小平太先輩はいつだって唐突だ。

それは日常から始まり、告白も手を繋ぐのも抱き締めるのも口付けるのも。
何というか思い立ったらすぐ行動と言うよりかはしたいと思ったからする、と言う本能に従う方が強かったりするんだけど。

その唐突に周りの人…勿論私もいつも振り回されていて











今回は忍たまの六年生の長屋に連れてこられた。


「先輩!私まだ上衣着てませんてばっ!」

というか、攫われてきたに近い。
朝の起き抜けに身支度を整えている間に。

くノたまの長屋に居ながら先輩の私を呼ぶ声が聞こえて障子の隙間から顔だけ出せば、すぐ前に先輩が立っていて目が合うのと同時に担がれ忍たま長屋に誘拐。
あまりの犯行の素早さに同室のユキちゃん達は、振り返ったら私が居ない、なんて状況になってるんじゃないかしら。

小平太先輩だけなら兎も角、長屋に響く私の声に集まってきてしまった他の忍たまの前で上が肩衣だけの状態は年頃の女の子としてはマズいので、この行動の理由と目的を問いただすより先に格好をなんとかしなくては。


「何を今更恥ずかしがってるんだ?」

けろりと言う先輩に周りがざわつく。
"今更"
恐らく皆そのワードにピンポイントで引っかかって、余計な想像を巡らしているに違いない。

とりあえずこれ以上恥ずかしい思いはしたくないので先輩の口を塞いだ。



「もう!何でも良いですから羽織るもの貸して下さい!晒し者は勘弁です!」
「むぅ、それもそうだな。おいお前らトモミを見るな!やらんぞ!」
「そうじゃなくて着るものを!」
「えええ、だって私は別にその格好でも構わな」
「先輩っ!」
「…ちぇ」


渋る先輩をなんとか説得することに成功した私は渡された着物に袖を通して先輩の私服だと気付く。
ぶかぶかなのはこの際どうだっていいんだけれど纏った時に香る先輩の匂いが抱き締められる時を思い起こすようで、なんだかドキドキして落ち着かない。

しかしそれを言えば本当に抱き締められそうなので、至って涼しい顔を努めて本題に入る。



「…で、どうして私を此処に連れてきたんですか?しかも朝から。」
「夢を見た。」
「え?」
「久々に悪夢を見たぞ、思わず飛び起きてしまった。」


理由は元より期待してはいなかった。
だってあの七松小平太先輩だし。
それでも毎回滅茶苦茶な理由にも付き合ってしまうのは私が先輩に心底惚れているから。
だから今回はどんな理由かしら、と話半分に聞く予定だったのに…え?何?悪夢?


暴君と呼ばれるあの七松小平太先輩が悪夢で?





「ふふ、」
「あっ!笑ったなトモミ酷い!」
「ごめんなさい…だって先輩可愛い。」
「ほ、本当に恐ろしい夢だったんだぞ!」

いけいけどんどんで本当に本当だ!
喚く先輩が子供みたいで尚可愛らしい。


たが微笑ましく思うも、謎がひとつ。

「でもなんでわざわざ私を此処に?」


怖い夢を見たなら私の所に来るだけで良かったのに。何のために?
恐らく悪夢と何か関係があるのだろう。
くノたま達に襲われたとか。


私の予想、前者は的中していた。




「おぉ、そうだった!」


今まで本来の目的を忘れていたのか思い出したように手の平を打つと朝っぱらから見たくもないものを見せられて「なんだバカップルか、やってろ」とでも言いたげな忍たま達が各々部屋に帰っていくのを先輩が大きな声で引き留めた。

そのいけいけどんどんなボリュームに隣に居た私の鼓膜が痺れてその後の音が暫く水中で聞いた音のように感じられる程だったが、続く先輩の言葉だけは、クリアに聞こえたのは私の耳が都合良く出来てるからかもしれない。







