退き潮は寄るばかり‐01 

博物館を出てすぐ、メインストリートと交わる場所で、アロエさんが男の人と言葉を交わしていた。どうやら旧知の間柄であるらしく、砕けた雰囲気だ。わたしがやって来たことに気付いたアロエさんが、男性の方を一瞥してからわたしに紹介してくれた。次の街、ヒウンシティのジムリーダーなのだという彼女の言葉に驚いたのが顔に出たのか、アーティさんは眉尻を下げて笑った。だって、ジムリーダーが見たところ大した用事もなさそうなのに、ふらふらと自分の街を離れているだなんて珍しいことじゃないか。さぼり、の三文字が頭の中を通り過ぎていくが、口には出さなかった。

「んうん、何となく気分転換に、ね。それで、何かあったの?」
「そうなんだよ、展示品を持って行かれてさ!」

アロエさんが先ほどの出来事をアーティさんに話しているのをぼんやり眺めていたら、ぽんぽんと肩を叩かれた。軽快で、でもやさしい感触に振り返るとベルがいて、その少し後ろにはチェレンもいる。二人とも、まだシッポウシティにとどまっていたらしい。お互いに居場所の確認などはしていなかったから、本当に偶然の再会だ。

「わあ、ベルとチェレン!ヒウンシティには着いたばかりなの?」
「あたしはそうだよお!チェレンはどうだろ」
「数日前からここに居るよ」


ふと話が終わってこちらを見たアロエさんは、いつの間にか人が増えていたことに驚いている様子だったので、今度はわたしがベルたちを紹介する。二人がポケモントレーナーだと分かるや否やプラズマ団探しを手伝わせるつもりのようで、人手は多い方がいいというその考えにはわたしも賛成だった。

「探すといってもココが手薄になってちゃ世話無いからねえ。ベルとチェレンは博物館に残っておくれ!」

そしてわたしに与えられた役割は、アーティさんとヤグルマの森に向かうことだった。アロエさんは反対側、ポケモンセンターのあるサンヨウシティ方面を探しに行くと告げて早々に立ち去ってしまう。その行動力についていけなくて取り残されてしまったような気持ちのわたしと、相変わらずにこにこしているアーティさん。優男という言葉がぴったりだけれど、ジムリーダーである以上ただへらへらしているだけとは到底思えない。
「よ、よろしくお願いします……」
「こちらこそ。さてさてドロボウ退治とやらに行きますか」

博物館の中に入っていくベルたちを横目に、わたしはアーティさんの背中を追った。博物館よりも奥、ヤグルマの森側はまだ歩いていなかったので、つい色々なものが目に飛び込んできてしまう。しかしうっかりするとアーティさんの背中がいつの間にか遠くなっていたりして、迷子になりかけることが何度かあった。見かけによらず、と思うと失礼だけれど、結構歩く速度が速いのだ。小走りでなくてはついていけない。身長が縮んだことで狭まった歩幅にも慣れてきたはずなのだけれど、こういう時はもっと身長があれば、と思う。いや、身長というか足の長さ、かな。大きなコンパスが欲しいのだ。

「ここから先がヤグルマの森だよ」

確かにここに逃げられると厄介かもね、という彼のつぶやきに、小さく息を切らしたわたしはうなずきを返すにとどめた。うっそうとした森が目の前には広がっていて、すでに目の前の空気が薄暗く湿気を含んだものになっている気分だ。

森と言うからには足場の悪い、落ち葉だらけの柔らかい地面を想像していたけれど、道路の舗装は森を入ってからもずっと続いていて、視界も思ったより悪くない。ゆめのあとちよりも明るいくらいだ。

「まだ連中もヤグルマの森を抜けきってはいないだろう。ボクは最短ルートで出口まで行って待ち構えるから、きみは道中プラズマ団が隠れていないかを見て来てくれないかな」

探すと言われても、土地勘のないわたしがどうやって、と思ったし、隠れられるような場所をうまく見つけられそうなのは、それこそアーティさんの方だ。だけど、わたしが出口で待ち構えるという方が不安は大きい。あんな大人数で掛かって来られては取り逃がしかねない。最悪わたしが見つけるのに失敗したり、逃げられたりしても、ヒウンシティ側にはアーティさん、シッポウシティ側にはアロエさんがいる。それに、基本的に一本道で迷うことはないと聞いて安心した。

てきぱきとわたしに指示を出して走り出したアーティさんにつられて、わたしも示された方向へと走り出す。舗装されていない道ではあるものの、こちらも足場は悪くない。道中たくさんのポケモントレーナーを見かけたけれど、わたしが本当に急いでいるのを察してくれたのか、邪魔をされることはなかった。トレーナーとしてバトルをしないのはタブーである感じもするけれど、今回ばかりは許して欲しい。これ以上琳太たちの体力を消耗させるわけにはいかないのだ。

さくさくとかるい音を立てて走るわたしの目の前に、人影が飛び出してきた。ポケモントレーナーかと思い、弁解のために開いた口が半開きのまま固まる。まさか、向こうからやって来るとは。いや、足止めのために残ったんだろう。プラズマ団員の男は、博物館で見たわたしの顔を覚えていたのかモンスターボールを勢いよく投げつけてきた。

「しつこい子どもめ!追い払ってやる!!」
「琳太、よろしく!」

森の薄暗さに溶け込むような琳太のボールが、いつもの返事と共に、弾けた。


 

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