いつかどこかの可惜夜で‐10
わたしは始めに決めていた旅の目的をもう達成してしまったようなものだけれど、ここにはまだ、続きがある。先に進むための道がある。
それに、与壱が仲間になったとはいえ、友好的とは言いがたい。これでよかった、なんてとても言える状況ではない。
……プラズマ団の問題も解決していない。
旅の途中で、わたしにはもうひとつ、目的が与えられた。それは望んで得たものではないけれど、達成しなければならないもので、この先に進むことが、そのためには必要となる。
鞄の中のダークストーンを握りしめる。未だ、ゼクロムは応えてくれない。わたしが、きっと応えてくれないと、心のどこかで思っているからかもしれない。だってわたしは、英雄なんかじゃない。ひとりの旅する者だ。わたしより強い人は、たくさんいる。わたしより賢い人も、たくさんいる。
四天王に挑戦すれば、何かが変わるかもと思っていたけれど、いざそれを目の前にすると、何も変わらないような気がしてきた。ジム戦をしたからと言って、バッジを手に入れられたからといって、わたしが劇的に変わったことなんて、一度もなかった。多分、これからもそうだ。
正面には体格のいいお兄さんが仁王立ちになっていた。わたしの姿をみとめると、うなずきかけてきた。近くまで来るように、ということだろう。
駆け寄ると、自分が思っている以上に、足腰がへなちょこになっていることに気がついた。思いのほか、洞窟内を進むのに体力を消費していたらしい。
ようこそポケモンリーグへ、とお兄さんは話し始めた。
ここは、純粋に強さのみを追い求め、示す場所。その方法は至ってシンプル。四天王とチャンピオンに勝つだけだ。4人いる四天王は、誰からでも挑戦できるし、四天王全員に勝てば、チャンピオンに挑戦できるということ、だそうだ。
ただし、と彼は言葉を続けた。
「ただし!一度挑戦を始めたなら、勝ち抜くか、負けるまで出られないぞ!」
一気に、5人のトレーナーと戦うことになる。今までのジム戦でも、ジムリーダーにたどり着くまで、ジムトレーナーと連戦になることはあったけれど、今回は訳が違う。
ジムリーダー以上の実力を持つ人達と、連続で戦い抜いていかなければならないのだ。
エントリーしたいと言えば、今はかなり予約が入っていると言われてしまった。挑戦できるのは、早くても1週間後とのこと。テレビでの生中継もあるような、大規模な試合になるのだから、1日に受付できる人数も、そう多くないのだろう。
予約できるだけしておいて、もしいくつかキャンセルが出れば繰り上げで早めに挑戦できるかな、なんてことを思いながらトレーナーカードを提示すると、彼の目が見開かれた。
「カノコタウンの……リサ、か?間違いないな?」
「え?は、はい、そうですけど……」
そこで、Nの言葉を思い出した。彼はもう、チャンピオンに挑戦したのだろうか。それとも、そこまでまだたどり着けていないのだろうか。
「あの、アデクさんとNは……」
相手が何か言う前にそれだけ問いかけると、お兄さんは難しい顔をしてしまった。
「それが分からんのだ。チャンピオンの意向により、今回の挑戦はテレビ中継していない。つまり、非公開と言うことになっている。結果が分かるのは、挑戦者が再びここに戻ってきたときだろう」
「そう、ですか……」
「何はともあれ、君のことは聞いているよ。よければ、明日にでも挑戦できるようにしておこう」
「えっ」
さっき、予約がいっぱいだって言ってたのに。
早めに挑戦できれば、Nに追いつけるからありがたいけれど、横入りしてしまうのは気が引ける。
わたしが困った顔をしていると、お兄さんが背中を押してくれた。
「これは一大事だから、一刻も早く君を通すようにと、チャンピオンから言われているのだよ」
それは、アデクさんが、自分は負けてしまうから代わりにNと戦ってくれ、思っているからだろうか。……そんなはず、ない。
Nに追いついてほしいから、早く来るようにと言っているのだ。
急な試合だから、テレビ中継はないとのこと。その言葉に、わたしはほっとした。
万が一、わたしがハーフだとバレてしまうようなことがあったら、カメラの前では取り繕えない。それに、みんなに見られながら、というのはどうにも性に合わなくて、緊張する。
