がなりたてる刃‐01 

カラクサタウンに着いたのは、夕焼けが綺麗な黄昏時のことだった。こちらの世界の空は、あっちの空よりも遥かに澄んでいて、快晴のときや夕焼けには、特にそれが強く感じられた。それは今日も例外ではなく、真っ赤な夕焼け空と、空を覆いつくそうとする群青とのグラデーションを、感嘆のため息をつきながら眺めた。

カラクサタウンに着くまでに、何度か野生のポケモンとバトルをしたのだけれど、ツタージャとのバトルが尾を引いているのだろう、ミジュマルはわたしの足元でもどかしそうに琳太のバトルをながめているだけだった。
何度か声をかけてみたのだけれど、いまいち踏ん切りがつかずに、結局この日、ミジュマルはツタージャと一戦交えただけに終わった。実戦が出来ないとなると、こういう時はどうしたらいいんだろう。


ひとまずポケモンセンターに向かい、琳太とミジュマルをヒーリングしてもらうことにした。
…そういえば、アララギ博士はカラクサタウンで待ってるって言ってたけど、どこにいるんだろう?ベルもチェレンも、姿を見かけないところを見ると、まだ来ていないのか、もう建物の中に入ってしまったのだろう。

赤い屋根のポケモンセンターに入ると、セッカシティのそれと変わらない内装に驚いた。中にいる人々は違うだろうけれど。でも、ジョーイさんおんなじ人じゃないかな…?見た目が記憶の中の彼女と相違ない。疑問に思いながらも、「セッカシティでモノズを診てもらったリサです」なんて名乗れるわけもなく、ただ挨拶をしてトレーナーカードを提示して、琳太とミジュマルの入ったボールを預けるだけに終わった。

「もう暗いですから、部屋のご予約もしておきましょうか?」
「え、あ、お願い、します」

ジョーイさんの親切な言葉に救われた。危ない危ない。初っぱなから野宿になるところだった。わたしみたいにおっちょこちょいなのがいるから、こうやって声を掛けてくれたんだろう。ジョーイさん優しい。ありがとう。

ヒーリングの間、どうやって過ごそうかと辺りを見渡していたら、白衣をなびかせ、颯爽と此方に向かうアララギ博士が目に入った。

「あ、アララギ博士…」

「ハーイ、お疲れさま、リサ。チェレンならもう部屋の中よ」

アララギ博士がポケモンセンターの奥を指差しながら言った。方向からして宿泊する部屋のことらしい。ちなみに、とアララギ博士は続ける。

「ベルはまだカラクサタウンに着いていないわ」

先ほどライブキャスターで会話したところ、まだ一番道路にいるという返答があったそうで。マイペースなベルらしい動き方だ。

「ポケモンのヒーリングと、宿泊の予約はもう済ませたみたいね…じゃあ、こっちを案内するわ」

アララギ博士に着いて行くと、そこはポケモンセンターの一角にあるお店だった。壁際の棚にはぎっしりと様々な商品が並べられている。

「ここがフレンドリィショップ。旅に必要なものを買い揃えられるわ」

ポケモンセンター内で、唯一有料の施設と言っても過言ではない。
キズぐすりひとつとっても、ポケモンのもともとの体力やダメージに合わせて様々な種類が存在していることに驚いた。キズぐすりは“キズぐすり”だけだと思っていたから。それから設置されているパソコンの説明もあった。ポケモンを預けるボックスだけではなく、道具や、メールを管理する機能もあった。パソコンを使うことはあるまいと思っていたけれど、道具とメールについての簡単な操作くらいはできた方がいいかな。説明を終えたところで、ちょうどヒーリング終了を告げるアナウンスが鳴った。

「あ、最後に。サンヨウシティに行ったなら、発明家のマコモに会いなさい。わたしの古くからの友人で、冒険を手助けしてくれるわ」
「はい、わかりました」

サンヨウシティの、マコモさん。脳ミソのシワに刻んでおいた。ありがとうございました、と頭を下げて、ポケモンセンターを出ていくアララギ博士を見送った。ベルを探しに行くのだろう。かっこいいなぁ。仕事がバリバリできるキャリアウーマンみたい。自分が“バリバリ”とは相容れない性格や能力だとはよくわかっているので、無い物ねだりというか…サバサバした女性に憧れてしまう。

「あ、受け取りにいかなきゃ…」

ボーっとしている場合ではない。足早にカウンターに行き、ジョーイさんから琳太とミジュマルの入ったボールを受け取った。心なしか、ボールまでつやつやしているように見える。とっておいた部屋に入り、バッグをおいてベッドにダイブした。うーん、ふかふかしてて気持ちいい。こちらの世界に来て多少若返ったとはいえ、一日中歩いて足がクタクタだ。

『んー…』

いつの間にかボールから出ていた琳太が、隣にダイブしてきた。その反動でベッドが揺れる。

「ミジュマルもおいでよー」

おずおずとやってきたミジュマルは、ベッドによじ登ってそっと寝転んだ。布団に小さな身体が沈み込んで、うずもれている。あっぷあっぷしていたので慌てて助け起こすと、蚊の泣くような声で謝られて、羽根布団があるところに寝転んでしまったのが悪かったらしい。身体を持ち上げると思いの外ずっしりとしていることに驚いた。わたしが疲れているせいもあるのかもしれないけれど。

横を向くと、琳太とばっちり目が合った。マゼンタの瞳に、わたしの疲れた顔が見える。視線が交わり、えへへ、とはにかむ琳太をたまらず布団ごと抱きしめる。ミジュマルも巻き込んだから、結局抱えあげたというのに再びミジュマルは布団の波の中へ埋没する羽目になったのだった。
ただし、今度はわたしが手を伸ばす前に、ミジュマルの身体が淡く光り、ぐんと大きくなった。擬人化していれば人間用のベッドなのだから、当然布団に埋もれる心配もない。ばらばらと、切りそろえられた純白の髪が、同じ色のシーツに落ちて淡い影を落とす。折しも窓から差し込む夕陽を受けて、ミジュマルの髪は淡い橙色の光を帯びていた。綺麗な髪に見とれていると、仰向けになっていたミジュマルがふとこちらを向いた。




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