朽だら野にただひとり‐06
突然の与壱の行動がバトルを中断させてしまうような形になったが、ギーマさん達が気にしていないようだから、もうこれ以上、与壱に向かって何かを言うのはやめよう。どうせ「そんなことも知らんのか」みたいな目で見られるに決まっている。
「お待たせしました……?」
「いやいや。……じゃあ、遠慮なく」
語尾が疑問形になってしまうのも仕方のないことだと思う。わたしの指示じゃないし、わたしの理解できる範疇の出来事じゃなかったし。
唐突に始まった与壱の珍行動を、ギーマさんの声が仕切り直した。
「キリキザン、全力で突っ込め。懐を狙うんだ」
腕の長い体毛が、ある意味では与壱の武器だった。腕よりも長いそれは、相手との距離を測りつつ攻撃も加えられるという、彼の物差しだったからだ。それがない今、こちらも全力で突っ込むか、はどうだんで距離を取るかの2択を迫られることになる。
『次「はどうだん」とか言ったら泣かす』
「とびひざげり!」
コンマ2秒くらいで指示を出したと思う。わたしとしては過去最高に決断力のある指示だった。
反射とやけくその気持ちがあいまった結果だが、急かしたのは与壱なので仕方ないと思う。わざを外した反動で与壱が痛い思いをしても、わたしは悪くない。
既に駆けだしていたキリキザンは与壱の目前まで迫っていた。
けれど与壱は動かない。相手が自分のわざの届く射程圏内に入るまで、じっと待ち構えていた。
ぐんっと与壱の背が縮んだように見え、それからにゅうん、と伸びた。しなやかな体躯がぐっと踏ん張った後飛び上がったのだと気付いたときには、鈍い音が響いていた。
キリキザンの頭がガクンと後ろへと持って行かれたので、真正面から見ていた自分としては、キリキザンの首がどこかへ飛んでいったのではないかと思い背筋に冷たいものが走った。
その後、刃物だらけの体躯が大の字になって倒れたのを見て、四肢も頭もちゃんとくっついてることを知り、ノックダウンさせたという喜びよりも、安心感が心を満たした。気絶している相手に言うのもどうかと思うが、よくぞご無事で。
とびひざげりは、思いっきりキリキザンの顎にめり込んだらしい。審判の旗が上がっても目を覚まさなかったが、ギーマさんに助け起こされると、ようやく意識を取り戻したようだった。
与壱がやりすぎてしまうのではないか、とどめを刺してしまうのではないかと、ずっと意識して握りしめていた紫色の球体から手を離す。
与壱はわたしのそんな心配も素知らぬ顔で、すたすたと戻ってきていた。
「お疲れさま。いや、というか、腕」
『ん?』
首を傾げた与壱が人の姿を取る。
原型の時も寂しかったが、擬人化をするとちゃんとそれが反映されていた。袖についていたリボンのような布がなくなっている。袖口を絞っていたそれがないので、両手は指先まで完全に見えない。萌え袖もかくや。
「それ、毛、抜いて大丈夫なの?生えてくる?」
「多分」
「もっとしっかりして。毛について意識高めになって」
何言ってるんだこいつ、という視線を向けられたが、何も言われることはなかった。深い溜め息だけが返ってきた。なんでわたしはこんなに心配してるのに、本人がどうでもいって顔してるんだ?
とりあえず痛がっているような素振りもないので、ギーマさんの方へと向かうことにした。少々やり過ぎのような気がしていたので、謝ろうと思っていたのだが、そこでも同じような疑問が生じた。
いや、なんでわたしはこんなに心配してるのに、本人がどうでもいって顔してるんだ?
「キリキザン、その……大丈夫でしたか?」
「うん?問題ないよ。少し休めば大丈夫さ」
パートナーをボールに戻したギーマさんが、こちらへと向き直る。
「さて……きみは勝者。わたしは無様な敗北者。きみのその強さ……他の四天王相手に試すがいい」
彼は微笑むでも悔しがるでもなく、淡々とわたしにその言葉を贈った。
やりすぎだと叱られるかもしれないと思っていたけれど、そんなこともなかった。
ルール違反もなく、不戦敗でもなく、ちゃんとポケモンバトルで勝利することができた。チャンピオンロード内でのあのバトルに比べれば、大分進歩していると思う。
「その危うい子を選んだきみは、間違いなく本物の勝負師さ。……勝敗の行方は、さて、どうかな」
「……!」
にわかに与壱が殺気立った空気になったが、とりあえず強制的にボールへと戻しておいた。ガタガタと反抗されるが、両手でおにぎりを作るようにして握り込む。
「わたしも、どうしてこのコジョンドを……与壱を選んだのか、分からないんです」
誰が見たって、与壱のようなポケモンを、わたしのような新米トレーナーが扱うのは手に余りすぎている。ベテラントレーナーでも、御しきれるかどうか。
危険なポケモンとして捕獲、保護という名目で檻の中に閉じ込められたり、ボックスの中に預けられたりしたままになっていてもおかしくない。むしろ、それが普通かもしれない。
「でも、彼が外の世界に目を向けることは、必要なことだって思うんです。……わたしが言える立場じゃないかもしれないけれど」
「旅立ちの日にモンスターボールを手にした少年少女は皆、その瞬間から立派な勝負師……ポケモントレーナーだ」
この世界では、10歳になったら旅立ちが認められる。自分だけのポケモンを持ち、大人の仲間入りをする。だからわたしの決断は子供のわがままではない。大人の決意だ。ギーマさんは、そう伝えたいのだろう。
「だから、きみがそう思うのならば、そうすればいい。誰が何と言おうと、今のきみたちがすごく眩しいことには変わりない」
ギーマさんなりの励まし、なのだろうか。
そのままでいい、そのまま進みなさいと、背中を押されているようだった。
うなずいて、頭を下げてから、入り口の方を見る。ドアは既に開いていて、わたしが出て行くのを待っていた。
ドアを出る直前、立ち止まって振り向くと、ギーマさんはじっとわたしのことを見つめていた。ドアの外が眩しいのか、目を細めている。
もう一度軽く会釈をして、今度こそ部屋を出る。
ずっと中にいたから気付かなかったけれど、確かに外の世界は眩しい。ギーマさんの部屋は思ったよりも薄暗かったようだ。
「与壱、勝ってくれてありがとう」
ずっと小刻みに震えていたボールを解放すると、嫌そうな顔の与壱が大きく伸びをしながら飛び出してきた。
「袖!?」
袖のリボンが復活している。ということはもしかして、原型に戻っても腕の毛が復活しているということだろうか。
そういえば、ギーマさんに与壱が腕の毛を抜いた理由聞くの、忘れてた。
次に会うかくとうタイプ使いのレンブさんの方が詳しいかな。
「与壱、ちょっと原型になって」
『嫌ちゃ』
「なんで……」
念のため図鑑を確認したりステータスを確認したりはするものの、ダメージを受けている様子はどこにもなかった。
キリキザンと組み合ったのだから、多少なりともダメージを負ってるはずなのに。
ふと、図鑑の備考欄に目が留まる。
「さいせいりょく……?」
ポケモンの特性を明記した欄だった。さいせいりょく、再生力。ボールに戻すと体力が少し、回復するという特性だった。
ボールの中に入ったら体力が回復するってどういう仕組みなんだろう。
まあ、本人がピンピンしてるからもういいか。いろいろ聞いてもきっと答えてくれないし。
ボールに戻る気配のない与壱を横目に、思わず溜め息が漏れる。
「さ、お手並み拝見といきましょか」
次のバトルは荒れそうだ。はなちゃんが。
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