がなりたてる刃‐04
隣を見ると、ツタージャがいきなりボールから弾け出て、チェレンが驚いているのが見えた。
「ツタージャ!どうしたんだいきなり…」
『マスター、僕のこと解放しようなんて思ってませんよねっ!?』
もしかしてこのツタージャ、女の子かな。ソプラノが鋭く響いて、わたしは場違いだけれどそんなことを想った。ツタージャは涙目で、それでいて怒ったようにマスターであるチェレンに詰め寄っている。チェレンが困ったようにこちらを見てきたので、声を落としてツタージャの言ったことを伝えた。
「う、うん…思ってないよ、ツタージャ」
ツタージャの剣幕に気圧されたチェレンは、目を白黒させながらしどろもどろに答えた。それに満足したツタージャが微笑み、ボールに戻った、その時。
背後からトントン、と肩を叩かれた。ベルならそんなことせずに、声を掛けてくるはず。ビクッとして振り向くと、淡い若葉色の髪をひとくくりにした青年が立っていた。キャップを被っているから、顔はよく見えないけれど、わたしよりは歳上のようだ。背が高くて、見上げなければならない。
「キミのポケモン今話していたよね……そしてキミはそれに答えていた…」
「え、あ、はい…」
思わず、うなずいた。何なんだろうこの人。いや、雰囲気に飲まれてうなずいてはいけなかった。軽率な自分の行動を悔やむも後の祭り。原型のポケモンと会話できることは、なるべくバレないようにしなきゃって思ってた…のに……。声を落としたつもりだったけれど、聞かれていたらしい。お父さんお母さん、ごめんなさい。
「つまり、キミにはポケモンの言葉がわかるんだね。…ボクもだよ」
へー、そうなんだ。それにしても、ずいぶんとまた早口だなあ。…じゃなくって!“ボクもだよ”ってことは、この人もポケモンの、原型のポケモンの言葉が理解できるの?わたしみたいに。
ならば、この人は。尋ねたかったけれど、ぐっとこらえた。まだ名前も聞いていないし、果たして心を許せる存在なのかも全くわからない。嘘かもしれない。
「な、名前…教えてくれませんか?」
「ああ、ボクの名前はN。キミは?」
「えっと、リサ、です」
わたしがたじたじとしているのが伝わったのだろう。チェレンが隣にやって来てくれた。知人が隣にいるとほっとする。Nの興味がチェレンに逸れて、チェレンの口が開くのを待っているようだった。
「…ぼくはチェレン。頼まれてポケモン図鑑を完成させるための旅に出たところ。もっとも、ぼくの最終目標はチャンピオンだけど」
それを聞いたNは目を細める。一目でそれとわかる、軽蔑の視線だ。
「ポケモン図鑑ね……、そのために幾多のポケモンをモンスターボールに閉じ込めるんだ。ボクもトレーナーだがいつも疑問でしかたない。ポケモンはそれでシアワセなのかって」
『シアワセ、だよ!』
腕の中の琳太がかすかに唸った。Nは目を見開いたのち、何事かを呟き、軽くうなずいた。聞き取れなかったのは早口だというだけではない。きっと独り言だ。
「そうだねリサだったか。キミのポケモンの声をもっと聴かせてもらおう!」
言うなりNはモンスターボールを放った。赤い光が収まると、紫色の仔猫が現れる。図鑑で確認すると、出てきたのは、チョロネコというポケモンらしい。え、いきなり?とは思ったものの、断るわけにはいかない。琳太がしきりに唸っている。トレーナー同士、目が合えばポケモンバトルというのは常識だ。
「お願い、琳太!」
『ん!』
Nは、もしかしたらわたしと同じ存在なのかもしれない。けれど、考え方がまるっきり違う。同じ存在同士、仲良くなれるかもしれないと、一瞬でも思って、淡い期待を抱いたのに。
どうして、こうも違うのだろう。それに、彼だってモンスターボールを使っているのに。矛盾だらけで、わたしと似て非なる存在に、なんだか悲しくなった。
「チョロネコ、引っ掻く!」
ネコなだけあって、かなり素早い。あっという間に距離を詰めて、鋭い爪を振りかざす。でも、カラクサタウンに来るまでに気がついた。いくら素早く見えても、琳太との圧倒的なレベル差は埋まらない。つまり、そこらへんのポケモンよりも、琳太の方がずっと素早いのだ。
「かわして、龍の息吹!」
見た目はどう見てもチョロネコのほうが素早いだろうに、難無く琳太は煌めく爪をかわし、がら空きの背後に龍の息吹を決めた。あっけなくチョロネコは地面に倒れ伏す。それを見たNは、お疲れさま、と口を動かしてチョロネコをボールに戻した。
そのまま踵を返したNは背中越しに言い放つ。
「モンスターボールに閉じ込められているかぎり…ポケモンは完全な存在にはなれない。ボクはポケモンというトモダチのため、世界を変えねばならない」
「わたしは、そうは思えないよ…」
歩き去っていく背中に、わたしの言葉が聞こえたかどうかはわからない。でも、またいつか、近いうちに彼と会うことになりそうだと思った。
バトルの間後ろにいたチェレンに、お疲れさまと肩を叩かれた。やれやれ、といった表情が浮かんでいる。チェレンはわたしが変な人に絡まれただけだという認識なのだろう。
「……おかしなヤツ。だけど気にしないでいいよ。トレーナーとポケモンはお互い助け合っている!」
「うん」
わたしには琳太と九十九が。チェレンにはツタージャが。お互いになくてはならない存在なのだ。それはこれから先も、仲間が増えても、きっと変わらないことだ。Nの言った言葉がわたしの中にわだかまりを残しているけれど、それを今は心の奥底に隠しておいた。いろんな考えの人がいるんだ、きっと。
「じゃあぼくは先に行く。次の街…サンヨウシティのジムリーダーとはやく戦いたいんだ」
「そっか…じゃあ、またね」
「うん、また」
そうしてチェレンも去っていった。トレーナーが強くなるには各地にいるジムリーダーと勝負するのが一番だ。強くなりたいチェレンは、頭も良いし、要領よく次々とジムを攻略していくのだろう。彼のことは友達だと思っていたけれど、それだけじゃなくて、よきライバルとして今後、幾度となくバトルをするんだろうな。わたしだって、各地のジムのバッジを集めるのが目標なのだから。
次は、九十九も一緒に勝ちたい。強くなるのが目標というよりも、達成感のために強くなりたいというのが、今のわたしにはしっくりきた。
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