いつかどこかの可惜夜で‐11
……そういえば与壱、カップ焼きそばのチーズケーキ味を普通に食べてたっけ。味が濃い、位の反応しかしてなかったし、味覚音痴……?それならそれでいいけど、もし味覚障害だったら困るから、いつかジョーイさんに調べてもらった方がいいかもしれない。
与壱が、自動販売機を眺めている。
「他に飲みたいのがあった?」
「字が読めんけん分からん」
そう言いつつも、水色の、爽やかな色をしたビンに、彼の視線が集中していることに気付いた。
「サイコソーダ、気になる?」
炭酸を刺激だと捉えて過剰反応されたら困るから、とミックスオレを選んだんだけど。もしかしたら、炭酸は好きなのかもしれない。
「……しゅわしゅわのやつ?」
「うん、シュワシュワするやつだよ」
「なら、多分好き」
買うかと聞くと、首を横に振られた。別に、ミックスオレが嫌いなわけではないようだ。小刻みに缶を傾けて、味を確かめるようにして飲んでいる。
与壱が親元を離れたのは、何歳の時なのだろう。
箸の持ち方は幼児のそれで、炭酸のことは知っている。わたしの感覚で言うなら、幼稚園児か、小学1年生になりたてくらいかなあと思う。
もしかしたら、食べ物の味もまだよく分かっていないのかもしれない。それなら、あの変わり種カップ麺を平らげたのにも納得がいく。
「じゃあ、今度はサイコソーダにしようね」
与壱は目を細めるだけで何も言わなかった。
おいしい水を鞄にしまい、ルームキーのキーホルダーを鳴らしながら部屋を探す。
あったあった。ドアを開けてまず、ベッドの数を確認した。移動しながら暖房のスイッチを入れるのも忘れない。
与壱はというと、部屋の入り口の前で立ったまま動かないでいた。
「ここ、お前の家?」
「ここは家じゃなくて、一時的に泊めてもらう場所だよ」
「ホテル?」
そんな感じ、と答えを返す。それを聞きながら、与壱は興味深げに部屋を隅から隅まで観察し始めた。
リビングを抜けて寝室を確認すると、1、2、3……よかった。ベッドは3つある。端っこにわたし、もう一方の端に与壱が寝ればいい。
別の部屋があると気付いた与壱が、後ろからついてくる。
「与壱、どっちのベッドがいい?」
「壁際」
真ん中はダメだよ、と言おうとしたら即答だった。じゃあわたしは窓際にしよう。
カーテンを開けても、ほとんど光が差し込むことはなかった。窓越しに見えた空は晴れていたものの、月はうっすらと輪郭が見えている程度だ。星明かりに遠慮しているのか、意識して探さなければ、その姿は見えないほどだった。昨日が新月だったのだから当然か。
ベッドに荷物を降ろし、ひとまず腰を下ろす。
一度腰を下ろすと、今度は寝転がってしまいたくなる。意識しないようにしていた疲れがどっと押し寄せてきて、眠気にまぶたが引きずられそうになる。だめだめ。せめてみんなを迎えに行くまでは。それに、あったかいお風呂にも入りたい。
お風呂ってどうして、入るまでがこんなに億劫なんだろう。入らなきゃよかった、なんて思うことなんか、ひとつもありはしないのに。
……待って。与壱って、1人でお風呂は入れるの?
