…馬借の若旦那って、魅力的だと思わない?」



死 に た く な っ た


何故、このタイミングで。
一応(いつ使うか分からないのに)用意した口説き文句はいくつかあったのだけど、よりによって何でこんな…

羞恥心からくる赤面で耳まで赤くなっているのが自分でも分かる。
先程まで今日こそはと思っていたが、どうやら仏様とやらは調子に乗った者には等しく罰を下すらしい。
あぁ畜生、殺すんなら殺せよ。


「団蔵。」


自棄になった僕を諭すような声に、はっと意識が戻される。

パニックになってすっかり忘れていたが、トモミちゃんを押し倒したままだったと慌てて退こうとした。しかしそれは彼女が僕の襟首を掴んで叶わない。

その謎の行動に、殴られるか投げられるかするのかと一瞬思ってしまうのは仕方ないだろう。
しかし彼女は意味深長に微笑しただけだった。


「と、トモミちゃん…?」
「一回しか言わないわよ。」
「え?」
「タイムリミットは私が卒業するまで。」

いきなり突き付けられたタイムリミット。何のことかと目を瞬かせていると襟首を勢い良く引き寄せられ、視線はトモミちゃんの白く細い首もとに。

そして再び熱を帯びる僕に追い打ちをかけるように囁いたのだ。



「振り向かせてみなさいよ。」




それだけ言うと視界はいつの間にか反転していて彼女は先程の体勢から見事抜け出し得意気な顔で僕を見下ろし、言い残す。

「期待してるから、ね。」


言葉の意味を理解する頃には、彼女の駆けていく後ろ姿を見つめる事しかできなかったが、僅かに覗いた耳が赤く染まっているのを見逃してはいなかった。


「頑張り…ます。」


そうして、今度呟いた言葉は新たな決意を生んだ。




タイムリミットまで、あと一年








(とりあえず、鍛練で彼女に負けないようにしなければ)

*********
団蔵の一人称に一番迷った。
馬鹿旦那大好き!
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -