朽だら野にただひとり‐08 

 今、ローブシンの一番近くにいるのはレンブさんということになるのだが、全く動じていない。ものすごく体幹が鍛えられているとしか思えない。

 それにしても、一息つくことには成功したが、とにかくじしんの猛攻をやめさせないことには、まともに戦えない。
 ローブシンは、左右の石の柱を交互に地面へと打ち付け、絶え間なく地面を揺さぶり続けている。
 今近づくのはリスクが高すぎる。せめて相手の動きを鈍らせないと。

「でんじは!」
「薙ぎ払え!」

 遠距離で仕掛けると、石柱によってでんじはが薙ぎ払われた。
 けれど、そのおかげでじしんは止んだ。
 それにしても、石柱を自在に振り回すことができるローブシンの筋力は本当にすごい。
 多分わたしならひとつだけでも持ち上げられない。

 地面を駆けるなら今しかない。
 はなちゃんもそう思ったのか、柱を蹴ってローブシンへと突進していく。

「くさむすび」
『なッ』

 はなちゃんの足が止まる。どこからともなく生えてきた植物が、はなちゃんの四肢に絡みつき、その身体を地面に縫い止めた。
 振り抜かれた石柱が、今度ははなちゃんめがけて返ってくる。

「ニトロチャージ!燃やして!」

 はなちゃんの身体が炎で包まれ、その残像をローブシンの石柱が打ち抜いた。空気を殴る重たい音が響き、焦げた葉のにおいがうっすらと漂う。
 熱気のこもった風圧がわたしのところまで届いてきたことに、知らず身震いしていた。あれが直撃していたら、一撃で戦闘不能になっていただろう。

 緊急離脱の手段であったため、意図しないものではあったが、はなちゃんはニトロチャージのおかげで素早さが少し上がっている。このスピードを活かしてローブシンを翻弄したいところだが、今のところ向こうがペースを握っていると言わざるを得ない。力で圧倒され、押し負けている。

「逃げているばかりでは勝てんぞ!」

 追撃とばかりにローブシンが地面を石柱で穿つ。割れた地面からがれきが飛び出し、鋭い岩の破片となって飛び散った。

「ストーンエッジ!」
「いわくだき!」

 はなちゃんはくるりと後ろに方向転換し、研ぎ澄まされた数多の破片、はなちゃんに向けて飛び散ったそれを、後ろ足の蹄で粉々に砕き割っていく。
 岩の破片と蹄がぶつかる度に、ド、ド、と大太鼓を打ち据えたような音がして、そのたびに心臓がどくどくと跳ねた。砕き落とすのに失敗してひとつでも当たれば、大ダメージは免れない。緊張と不安で頭の中が真っ白になってしまいそうだ。

 矢継ぎ早に飛んでくる岩の破片をなんとか防ぎきり、再びはなちゃんは四肢を地面へと落ち着かせた。
 けれど、その呼吸が荒いことは、誰の目にも明らかだ。
 呼吸を整える間もなく、次の攻撃が飛んできてしまう。その前に動かなければ。でも、呼吸の整わない身体で動き出したところで、満足に走れるとは思えない。
 相手の隙はどこだ。それさえ見つけられたら……。

『次「はどうだん」とか言ったら泣かす』

 与壱にそう言われて、急遽どのわざを使うか決めたときのことを思い出した。
 わたしは彼らの声を聞くことができる。それは他の人が持ち得ない強みだ。思いつかないのなら、聞けばいい。

「はなちゃん、近接戦いける?」
『ぶっちゃけ厳しいけどよ、遠距離の方がもっと厳しいわ』
「あの振り回してるやつがなあ……」
『自由自在に振り回してくっから、腕の延長みたいなんだよな』
「腕の……」

 ところで、さっき気付いたことがある。はなちゃん、結構バランス感覚に優れているらしい。今までそういうことに気付く機会がなかったのもあるけれど、バトルフィールドの隅っこにある支柱に着地してみせたときは、ちょっと感動したのだ。
 しかし、作戦会議を待ってくれるほど、相手は甘くない。
 
