※現パロ、暗い


奴の携帯電話は、いつも複数ある。時にはスライド式の白黒の、時には似合わない真っ赤なの、時には派手な金色のと、とにかくたくさんの携帯電話を持っていて、あらゆる人間との情報のやりとりをしているのだという。初めてであったのはチャットで。とあるサイトから飛んで何となしに仲良くなって、じゃあ田舎から都会に出てくるからせっかくなら会わないかって、向こうから言われた。少し話がうますぎやしないかとも思ったが、俺も人見知りする上に素直じゃない性格だから、今居る田舎には友達なんていない。母さんの反対も押しきって都会での一人暮らしを決行すると、たくさんの一人で溢れかえった都会のホームに早速酔いそうになった。
待ち合わせ時間まであと30分、キョロキョロと辺りを見渡すのは田舎者だと思われるような気がたが相手はまだ居ないのだろうか。やはり緊張と不安は募るもので、鞄を握った手が妙に汗ばんでいた。電話が鳴る。知らない番号だ。
「はい?」
とりあえず出ると、向こうからくすりと笑う声が聞こえた。
『…クラウド?』
どきりとした。朗々とした声だった。脳髄まで痺れるような、適度なテノールボイスに内心ドキドキしながらそうだけど、と同意を示せば、声の主は嬉しそうに笑う。
『俺。チャットでいつも仲良くやってる、HNソルジャー』
「ああ…!」
よく自分の番号知ってたな、と思うもののそんなに気にしなかった。そうしてすぐ数メートル先に黒髪の針ネズミのような愛嬌ある男が居て、俺に向かって手を振っていた。幾分か年上だろう、顔つきは整っているし、精悍で、人好きな笑顔だった。今思えばその表面に騙されていたのだと思う。しかしアレは巧みだった。俺じゃなくたって、引っ掛かるだろう。奴は、人懐っこい笑顔の裏にいろんなものを持ちすぎていた。
何でかはよく解らないが一緒に暮らすことになった。ついでに仕事の補佐も少ししてほしい、と。やっぱりうますぎる話に警戒はしたものの、得意の愛嬌さにほだされた俺は断ることなんかできなかった。あとやっぱり、俺自身どこか甘かったんだと思う。この都会で大勢の人と関わる仕事を持つ彼は表社会で過ごしてはいないんだなと、直感でそう感じた。でも別にそれに違和感も疑問もなかった。稼ぎに不満はなく、寧ろ二人で暮らしていても余るくらいだ。こんな生活をしてたら表社会に出て地道に働くのが嫌になるのも解る。一緒に暮らしはじめて二ヶ月が経ったある日、奴に付き合ってほしいと告白をされた。やっぱり、それに疑問を抱きはしたものの、俺も奴のことが何だかんだで好きだったから、承諾した。寧ろ、嬉しかった。初めて声を聞いて、顔を見たあの時から、俺は彼に恋をした。一緒に居た期間が短かろうと、これから先彼を知り、一緒に生涯を添い遂げられるなら全然構わなかった。けれども彼は俺を手に入れた途端に淡白になった。俺のこの熱情はどこへいけばいいのか、持て余していると決まって彼は女の匂いを漂わせながら朝方に帰ってくる。そのままの状
態で、俺を抱くのだ。女の匂いを纏わせた彼は酷く不快なのに、それでも奴は決まって低い声で何度も俺に愛を囁く。
――――最低だ。
俺も奴も、結局なぁなぁで、なし崩しの関係に過ぎないって思った。でも、誰にも相談できる人も居なければ、どこかで面倒臭がっている自分もいて、このまま彼に愛してもらうことが幸せなんだって思っている自分もいる。何なんだよ、アンタも俺もどうしたいんだろう。相変わらずたくさんの携帯電話をちらつかせながら、今日も中心街を歩きながら喋る彼の口は饒舌で、その隣を歩く俺は無口だった。



そんな彼が姿を消して、三日が経った。今までどんなに遅くなっても朝方には帰ってくる奴が帰ってくる気配がなかった。さすがに心配する。でも、彼に限ってそんなことは、と思っている中、彼のワークデスクに置いてある青い携帯のランプが光った。何度も光るそれは、開いてみれば非通知の着信だと知る。相手が誰かは解らなかったが、通話を押して耳に押し当てた。
「…もしもし?」
『クラウド?』
奴だった。酷く掠れた声だ。しかもノイズが酷い。一体どういう状況下にいるのか、見当もつかない。ぜぇぜぇと息を荒くする彼の声は、焦っているように聞こえた。
『なぁ、クラウド。聞いてくれ』
「何…?」
ぶっきらぼうにそう返せば、奴はふと笑った。



『クラウド、愛してる』



嗚呼。アンタはいつもそうやって、他の女にも向けるような睦言を俺にも薄っぺらい言葉で囁くんだ。それでも俺は馬鹿だから、その薄っぺらい言葉に一割の期待を込めて、俺もだよ、と返す。電話の向こうで、居たぞ、と声が聞こえた。同時に、パンッ!という銃声。ガチャン、ゴンッ、と受話器か何かが落ちてぶつかった音に、そのあとノイズがざーざーと五月蝿く鳴り響かせると電話は途切れた。一体何だったのだろう。でも漠然と理解したのは、奴は死んだということだ。裏社会に生きる彼は、いつか因果応報を受ける日がくると、酒を飲みながらぼやいていたのを聞いたことがある。
真っ青な携帯電話の通話を終えて、何となく携帯の中身を見てみる。メールボックスには、未送信のメールが一件あった。受信箱はすべて俺からのメール。どうやら奴は、この携帯を俺専用に使っていたらしい。未送信ボックスのメールを見てみれば、俺は思わず固まった。




宛先:クラウド
件名:クラウドへ』
本文
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ごめんな。
愛してる。愛してるよ、クラウド。





-end-







我ながら何であんな人間を好きになったのか解らない。ほんとうに好きだったかどうかも解らない。でももう、自分の携帯にザックスから連絡がこないんだと思うと、涙は止まらなかった。




鳴らない電話



一週間後、俺は空を見て意識が遠退くのを感じていた。
赤い川に浮かぶ自分の身体はやけに軽いように感じて手を伸ばせば、ザックスが手を掴んでくれた。これからはずっと一緒だ、と言ってくれた笑顔に、俺はやっとザックスのことがほんとうに好きになれそうだと、思った。






2010/09/04


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