朽だら野にただひとり‐10
正直、与壱の次に不安があるバトルなのは琳太だ。ブランクがあるし、ずっと一緒にいたモノズのときとは、わざの構成もがらりと変わっている。
それでも、放り投げたボールから琳太が姿を現したとき、ああ大丈夫だ、と何の根拠もなしに思うことができたのは、琳太がわたしのパートナーだからなのだろう。
ゴシックドレスをまとったような姿のポケモンが、琳太と向かい合って立っている。
すらりとした腕に、髪の毛のような頭の飾り。遠目から見たら人間と見間違えてしまうかもしれない。
「ゴチルゼル対サザンドラ、試合開始!」
審判の声を皮切りに、緩やかだった琳太の翼の動きが激しくなった。高度を上げ、ゴチルゼルの頭上を取る。
「めいそうね」
「琳太、りゅうのはどう!」
やっぱり、モノズの時とは比べものにならない。
与壱と戦ったときよりも心の余裕があるのか、戦闘中の琳太の動きや技の威力が、よく見て取れた。
青白い光線が、一直線にゴチルゼルへと撃ち出される。その風圧が、琳太の背中側にいるはずのわたしの髪を吹き飛ばさんばかりの勢いで、思わず顔がのけぞりそうになったほどだった。
肩幅に開いていた足を、片方だけ1歩分下げて、少々のことがあっても踏ん張れる姿勢になる。そうしないと、いつか吹き飛ばされてしまいそうだ。
動かないゴチルゼルに対して、りゅうのはどうは容赦なく命中したはずだ。巻き起こった煙が収まると、ゴチルゼルが膝をついていた。
どれくらいのダメージを負ったのだろうか。めいそうで防御が上がっているから、思ったほどは痛手になっていないと思っておいた方がいいだろう。
「素敵な時間が始まりそうでワクワクしてきちゃう」
ゴチルゼルが体勢を立て直すと、カトレアさんはまっすぐに琳太を指さした。たおやかな指の先まで優雅さのにじみ出る所作で、思わずバトル中だというのに見とれてしまいそうだった。
「みらいよち」
「……?」
ゴチルゼルの青い目が光る。
何が来るのかと身構えたが、しかし、何も怒らなかった。未来という言葉が入っているくらいだから、時間が経たないと効果がないものなのかもしれない。
「もう一度、りゅうのはどう!」
「サイコキネシス」
エスパータイプの技は、琳太に効果がない。
だから、油断した。
相手の狙いは、サイコキネシスを琳太に当てることではなかった。りゅうのはどうの軌道を操作して、琳太にぶつけることだった。
ゴチルゼルの目と鼻の先で、ぎゅいんと無理矢理な曲線を描き、りゅうのはどうが跳ね返る。
「琳太!」
『……っ、大丈夫!』
ぐらり、大きく琳太の身体が傾いた。
慌てて攻撃を回避しようと身体を動かしたことと、かわしきれずに左翼へと技がかすってしまったことで、空中でのバランスが崩れてしまったのだ。
うかつに攻められない。
りゅうのはどうはもう使わない方がいいだろう。ずっと使ってきた琳太の得意わざだし、威力の高さには期待できるけれど、こうなってしまうとカウンターをもらってしまうというリスクが高すぎる。
「たたきつける!」
「10万ボルト」
落下するのに抵抗するのではなく、そのまま重力に従って急降下し、その勢いで尻尾をしならせる。
ぐるんと空中で一回転して尻尾をたたきつけようとした琳太に、ゴチルゼルの放った稲妻が真正面から直撃した。
それでも回転は止まらず、琳太は尻尾を振り抜いた。
琳太の攻撃が直撃した衝撃でゴチルゼルがひるみ、電撃が霧散する。線香花火のように飛び散って消えたそれすらも振り払うように、琳太は激しく翼を動かして飛翔した。
まだ、まだ琳太は動ける。
「そろそろね」
「え?」
カトレアさんが何かを呟き、上を見た。琳太を見上げるにしては、焦点が合っていない。何か別のもをのを視ているようだった。
直後、何もなかった空中に突如として光が溢れた。星の輝きのようなそれがじわじわと広がる様は、さながら宇宙の誕生を目の当たりにしているようだった。
そして、星々の輝きが隆盛となって尾を引き……琳太へと緩い弧を描きながら吸い寄せられていく!
