がなりたてる刃‐05 

「ねえちゃんねえちゃん!今のバトル見たぜ!強いんだな!」
「え、あ、どうも…」

強いのはわたしじゃなくて、琳太なんだけどね。チェレンを見送って、さてどこにいこうかとキョロキョロしていたら、少年に声を掛けられた。チェレンといいNといい、そしてこの少年といい、なんだか今日は、よく人から声を掛けられる日である。次に彼が言うセリフなんて、片手に掴んだボールを見ればわかる。

「今度はオレとバトルだ!」

断る理由もないし、いい練習になる。主にわたしの指示出しの、だけれど。

「九十九、行く?」
『…う、うーん』

尋ねてみたけれど、返ってきたものは歯切れの悪い言葉。早くしろよー、なんて少年の言葉が聞こえたので、再び琳太にお願いすることにした。

「琳太!」
「いけっ、ヨーテリー!」

がうがうっ!と威勢良く吠えたてる子犬型ポケモンのヨーテリーに対し、琳太は大して反応することもなく、黙ったまましっぽを振っていた。余裕綽々といった様子だ。さっきのチョロネコよりもレベルが低いと判断してのことらしい。と横で九十九が呟いた。わたしが見た目でレベルがわかるようになるにはまだ時間がかかりそうだ。

「ヨーテリー、奮い立てるんだ!」

がう!とより一層ヨーテリーが小さい身体いっぱいを使って吠えたてる。でも、そんなことしてる間に琳太はもう準備を整えて、口を開けていた。あとは、わたしがどの技を出すのか指示をするだけ。

「竜の怒り!」

ゴウ、と青白い炎がヨーテリーに真っ直ぐ向かう。

「突っ込めヨーテリー!体当たりだ!」
「え、」

少年は怯むことなく竜の怒りを突き抜けるように指示をする。ヨーテリーも、技に臆することなく突っ込む…が、突き抜けるには無理があったらしい。激突して押し負けたヨーテリーは、ぱったりと倒れてしまった。

「あっ!ヨーテリー!」

目を回しているヨーテリーを慌てて抱き上げる少年。ヨーテリーは大丈夫だろうかと駆け寄ると、少年の腕の中ですでに目を覚ましていた。

「バトルありがとう!次は負けねぇからな!」
「こちらこそ。突っ込んできたときはビックリしたよ」

これはお世辞でも何でもなく、正直な感想。もしもあのヨーテリーに、琳太の技を突き抜けるだけの力があったならば、琳太は無防備なまま相手の技を食らっていただろう。トレーナーとポケモンの数だけ、戦法がある。ポケモンバトルは奥が深いものだ、とはテレビで誰かが言っていたこと。本当にその通りだ。


一度ポケモンセンターに戻って、念のため琳太をヒーリングしてもらった。それからカラクサタウンをいろいろと見てまわるうちに、図書館や博物館のようなものの必要性に気がついた。どのような気候で、どの町ではどんなしきたりや決まりごと、シンボルがあるのか。治安はいいのか、悪いのか。タウンマップでは補いきれない地理的な要因と、それから、ポケモンのことについてだ。これも、図鑑では補いきれない情報をたくさん必要とするはず。生態であったり、生息地であったり、人とポケモンの関係性についてであったり。

ただ、今のところカラクサタウンとカノコタウンに大きな、わたしの求める施設はないようだった。ジョーイさんに聞けばわかるだろうか。
カフェでお昼を済ませてぶらぶらしていると、次第に日が傾いてきた。頃合いだろうと思いポケモンセンターに帰って、ロビーで飲み物を買って一息つく。部屋に帰らなかったのは、ジョーイさんに聞いておきたいことがあったからだ。ベッドを見るとすぐに寝たくなってしまうと思ったので、あえてロビーで休憩したのだった。

「すいません、カラクサタウンに図書館や博物館はありますか?」

するとジョーイさんは、専門外のことであるにもかかわらず、いつもの天使のような微笑みで応対してくれた。

「この町にはないけれど、ここからふたつ先の街、シッポウシティには大きな博物館がありますよ」

勉強熱心なのね、と褒められてロビーでをあとにした。ポケモンジャーナルやその他の本、新聞など、部屋に持ち込んでいいものを頂いていくのも忘れない。
熱心というか、やらなければ生きていけないのだ。幼稚園児以下の知識で世界を見てまわるなんて無茶だ。一人前にパートナーとなるポケモンを持ち、旅をすることがゆるされるのは、10歳になってから。お母さんが絵本をくれて本当に良かったと思う。あれがこの世界にすんなりと入り込むための入り口を作ってくれていたんだ。

ベッドに横になって、ぺらぺらと紙をめくっていくと、様々な情報が載せられていた。琳太と九十九はもう休んでいる。九十九は遠慮してボールの中に入ってしまったが、琳太はわたしの枕元で丸くなっている。使わなかったタオルケットを身体にかけてやると、もぞりと身じろぎしたが、起きることはなかった。何度か白いタオルが上下するのを眺めてから、手元に視線を戻す。
目が疲れてきたのか眠気に負けたのか、視界がかすむ。せめて歯磨きはしなければ、と雑誌をわきに置いて重たい身体をそっと起こし、洗面所に向かう。そうして電気も点けない薄暗い洗面所で見た鏡が映していたのは、わたしの眠たげな顔ではなかった。

「…泉雅、さん?」

あの時のように、仄暗い金髪の少女がケタケタと笑っていた。




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