がなりたてる刃‐02 

ミジュマルが原型の時の距離感で接していたので、思ったよりも近い距離に彼の顔があった。あどけない彼の表情が驚き一色に塗り替えられたが、ミジュマルはわたしと琳太の間に寝転んでいたので、うまく身動きが取れないようだった。硬直したままなのをいいことに、わたしはシーツの上で無造作に散らかされたミジュマルの髪を、そっと手のひらですくい上げた。さらりと手から零れ落ちていく髪は、透明感すら感じさせるほどに純粋な色をしている。

「きれいな髪だね」

そう言うと、ミジュマルの頬が夕陽に負けないくらいの色に染まった。今の彼の髪は、こうして夕陽色を受け入れているけれど、夜空の下では、朝陽の下では、また違う色を見せてくれるのだろう。どれもこれも違う色を受け入れて、でも、結局のところ彼の髪は、混じりけのない白い色。こういう髪のことを、何と言ったっけか。

「ねえ、ミジュマル」
「…な、なに?」

嫌がられないのをいいことに、ミジュマルの髪を撫でながら話す。向こう側では琳太がわたしと同じことをしているようで、いよいよミジュマルは身動きができない。困った顔で、でも振り払うことをしない彼に、思ったこと、こみ上げてきたものをそのまま口に出す。

「あなたの髪を見てたら名前を思いついたの。そこにわたしの思いも込めてみたから、受け取ってくれたらうれしいなあって」

ミジュマルの目に、かすかに煌めいたものが見て取れた。もしかして、わたしが名前を決めることを、楽しみにしていてくれたのだろうか。もしそうだとしたら、とっても嬉しい。でも、もし変な名前だとか、気に入らないだとか思われたりしたら、という不安も同じくらい感じる。そうはいってももう口は開いていて、言葉は勝手に紡がれていた。

「数字の九十九って書いて、つづらって読むの」

白い髪のことを、九十九(つくも)髪と呼ぶ。ただ、九十九にはもうひとつ、数字ではない読み方があって、それがつづら。つづら折りの、九十九だ。勾配のある道が、複雑に曲がりくねって続く様子を表す九十九折り。これからミジュマルが歩む道を示しているような気がしたのだ。幾重にも立ちはだかるであろう壁を、ゆっくりでいいから乗り越えて、一緒に歩きたいという願いを込めて。

「あなたの名前は、九十九」
「九十九…きゅうじゅうきゅうで、つづ、ら…」

天井を見つめて何度か確かめるようにつぶやく彼の横顔を見守る。いつのまにか白髪を触っていた手は止まっていて、しっとりと汗ばんでいた。

「ぼくは今日から、いや、今から、九十九。九十九、なんだ」

ぱさりと、そばかすのある彼の頬に、白い髪がかかる。ミジュマルの、九十九の双眸が、ひたとわたしのちぐはぐな色をした目を見据えて細められた。ありがとう、と口が動いて、それに合わせて空気が動いた。音はなくとも、気持ちは十分に伝わってくる。
そうして名前を受け取ってもらえた安堵から訪れた、穏やかな時間。夕日の光は弱々しいものになっていて、まもなく群青が空を席巻するだろう。

眠気すら感じるほどの静寂の中で、ぐうと切なく鳴ったのは、琳太のお腹の虫だった。くすっと笑みが零れてしまってやがて九十九も眉をハの字にして申し訳なさそうに微笑む。遠慮して笑いをこらえたいのか、身体をこちらに向けて丸め、震えている。

「んー!」

琳太からすれば背を向けてしまった九十九。それがつまらないと声に出して訴えた琳太は、九十九をひっくり返そうとのしかかるが、逆効果で九十九の肩はさらに大きく震えだす。ベッドが大きく弾んで、勢い余った琳太の頭がわたしのお腹まで飛び込んできた。受け止めるとにぱっと微笑まれて、それにつられたわたしも、ふたりをぎゅっと抱きしめた。もうシーツはぐちゃぐちゃで布団は床にずり落ちているけれど、それが気にならないくらい楽しかった。

大人しい九十九がこんなにスキンシップを嫌がらないのは珍しいなと思った矢先、はっと我に返ったように彼はベッドから飛び起きた。

「うわっ、あの、ご、ごめんなさい…!」

普段よりもついはしゃいでしまったという感じなのだろうか。わたしとしてもちょっとテンションがおかしかった自覚があるから、疲れてタガが外れていたのかもしれない。琳太はきっと通常運転だ。こちらこそ巻き込んでごめんねと口にするとさらに縮こまれてしまったので、苦笑してしまった。遠慮しなくて、いいのに。彼の違った一面がちょっぴり見られたようで、嬉しかった。

『お腹すいた』
「そうだったね。よし、ご飯食べに行こう」

名残惜しいけどベッドから離れて、うんと伸びをした。何を食べようかな。旅に出て初めての夕食。ちょっぴりいつもとは違う、特別な食事のような気がした。




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