「トモミは本日を以て私の妻になるから!よろしく!」



私を含め皆ポカンとした表情で小平太先輩を眺めた。
忍者にあるまじき光景ではあるが、うん、仕方ないわ、これは。

言い放った先輩は至極満足そうな顔で、漸く瞬きを思い出した頃には再び私を担いで忍たま長屋を出て行った。









着いた先はくノたまの長屋、私達の部屋。
まるで元あった場所に戻すように降ろされる。
部屋に居るユキちゃんとおシゲちゃんの顔が先程の人達と全く同じ表情なのから察すると、どうやらあの発言は此方にまで届いていたようだ。

部屋に入ってきてすぐに「わ、私達先に朝練行ってるわね!」などと気を遣われ2人とも出て行ってしまったが、残念なことに私は未だ状況が掴めていない。

「あースッキリした!」
「え、あの…先輩。」
「なんだ?もう私はトモミの夫なんだから呼び捨てでも良いんだぞ。」
「…夫」
「おお!」
「私が、妻…?」
「そうだ。」


夫、妻、夫、妻、夫、妻…

その二文字が頭の中で無意味に羅列する。
けれどもあながち無意味ではなかったようで、人生の中でも最低速度で処理しきった情報が駆け巡った。


「ええぇ え、えっ…!!」

そして人生の中でも最高速度で赤面した。



「そそそそっそれってもしかして、プロポーズぅぅぅ!?」
「遅いぞトモミ。もしかしなくても、いけいけどんどんプロポーズだ!」



いけいけどんどんプロポーズと、プロポーズの違いはな、相手に選択肢を与えないことだ!だからトモミはもう、絶対私と夫婦にならなきゃいけないんだぞ。

つらつら"いけどんプロポーズ"について語ってる間に少しずつ冷静を取り戻した私は、やはり、先輩の言う悪夢を思い出していた。




小平太先輩はいつだって唐突だ。

それは日常から始まり、告白も手を繋ぐのも抱き締めるのも口付けるのも。

でもそれらは根本を突き詰めると不安だったり寂しさからだったり、すごく初歩的な欲求から来るものだって私は知ってる。


だから今回のことも…



「悪夢、見たんですよね…」
「あぁ。」
「どんなだったんですか?」
「トモミが他の男と結婚する夢だ!」

やっぱりね。
朝からのこのひと騒動、やっと合点がいったわ。



「それで先に結婚しちゃおうって思ったんですか?」
「…エスパーかトモミ!」

ここまでくれば誰だって分かります。
でもそこに至ってしまう先輩の思考回路が愛し過ぎて我慢出来ずに抱き締めた。

夢は自身ですら意識していない深層心理を見せると言うが、不安がらせていたのだろうか。

応えるように先輩も私を包み込む。



「怖かったぞ…トモミ。」
「そんな馬鹿なこと夢でしか有り得ませんから、断言できます。」
「夢でも嫌だ。」


抱き締める力が強まって更に先輩の腕の中に埋もれた。
ついさっきまでの勢いも失せて幼子の様に不安を温もりで癒やす姿に、私は先輩に愛されているのだと確認。(でなきゃ結婚の申し込みなんかしないわよね。)

けど私だってそれに負けないぐらい、先輩を愛してるつもりよ。



だって今こんなにも嬉しくて、貴方を離したくない。




「もう大丈夫ですよ…だって私と夫婦になってくださるんでしょ?」
「なって…くれるのか?」
「あら、"いけどんプロポーズ"、じゃなかったんですか?」
「!」


そんなプロポーズ、もし先輩じゃなかったら100%お断りですよ。

ハッキリ告げるとついさっき私の夫となった人が眩しいくらいの笑顔で"愛してる"を叫ぶものだから、今日だけは見逃して下さい、と朝練の点呼をとっているであろう山本シナ先生に心の中で謝って私もとびきりの愛を囁いた。




散りばめられた




後で2人揃って先生に呼び出しを食らったのは、言うまでもない。
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