元吹奏楽部のくせに、と思わないではないが、あれは大勢の仲間達とステージに立っているからなんとか平気なのだ。1人では絶対にできない。
明日の昼、四天王に挑戦し、うまくいけば翌朝にでもチャンピオンに挑戦できるように日程調整をしてくれるということだったので、わたしはそれを了承して頭を下げた。
「あちらの建物で準備を整えるといいよ」
お兄さんが指さした先には、地味な色の建物があった。簡易宿泊施設があるのだろうか。
今まで散々見てきた岩壁と同じ色をした外壁の中にあったのは、見慣れたポケモンセンターの内装だった。思わず安堵の吐息が漏れる。
早速みんなをジョーイさんに預けようとしたのだが、ここでも問題が発生した。
与壱がボールに入ってくれない。
「ケガなんかしとらん」
「そうだけど、一応診てもらって?」
「嫌ちゃ」
さっきからずっとこの調子である。
ケガしていなくても、わざを使ったのだから、多少なりとも体力は消耗しているはずだ。結局、疲れていたわたしはもう折れてしまって、与壱以外を預けることにしたのだが。
『おい、また2人きりになるつもりか』
はなちゃん、頼む。わたし疲れてるんだ。ボールがカタカタ揺れていて、今にも出てきてしまいそうだ。
心配してくれているのは分かるが、今回一番ダメージを受けているのは、はなちゃんと琳太だ。優先的に預けたい。かといって、2回に分けて預けるのも何か変じゃない?手持ち6体でちょうどいいのに。
結局、ぽんぽんと落ち着かせるようにボールを強めに撫でて、トレイに素早く乗せて素早くジョーイさんに預けた。
タブンネが笑顔で5つのボールを奥へと運んでいく。何か言っているのが聞こえたような気がしたが、聞く気力がもうなかった。
大部屋をひとつ借りて、鍵を受け取った。本当に大所帯になってしまった。ベッド、いくつあるかな。大部屋なら2つか3つあるはずだけど。
与壱がボールで寝るとも思えないので、ベッドを使うことになるだろうけど、みんながそれを許してくれるかなあ。特にはなちゃん。同じベッドはまあ、わたしとしてもご遠慮願いたいし、それはないとして、隣のベッドでも嫌がりそうだな……。
「与壱、甘いものは好き?」
「……分からん」
じゃあ、とミックスオレとおいしい水の2つを購入した。ミックスオレを渡して、ダメだったら水にしよう。さすがに水が嫌いなんてことはないでしょ。
お金を入れて、下の口から出てきた缶とペットボトルを取り出す。一部始終を興味深げに見ていた与壱は、わたしが振り向いた途端、真顔で目線を正面から逸らした。
何も気にしていないフリをしているのが少しかわいくて、とっさに唇を噛み締めた。それだけでは堪えきれる自信がなかったので、口元を首に巻いている布で覆う。
グラタンを初めて食べたときの琳太の反応が思い出されて、また口元が緩む。
彼も、目を輝かせるような出来事に出会えるといいな。
「はい、これ」
冷たい缶を差し出すと、袖で隠れた手をのばし、不思議そうな顔をしながら受け取った与壱。その冷たさが伝わると、びくりと肩が揺れたが、顔は平静そのものだった。
長い爪の手が布の間から現れる。プルタブを持ち上げようとしているのは分かるのだが、わたしが美味しい水を味わっている間も、小気味よい開封音が響くことはなかった。
開けようか、と手を差し出すと、不機嫌そうにずい、と手渡された。
プシュッという音の後に、揺らさないようそっと缶を手渡すと、今度は素手で受け取ってくれた。
何度かためらいながらも、口元へと缶を運ぶ与壱。
「何じろじろ見とるかちゃ」
「ご、ごめん!」
飲んだときの反応が気になってしまい、ついついじっと見つめてしまっていた。ごまかすために、また水を一口飲んだ。
横目で、彼の持っているミックスオレの缶が傾いたのを見届ける。
「……どう?」
「甘い」
「嫌い?」
「いや」
まずい、という顔ではない。懐かしんでいるような様子もなかった。初めて味わう、というのが一番しっくりくる顔だった。美味しいかどうかの判断がつかないでいるような、決めかねているような。
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