「琳太!かわし……」
「シャドーボール」
言い切る前に、琳太が光の海に飲み込まれた。
琳太に対する攻撃のように見えたけれど、ダメージはないようで、琳太はその光を振り払うように空中で身体を回転させた。
そして、強すぎる光でできた陰から、シャドーボールが忍び寄る。
一瞬の間に強い光を当てられ、目くらましされていたわたしと琳太がそれに気付いたときには、もう遅かった。
技の衝撃で壁にたたきつけられた琳太が、ずるずると壁に背をつけて床に倒れる。
『う……』
わざのダメージか、それとも壁にたたきつけられた衝撃か。どちらにせよ、琳太の意識はもうろうとしているようだった。
「琳太!」
わたしの声に反応して、首をもたげようとしているのが分かる。わたしの方を見ようと、一生懸命頭を動かしているのも、痛いほどによく分かった。
それでも起き上がりきれずにいる琳太は、まだ戦闘不能の判定をもらっていない。
地面に倒れていても、まだ戦う意思があって、身体が動いているからだ。
そんな琳太に声を掛けることしかできないのが歯痒くて仕方ない。
わたしの気持ちを代弁するように、琳太の頬をつつくものがあった。琳太の両腕にある、脳みそを持たないと言われている2つの頭だった。
かじりついているのではなく、琳太を叱咤するように、歯を使わず頬をつつき続けているのだ。
ぱちっと静電気の弾けるような音がして、3対の翼が広がる。どうして今まで気付かなかったんだろう。琳太、もしかしてさっきからずっと、10万ボルトを受けてからずっと、まひ状態だった……?
すかさず審判に手を挙げて、なんでもなおしを琳太に吹きかけた。
翼の動きが柔らかくなり、再び琳太は飛翔した。
翼の起こす風を背中に受けながら、トレーナーの立ち位置まで戻る。
振り向きざま仰ぎ見ると、琳太がわたしに頷きかけてくれた。さっきまでずっと静かだった双頭がぎゃいぎゃいと吠え立てている。どういうきっかけで元気になるのか分からないけれど、今の琳太にとって危険そうなものでもないし、むしろさっきは琳太を起こそうとしてくれていた。そのままにしていてもいいのだろう。
耳を塞ぎながら叫ぶ。
「ハイパーボイス!」
「シャドーボール」
轟音で視界が歪む。もはや音というよりは振動、地震に近い。
耳を強く塞いでいるから平衡感覚が狂う。なんとか踏ん張って、歯を食いしばって琳太を見つめていると、シャドーボールに双頭が食らいついていた。琳太自体をかばったというよりは、本当に、本能的に噛みついたように見えた。
「”音”はさすがに、操れないわね」
ハイパーボイスをくらってぼろぼろになったゴチルゼルが倒れるのとほぼ同時、カトレアさんが呟いた。
アタクシの負けね、と言いながら、カトレアさんが審判に視線を送る。
ゴチルゼルに駆け寄った審判の旗が上がった。
誰も触れていないのに、モンスターボールが浮遊して、ゴチルゼルにこつんと当たる。その中にゴチルゼルがおさまると、そのボールは再び浮遊し、……カトレアさんの手の中に収まった。
ふらふらとおぼつかない飛び方で、琳太がわたしの目の前に帰ってくる。
ボールが浮いていたのも気になるけれど、今は琳太にきずぐすりを吹きかけるのが先だ。
お腹と背中を重点的にスプレーすると、しみるのか、双頭のほうが文句を言うように吠えていた。ちょっと我慢してほしい。琳太の顔を見たが、自分ではないと言いたげに、他人事ですといった表情をしている。もしかしてこの小さい頭の方って、琳太の我慢してることとか、やりたいことを無意識下で実現しようとしてる……?心の声の代弁をしてる、みたいな。
本当にそうだとしても、聞かないでおこう。
聞いたら、もうやってくれなくなるかもしれないし。
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