「ローブシン、じしんだ!」
「はなちゃん前に!跳んで!」

 槌で地面を叩いたような音が響いて、はなちゃんの身体が弾むように跳ねた。直後、彼のいた場所にばきばきと音を立てて亀裂が走る。

「また逃げる気か!」
「柱!」

 逃がすかとばかりに、ローブシンが空中を見上げ、はなちゃんを捕捉した。

「かげぶんしん!」
「誤魔化されるな!アームハンマーでかき消せ!」
『石の、柱か!』
「いって!」

 ローブシンから見れば、はなちゃんの影が複数、一斉に自分へと飛びかかってきているように見えることだろう。着地地点で待ち構え、石柱を振りかぶる。
 それが空を切り、動きを止めたところで、とん、と”本物”が着地した。
 着地のタイミングをずらしたのではない。はなちゃんは2度跳んだ。
 かげぶんしんの影がかき消された瞬間、自分だけは地面へと着地し、そこから、ローブシンの石柱の上へと、2度目の跳躍をしたのだ。
 
 わたしからすればそのからくりは丸見えなのだが、正面をかげぶんしんで目くらましされていたローブシンにとっては、殴ったはずなのに手応えがない上、いきなり相手が自分の腕の延長線上に現れるのだから、驚いたはずだ。
 
 振り抜いた石柱の上に着地したはなちゃんは、ぶるる、と鼻を鳴らす。

「でんじは!」

 逃げられまい。
 ローブシンがもう片方の腕を振りかぶる前に、白い光が迸り、石柱を伝い、ローブシンへと到達した。
 思わずといった様子で振りかぶった石柱を取り落としたローブシンは、それでも尚、はなちゃんの重みをものともせずに、自身の腕の先にいるはなちゃんを睨み付けていた。

「ばくれつパンチ!」
「跳んでほうでん!」

 いまのはわたしの失敗だ。でんじはで動きを封じてから攻撃を、と思ったのだけれど、もう攻撃に移るべきだった。でんじはは相手の動きを完封できるわけではない。戦闘不能に追い込んでしまえばよかったのに、もしも押し切れなかったらという不安から、慎重になりすぎてしまった。

 十分にばくれつパンチを見切ったはなちゃんは、再び空中へとその身を躍らせる。雷鳴が轟いて、フィールドいっぱいに目を灼くような光が迸った。
 今度からはなちゃんに戦ってもらうときは、サングラスをつけた方がいいかもしれない。まぶしさで目がちかちかする。
 
「捨てろ!もう一発だ!」
「っはなちゃ」
『ッ!』

 石柱をかなぐり捨てて、ローブシンがもう片方の拳を握る。
 麻痺が聞いているから先ほどよりは緩慢な動きに見えるが、それでも威力が高いことに変わりはない。

『突っ込む!』
「……!わ、……おんがえし!」

 やっぱりわたしは臆病者で、最後の最後で逃げてしまった。
 けれど、はなちゃんは引かなかった。はなちゃんが捨て身で突っ込んでいく姿を見て、ローブシンの拳がはなちゃんめがけてまっすぐ伸びていく様を見て、ああやっぱりワイルドボルトにすればよかったと思った。
 でも、ワイルドボルトと叫んでいたら、やけくそで使うおんがえしの方がよかったかもしれないと、わたしは後悔しただろう。どっちを選んでも、結局わたしは後悔するのだ。

 ぶつかり合った姿勢のまま、動かない2匹。
 ローブシンの拳が地に着くのと、はなちゃんの膝が折れるのは、ほぼ同時だった。

『ぐ……ッ、ク、そが……!』

 はなちゃんの右前足、その膝は、確かに地面についている。
 けれど、他3本の足は、震えながらも地面を踏みしめていた。

「はなちゃ」

 ばちん。
 言い終わる前に、電気の弾ける音がして、ローブシンがうつ伏せに倒れた。

「足の数が多いゆうんは得ですなあ」
「ローブシン、戦闘不能!」

 与壱が何か呟いたけれど、ほとんど耳に入ってこなかった。
 どうやら勝てたらしいことだけが、かろうじて理解できる全てだった。

『リサ、戻してくれ』
「う、うん!」

 右の前膝をついたままの姿勢で微動だにしないはなちゃんを、慌ててモンスターボールに戻す。少し落ち着いたら、たくさんきずぐすりを使わなきゃ。誰がどう見ても明らかに、瀕死寸前だった。



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