「あいたたた…」
「だっ大丈夫トモミちゃん!?」
「はい…何とか」
ちょっとどころじゃない不運が素敵な、私の大好きな善法寺伊作先輩が視界に入り名前を呼んで駆け寄れば、気持ちの良いぐらいに落っこちた。
嬉しさのあまり注意力が無かったのは認めるけど何でこのタイミングで落とし穴…しかも伊作先輩の目の前で!
掘った人物に大方の予想がつくので、勿論お礼はたっぷりとして差し上げるつもり。
(くノたまの本気を見せてあげるわ)
まぁ、深さが自力で上がれない程じゃないだけマシだったかも。
綺麗なピンク色の制服が土で残念な色になりながらも、何とか穴から這い出る。
しかし、落とし穴の存在にも気付かずまんまとはまってしまい、こんな汚れた格好で居るには余りにも恥ずかしかったので自分から声を掛けといてなんだけど、軽い挨拶をしてすぐにその場から立ち去ろうとした。
「待ってトモミちゃん!膝から血が…」
「えっ?」
先輩の指差す私の左膝を見れば、確かにそこの部分だけ制服が赤く染まっていた。
傷ってのは存在に気付いた瞬間からいきなり痛くなったりするから不思議だ。
「えへへ…痛い、です。」
思えば、右の肘も痛いかも。
保健委員、委員長の伊作先輩は「医務室に行こうか」と私の増やしてしまった仕事にも、いつもの優しい表情で言ってくれた。
弱った時にそんな風にされると、より優しさが肌にしみるもんでして
やっぱり、伊作先輩が好きだなぁ…
等と再確認した時だった。
「はい。」
おもむろに先輩はしゃがんで私に背中を向ける。その手の平はさぁどうぞと言わんばかりに上を向いて。
ははぁ、つまり…乗れと?
「どうしたのトモミちゃん?」
「いや、あの…」
多分先輩的には私が足を怪我してるから歩くのも大変だろう、という配慮があってしてくださってるんでしょうが…それは、無理です。
恋する乙女が意中の人に負ぶわれるなんてのは夢なんだろうけど、恋する乙女にとって意中の人に重いと感じられる事の方が大問題なんだから!
そんなこんなで、私がそれを言い出せずにもじもじしていると何を思ったのか先輩が近付いてきて、
「あぁごめん。そうだよね、女の子におんぶはちょっとアレだよね。」
姫 抱 き さ れ た 。
アレって何ですか?
強いて言うならこっちの方がアレですが。
しかし私の心の声など届く筈もなく、先輩は私を抱えたままさっさと歩き出す。
兎に角、私が叫ばなかった事だけは誉めてほしい。
だって顔は近いし、先輩の腕に抱えられてるし、先輩だし、先輩だし…!
俯きがちに真っ赤になって黙りこくる私を心配してか、伊作先輩が顔を覗き込む。
「大丈夫?他にもどこか痛かったりする?」
だから顔が近い!嬉しいけれど今は駄目なんです!
ちくしょうこんなことなら、昨日のおやつにお饅頭三個も食べなきゃ良かった!
「ごめんなさい…」
「ん?」
「重いですよね、私。」
恥ずかしい場面を見られただけでなく、こんなことにまでなって…私は明日からどうやって先輩と接していけばいいのか分からない。
他の人からすればなんだそんなこと、って言われるかもしれないけど、恋する乙女にとってそれはとても重要なこと。
あぁ、出来ることならもう一度あの穴に入りたい。
「うーん、別に重くはないけど…」
「けど?」
「トモミちゃんを抱えてるから、ドキドキするかな。」
「!」
私は今夢でも見てるのかしら。
ドキドキ?
それって私のと一緒ですか先輩。
「私、も、先輩に抱えられてドキドキ、してます。」
「それなら良かった。」
見上げた先にある先輩の顔が今まで見た中で最高の笑顔をしていたことを、私は多分一生忘れない。