確認したいが、聞いてしまうとやぶ蛇のような気もするので、後で九十九か紡希辺りに聞いてもらおう。彼らなら面倒見がいいから、なんとかしてくれるはずだ。
他は、他は……。どっちかというと、面倒を見てもらうポジションだしなあ。いつもなら面倒見る側にはなちゃんもいるけれど、与壱だけは例外になるからカウントできない。むしろ喧嘩してトラブルメーカーになりかねないから引き離しておいた方がいい。
ずず、という最後の一口をすする音がした。
缶をリビングのテーブルに置いておいでと言うと、与壱は素直にそうしてくれた。分別とかはさすがに分からないだろうし、後で部屋を出るときに捨てよう。そのとき、捨て方も教えておけばいい。
えーと、箸の持ち方、字の読み方、お風呂、それから……ポケモンバトル。
わたしはいつから子供を育てるようになったんだ、と思わざるを得ない。しかも、なまじ力が強いものだから手を焼かざるを得ない。
でも。
「知らないだけなんだろうな」
知ってくれれば、もっと言えば、理解して、納得してくれれば、すぐに何でもできるようになってくれるはずだ。あれだけ笛を吹くのがうまいのだから、他のことも器用にこなしてくれるはず。
はなちゃんのことをからかって遊んでいるけれど、それはただ生命を維持するためならば”知らなくてもいいこと”だ。最低限生きていくのに、他人をからかうことは必要ない。邪魔ならば消せばいい。もしくは、自分がその場から立ち去ればいい。そのどちらもしないのは、関わっていたいのに、他の接し方を知らないからなのかもしれない。わざとらしい口調もそうだ。
好きな女の子をからかう男の子みたいだと思って、少し口元が緩む。そんなかわいいものではないと分かってはいるけれど。
言葉はたくさん知っているようだから、説明する側としてはありがたい。
ただ、それに気持ちが追いついているかというと、また難しい。
「何か言うたか?」
わざとらしい口調の方で話しかけられて振り向くと、与壱が寝室の壁にもたれかかっていた。
「与壱、これから、何が好きで、何が嫌いか、たくさん教えてね」
「サイコソーダは多分好き、あのシマシマは
しゃあしいき、好かん」
「仲良くしてほしいんだけどなあ」
きっかけは与壱とはいえ、はなちゃんももっと柔軟に対応してくれ……ないか。それがはなちゃんのいいところでもあるんだから、あまりわたしがとやかく言うことじゃない。こればっかりは当人同士でいずれ、ぐらいの長い目で見ていよう。
「好きな食べ物はある?」
「……」
与壱が何かを言ったのだが、よく聞こえなかった。口元を覆いながら、もごもごと言ったからだ。重ねて聞けば、与壱はぷい、と横を向いた。
「……たまご」
さっきといささか言葉が違う気がするが、まあよしとしよう。たまごといったらオムライスかな。それとも天津飯?ふわふわのサンドイッチに挟んだたまごだって美味しい。
きっと食べたことのないたまご料理だってたくさんあるはずだから、与壱の好きがどんどんアップデートされていったらいいな。
「今日はもう遅いけど、明日の朝はあったかいご飯食べようね」
できればスプーンで食べられるものがいいかな。お箸にもなれてもらった方がいいけど、まずは使いやすいもので食べればいいし。たまごがゆとか、グラノーラとか。
与壱は口元に手を当てたまま、わたしの言葉に目を細めた。
もしかして、嬉しいときに目を細めてる?言うと絶対やってくれなくなりそうだから黙っておこう。
そろそろみんなの回復が終わった頃だろうと思い、与壱を促して一緒に部屋を出た。机の上に置いてあった空っぽの缶を手に取って、捨てる場所を教えながら歩く。ふうん、という返事こそ帰ってきたものの、ちゃんと思えてくれたか怪しい。興味があるものはすぐ覚えてくれるんだろうけどなあ。
ジョーイさんから受け取るなり、全員がぽんぽんと勝手にボールから飛び出してきた。
今日は特に思うんだけど、なんでこんなにみんな勝手に出てくるの?
結局、風呂は紡希が担当し、寝る部屋は真ん中に琳太が寝るということでカタがついた。はなちゃんは「俺が寝る」と言ってきかなかったけれど、寝るどころじゃないレベルの喧嘩になりそうだからご遠慮頂いた。琳太がわたしと与壱の間のベッドで寝ることにくわえて、わたしの枕元に、みんなのボールを置くと言うことで納得してもらった。
毎晩こうなるなら、今後はポケモンセンターのベッドの数も気にした方がいいなあ。
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