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次に目を開けると、まぶしく青白い光が臆面もなく飛び込んできて、視界に容赦なく突き刺さってきた。比べるまでもなく、前いたところよりも暖かい場所にいる。風が吹いていない上に、足に伝わる感触は滑らかで固い。地面よりも冷たいけれど、自分の体温が染みて温かくなっていくのがわかる。

頭をそろりとあげてみる。鈍痛がしたが、動けないこともない。むしろ、今までで一番、頭が軽く動かせている気がした。そう思うことが既に、感覚の狂いなのだろうが、そんなことよりも周りの様子が気になる。野ざらしではないこの場所は、入ったことはないが、おそらく人間の作った巣、家とかいうものだろう。

人間。その言葉が脳裏に浮かぶだけで、空っぽの胃袋から酸っぱいものが込み上げてくる。ごくりと、舌に刺さる味の生唾を飲み、身体中の毛を逆立てる。周囲に、何者かがいるような気配はない。そう確認してから、ゆっくりと身体の強張りをほぐした。
足に違和感を感じて見てみると、体毛と同じ色の布が幾重にも巻きつけられていた。うっすらと血が滲んでいる。すん、と匂いを嗅ぐと、不思議で少し鼻につく感じがしたが、危ないものではなさそうだった。山に生えている薬草の類に、匂いが類似している。人間はこうやってケガを治すのだろう。

今更だ。背後で物音がして振り向く。透明な壁越しに、白い服を着た人間たちがいて、こちらを見ている。殴ってくることもなく、ただ見て、時折手元の何かを操作している。今更だ。どんなに親切にされようと、殴られなかろうと、今更だ。
自分が死にたがっていることに、この時初めて気が付いた。誰かに優しくして欲しいんじゃない。仲間に再会したいんじゃない。もう、全部が全部、嫌になってしまったのだ。あたたかい場所なんてもう、この世界のどこにもありはしない。どうして自分の命は絶えなかったのだろう。あの時、瓦礫の下敷きになったときに、死んだと、死ねたと思っていたのに。助けてくれなんて思っていなかった。ただ、休みたかった。

蛍光灯の光が、半分この視界ではあまりに眩しすぎて、俯く。

「片目がやはり機能していないようだな」
「ああ…。そうだ、丁度いい。あれがあるじゃないか」
「この前手に入れた、あれか。それはいいかもしれないな。タイプの不一致が気になるが…」
「なに、そこはフライゴンと同じ要領でやればいいさ」

素早く言葉を交わしあう人間たちだが、言っていることを理解しようとは思わなかった。ドアが開いて人間がひとり入ってきても、関心が沸くはずもなく、そのままの姿勢でいた。プツ、と後ろ脚に何か、細くてかたいものが刺さり、そこで初めて反射的に身をよじって台から飛び降りる。
床は冷たく固かったが、今度は自分の体温で温めている余裕がない。低く唸って、規則的に線の入った地面に歪な爪跡を刻む。生きたいとも思わないが、人間の手でどうこうされるくらいなら、やはり自分の命は自分で終わらせたい。人を間近に見ると、余計にその感情が強くこみ上げてきた。だというのに、足取りはいきなり動いたせいか覚束なくて、次第に視界すらも霞んでいった。

悔しい、くやしい。自分の命すら自分で絶てやしないのだ。今や、本能すら折れ、野生生物としてあるまじき自殺の概念を持っている、と他人事のように考える。人間は自分で自分を殺すことがあると聞いたことはあってもそれをまさか野生のポケモンである自分が考えているとは。事実、自分の生命は他人事であった。

次に目を開けても、きっと自分は生きていて、そこは冷たい地獄なのだ。
だから、檻の中で身を起こして、傷が治っていたこと、視界が2つの瞳分あったこと、ガラスに映った瞳が、失くしたはずの方は緑色に変化していたこと。どれもが心底どうでもよかった。自分の目でないことはうすうすわかっていたが、誰のでもよかったし、見えるようになってうれしいとも思わなかった。汚い人間たちの顔がよりクリアに見える視界なんていらない。欲しくなかった。

ふつふつと湧き上がる何かに身を任せ、のどがびりびりと痛むほどに吠え立てる。その衝動が身体の中の、行き場のない力のベクトルを収束させたようだった。特徴的な、地肌と同じくらい色をした鎌から、いくつもの緑閃が迸る。檻には細かな傷しかつかなかったが、衝撃で響いた音は、耳の中で何度も反響して増幅して、それが不快でたまらなくなって、また咆哮する。ずっとずっとそうやって、いつのまにか檻にはひびが入っていたらしく、苛立たしく振りかざした爪が、脆いそれを崩した。

腹部を大きく上下させて、ぐしゃぐしゃになった檻をぼんやりと見つめる。一歩出れば、自由の身になれるかもしれない。逃げる。どこに。どこへでも。どこへでも、行ける。でも、帰り方は、わからない。こんな目を持ってしまった自分を、仲間は受け入れてくれるだろうか。そもそも、仲間に会えるのだろうか。

ずっと忘れていた寂しさという感情にはたと目が行って、ぽろりと透き通った雫が落ちた。爪に当たって僅かな飛沫を上げ、鋼鉄の床に流れていく雫は、透けて鋼鉄色を映していた。ぼんやりそれを眺めているうちにやるせない気持ちと虚脱感に包まれて、かくん、と足の関節が突っ張るのをやめた。どこか遠くから甲高い、耳障りで無機質な音が鳴り響いて、ばたばたと何かが近づいてきた。


「ひっ…檻が壊れている!いや、もうすぐ連れて行くところであったから、まあちょうどいいか」


ひとりごちた白い服の人間は、重たい鉄の輪を首に押し付けてきた。絞め殺される、なんてことはなく、ぐいぐいと引っ張られるがままに歩く。時折のろのろとした歩みがお気に召さないのか強めに引かれるが、したいようにさせておいた。


「期待以上の力だな…やはりあの眼はすばらしい…」


ぶつぶつと男が何かを言っているが、立っているのも面倒で、連れてこられた場所にそのまましゃがむ。硬い土の感触と、擬似太陽のようにいくつも吊るされた照明。一瞥して、結局はここも屋内かと結論付けた。


「さあ、仕事だぞ。檻を壊したように、好きなだけ暴れて来い!」


横腹を蹴り出されて、ずり、とわずかに地面を滑る。よく見ると四角いラインで囲われていて、その内側に入れられたようだった。前方から何かが現れて、それが何かをみとめたとき、自分が男に言われた言葉を理解した。

傷だらけで唸っているポケモンが、よたよたと、それでもはっきりとした敵意を持って、一直線に突っ込んできているのだった。




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