朽だら野にただひとり‐07 

 肩の荷が下りたという自覚はあるのか、与壱の足取りは心なしか軽い。鼻歌でも歌い出しかねない雰囲気ですらある。至って無表情のままではあるけれど。
 
「別にええんやで?大して怪我せーへんかったし?もう1回出たっても」
 
 ボールから飛び出したはなちゃん。本日ベストオブ低音ボイスの「は?」が彼の口から漏れた。バトルの前にバトルが始まりそうなのやめてもらえます?

「なんなら俺がさっきの分もやって次もやってやってもよかったが?」
「無理しんとき。きりきざまれてしまいやて」
「途中で脱毛始めたやつに言われたかねえよ」
 
 あんまり大人数のまま中に入るのはどうかと思ったが、この白髪2人に水を差す方が面倒だ。
 ええいままよと睨み合う2人を無視して新たなドアに手を伸ばす。

「脱毛?無駄をそぎ落とす戦略的行為なんやけど?」
「は?普段から邪魔なモン引きずってんじゃねえよ」
「余裕のないちぃーさい男らしい言葉やなぁ〜」

 ドアを開けると、申し訳程度の手すりがついた台があった。それはらせん状のレールの上に乗っており、おそらくはこれに乗ってレンブさんの元まで運ばれることになるのだろうと予測できた。
 テレビでよく見る有名なお菓子の製造過程に出てきそうなベルトコンベア状のレールは、ぐるぐると遙か上まで伸びている。

「お前ほんッとにムカつくな」
「褒め言葉ですけど?……ん?」
「なんだよ……あ」
 
 恐る恐る乗ってみれば、動き出しの揺れは意外に少なかった。案外スムーズに、レールの上を走っていく。

「ねえねえこれスピードあがったりしな……え?」

 てっきりついてきていると思っていた2人の顔が後方にあると気づき、さぁっと血の気が引いた。小競り合いに夢中になっていて、そのまま立ち止まってしまったのであろう。気付かなかったわたしも悪いかもしれないけれど、2人にもそれなりに責任があると思うよこれは。
 
 ……いや、落ち着け。引き返せばいい。多分このリフトは途中で止まれないだろうから、頂上でレンブさんに事情を話して謝って、一度入り口まで戻ればいい。ドアの内側には入っているから、戻ることは許してもらえる……はず。多分。
 
『んも〜しょうがないわねえ……。ほら美遥。行くわよ』
『2人とも、貸しひとつだぞお』

 わたしの考えをよそに、ぽんぽんと2つのボールから光がはじけ、紡希と美遥は見事なUFOキャッチャーを披露してくれた。
 わたしがレンブさんの元にたどり着くちょうどそのときに、わたしの両脇へと小競り合いをしていた2人をお届けしてくれた。
 レンブさんからしてみると、わたしの両脇に人間が2人、吊るされた状態で現れたのだから、目を見張るのも無理はない。
 どっちにしろ色々と謝らなければならないことに変わりはないと気づき、思わず何度目かの溜め息が漏れてしまうのだった。

「すみません、気にしないでください……」

 わたしが逆の立場だったら絶対気にすると思うが、レンブさんは特に何も言ってこなかった。
 審判に促され、バトルフィールドに立つ。
 フィールドの縁にはロープが引かれており、四隅の柱にそれがくくりつけられている。
 まるでボクシングやレスリングで使うリングのようだった。

「お前は我が師匠アデクの認めたトレーナー。ただその強さを見せてもらえればそれでいい」

 質実剛健、という言葉がぴったりな人だと思った。
 アデクさんと似たような雰囲気、というのは今ひとつ分からないけれど、チャンピオンの弟子で、しかも四天王。強くないわけがない。
 今更ながら、とんでもない人達を相手にしているのだと感じた。さっきまで勝てていたのも、少し間違えば確実にこちらが負けていた。安全な勝利などここには一切存在しないのだ。

