がなりたてる刃‐03 

ご飯を食べてシャワーを浴びて、ぐっすりと眠ったわたしは、朝陽のまぶしさで目が覚めた。足からはまだ筋肉痛が消えていなかったけれど、だらだらと知日を寝て過ごす気は毛頭なかった。腹ごしらえをして、いざカラクサの町へ。

──なんか広場で始まるらしいぞ!
──んじゃちょいと行ってみるかね。

何のあてもなくふらふらしていると、そんな言葉が耳に入った。広場の方に人だかりが出来ていて、人の流れがそこへ集中している。ほんのちょっとした野次馬根性で人ごみに流されるままにそちらへ向かった。

「リサ、こっちに来なよ」
「あ、チェレン!」

先にいたチェレンが軽く右手を上げてくれたので振り返して小走りに近づく。何かが始まるらしいが、チェレンも一体今から何が始まるのかはわからないらしい。わたしと同じで、なんとなく来てみた、と。ここに集まった人たちのほとんども、そんな感じじゃなかろうか。張り紙や看板は見当たらなくて、人だかりがさらに人を呼んでいるような状態だった。

広場の演説用の、一段高くなったところに男が上がる。非常に背が高く、モノクルのようなものをしていて、淡い緑色の髪だ。不思議な模様のローブを羽織り、神秘的かつ威圧感に溢れる容貌だ。琳太と九十九のボールが微かに振動した。それらを撫でると同時に、男が口を開き、朗々とした低い声がカラクサの広場に響いた。

「ワタクシの名前はゲーチス。プラズマ団のゲーチスです。…今日みなさんにお話しするのはポケモンの解放についてです」

何だ何だとと周りがざわついている。隣のチェレンを見ると、彼も右手を顎にあてながらゲーチスという男の演説を聞いていた。よどみなく真っ直ぐに放たれる言葉が何を意図しているのか、気になる。

「われわれ人間はポケモンとともに暮らしてきました。お互いを求め合い必要としあうパートナー…ですが、本当にそうなのでしょうか?われわれ人間がそう思い込んでいるだけ……、そんなふうに考えたことはありませんか?」

じゃあわたしはどうなるの。半ば反抗的な心が芽生えた。プラズマ団というのは一体何を根拠に、好き勝手にそんなことを言っているのだろう。お母さんは人間で、お父さんはポケモンだ。離れて暮らしていた時間があったとはいえ、支え合って暮らしてきたことはわたしの目にも明らかだ。お互いを求め合い、必要としている。

「トレーナーはポケモンに好き勝手命令している。仕事のパートナーとしてもこきつかっている。そんなことはないとだれがはっきりと言い切れるのでしょうか」

辺りには否定的な声をあげる人々、図星のようで焦った表情を見せる人々、迷ってわたしのように辺りを見渡している人々。少なからず、この演説は人々の心に影響を与えているようだ。わたしも、反論したい部分があったとはいえ、例外ではなく。
確かに、九十九が呆れられて研究所に戻されたのは、人間の身勝手な都合だといえるかもしれない。それは、否定できない。
ざわつく聴衆の上から被せて断定するかのように、ゲーチスの声が張り上げられた。

「いいですかみなさん。ポケモンは人間とは異なり未知の可能性を秘めた生き物なのです。われわれが学ぶべきところを数多く持つ存在なのです。そんなポケモンたちに対しワタクシたち人間がすべきことはなんでしょうか」

ゲーチスはそこで一度たっぷりと間をおいた。

「解放?」

誰かが小さく、呟いた。解放、解放。それは、静かな水面に小石を投じたかのように周囲へと波紋を広げていく。
それを聞いたゲーチスは、我が意を得たりと笑みを浮かべた。ほんの一瞬のその笑みに気がついた人々は、果たしてどれだけいただろうか。みんな、周りと話すことに夢中で気づいていなかったに違いないだろう。あんな、残虐で悪意に満ちた、胡散臭い笑みを、誰が見ただろうか。わたし以外に、誰が。
神経を直接鷲掴みにされたような、冷たくぞわりとする感覚が、背筋を這い回る。思わず誰かが後ろにいるのではないかと勘繰って振り向くほどだった。けれど、案の定私と視線が合うような人はいなかった。みんな話し合ったり、演説を聞いていたりしていて、わたしのことなんて気にも留めていなかった。ゲーチスは一層、声高に宣言する。

「そうです!ポケモンを解放することです!!そうしてこそ人間とポケモンははじめて対等になれるのです。みなさん、ポケモンと正しく付き合うためにどうすべきかよく考えてください。というところでワタクシ、ゲーチスの話を終わらせていただきます。ご清聴感謝いたします」

そうして一礼して台から降りたゲーチス。今さら気づいたが、ゲーチスの後ろには不思議な格好で服装を統一させた集団が整然と並んでいた。彼らは、ゲーチスを囲んで去っていった。これと同じ演説を、またどこかの街でやるのだろうか。
ゲーチスが去ったあとも、広場の人々はまだざわついていた。どうやらゲーチスが先ほど行った演説のような思想が、昔からあったわけではないようだ。わたしにとってだけではなく、周囲の人々にとっても、今までにないような内容だったらしい。

──今の演説…わしたちはどうすればいいんだ?
──ポケモンを解放ってそんな話ありえないでしょ!

じわじわと人々が散っていく中で、そんな声が飛び交う。わたしとチェレンは黙ったまま、ふたり並んで歩いていた。行く当てはないけれど、ふたりともこの場から離れたいという気持ちは同じだった。

わたしは…わたしは、どうすればいいんだろう。琳太と九十九と、果たして対等な関係が、築けているのだろうか。
わたしのお母さんとお父さんは、人間とポケモンのつながりがなければ出会えなかった。解放なんてものが実現されてしまっていたら、わたしは、この世に生を受けられなかった。でも、ボールに入れるという行為は束縛ではないのだろうか…。

カタカタとボールが鳴り、琳太と九十九が飛び出してきた。飛び出すなり、琳太は驚いて立ち止まったわたしに飛びかかり、ぎゅっとしがみついた。九十九はわたしと琳太とをおろおろしながら交互に眺めたのちに、心配そうな表情でわたしを見上げてきた。

『解放、しないで!』
『ぼくも、それはいや…』
「琳太、九十九も、…ありがとう」

なんて馬鹿だったんだろう。嫌かどうかなんて、この子たちが決めることだ。彼らが自ら望んでボールに入って、ついていきたいと行ったのだから、それを“解放”するなんて馬鹿げてる。ありがとう、の意を込めてふたりの頭を撫でると、琳太はニパッと、九十九は照れ臭そうに、笑みを浮かべた。わたしの好きな、彼らの心からの笑みだ。




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