 彼を真正面に見据えて立つと、自然、背筋が伸びた。
 今まで入り口に置きっぱなしにしていた緊張感が、一気に両肩へとのしかかってくる。

「はなちゃん」
『ああ、大丈夫だ。ちゃんとやるに決まってんだろ』

 いつもよりも重めに、蹄が踏みならされる。
 先ほどまでの苛立ちや雑念を振り払うように、とんがった耳をくるくると小刻みに動かし、はなちゃんはバトルフィールドの真ん中へと立った。
 頬に髪がまとわりつく。はなちゃんの発する静電気のせいだ。

「お前の強さ……どれほどのものか見せてもらいたいッ!!」

 レンブさんの言葉と共に宙へと放られたボール。
 はなちゃんの蹄より何倍も重たい、地面を揺さぶるような音がして、1対の柱が現れた。鈍色のそれは、現れたポケモンの武器なのだろう。自分の身長ほどもある石でできた柱を杖のようにして持っているが、あれを振り回してくるのだとしたらとんでもない威力になるのだろう。

 与壱と同じく、はなちゃんもそこまで防御力に自信のあるタイプではない。というか、わたしの仲間に防御を得意とするポケモンがいない。どちらかというと打たれ弱い方ばかりだ。
 トリッキーなわざが使えるテクニシャンも、多分いない。いてもわたしが作戦を立てられない。
 つまるところ、やられるまえにやる戦法しかできないということだ。単純明快で簡単だが、一度でも大打撃をくらってしまえば即終了となる。

 そして、相手のポケモンは、まず間違いなく素早さが低くて攻撃力の高いタイプだ。こちらは素早さで翻弄しつつ攻撃……ヒットアンドアウェイがベスト、だろうか。
 
「ローブシン対ゼブライカ、試合開始!」

 旗が上がると同時、試合開始のゴングが鳴ったような気がした。
 バチバチ、はなちゃんの発する電気が白く弾ける。皮膚が露出しているところは全て、ぴりぴりと軽く炙られている様な感触がした。

「スパーク!」

 地面を蹴る音と、はなちゃんがローブシンにぶつかる音が、ほぼ同時に聞こえてきた。
 ひゅう、と与壱が口を尖らせて音を鳴らす。それがかすかすでとても下手くそな口笛だったことはこの際気にしない。どちらかというと空気が出ていく音の方が大きい気がしたけれど、気にしない。そんなことに気を配って突っ込んでいる場合ではないのだ。

「速いな……さすがだ」

 ローブシンはびくともしていない。
 どっしりと大岩のように、はなちゃんの攻撃を真正面から受け止めていた。

『かッてえな……!』

 頭を振りながら、一度はなちゃんが距離を取る。
 す、とレンブさんの腕が上がった。何か来る。

「ローブシン、じしん!」

 ふわ、とわたがしでも持ち上げるように、ローブシンが石の柱を持ち上げた。
 まずい。

「飛んで!」

 それが振り下ろされた衝撃たるや、立っていられないほどで。思わず脇にいた与壱の腕をつかんで、ようやく持ちこたえるほどだった。
 はなちゃんはできる限り、めいっぱい跳躍してくれたけれど、着地するときにもまだ揺れは収まっておらず、ぐらぐらと不安定な地面へと着地するのはあまりに難しいことだった。

「どうした!飛び跳ねて踊っているつもりか!」
「くっ……」

 思わずと言った様子で吹き出した与壱の脇腹を小突く。少し痛かったようで、距離を取られた。

 はなちゃんがなるべく地面にいる時間を短く、空中にいる時間を長くしようとしてくれているのは分かるが、それでも空を飛べるわけではない。レンブさんの言うとおり、いつまでも飛び跳ねているわけにはいかない。
 地面に降り立つ度、着実にダメージは蓄積していく。

「はなちゃん、柱!」
『……!あい、よッ!!』

 バランスを崩しながらも、はなちゃんはバトルフィールドにある四隅の柱、そのひとつに着地した。ここより外に落ちてしまえば失格だが、はなちゃんは器用に柱へと着地し、体勢を立て直すことに成功した。



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