いつかどこかの可惜夜で‐08 

 目が覚めると、またもや琳太に膝枕されていて、時が戻ったのかと錯覚した。
 起き上がりながら、ゆっくりとさっきのことを思い出す。
 与壱と話していたら、急に何かが光ってまぶしくなって、反射的に目を閉じて、そしたら緊張感も何もかも切れてしまって、意識が遠のいて……。

「おはようリサ」
「おはよう琳太」
「負けちゃって、ごめんなさい」
「ううん、わたしこそ、勝たせてあげられなくて、ごめんなさい。それから、」

 待っててくれて、ありがとう。
 頬に手を添えて撫でさすると、へにゃり、琳太が微笑んだ。
 琳太の表情から、胸のつかえが取れたのだと分かってほっとした。さっきはバタバタしていたから、わたしに言うタイミングを逃してしまっていたのだろう。お互い様で、わたしも謝りたいと思っていたから、今言えて、よかった。

 ふと、外が騒がしいことに気付く。

「与壱がね、ここまでリサを連れてきてくれたよ」

 琳太が、彼のことを名前で呼んでくれたのが嬉しかった。与壱が、自分の名前として名乗ってくれたことも、同じくらい嬉しい。
 だるおも、という言葉がぴったりな身体なのは相変わらずだったけれど、琳太に支えてもらいながら、再び、テントの外に出た。今すぐふかふかのベッドで心ゆくまで眠りたい気分だけれど、そうも言っていられない。
 与壱の方はひとまず置いておくとして、次ははなちゃん達だ。たぶん、はなちゃんが一番、与壱を仲間として迎え入れることに賛成していない。なんとかうまくやってくれるといいんだけれど……。

 ちょうどわたしと琳太が外に出ると、紡希以外の全員がその場に正座していた。よく見ると、はなちゃんと与壱がずぶ濡れだ。紡希も、2人ほどではないにしろ、少し濡れているような……。

「ああリサ、よかった!」

 紡希がほっとした表情になる。
 とりあえず、わたしがいなかった時にあったことのあらましを聞いて、それから、琳太に軽くデコピンしておいた。まさかわたしのそばにいると見せかけて抜け出していたとは。いなくなったときもそうだったけど、さりげなくステルス機能が優秀なのでは。もっと他の場面で活かしてほしい。

「せめてひとこと言ってから抜けてよね」
「いや怒るとこそこじゃねえだろ……」

 はなちゃんのツッコミはあえて無視することにした。
 彼の方に向き直ると、むくれた表情で視線を逸らす。ほんと、分かりやすいんだよなあ。

「はなちゃん、」
「おう」
「仲良くしなきゃダメだよ」
「……」

 はなちゃんの正直さは本当にいいところだけれど、正直すぎる。嫌だから返事をしないって、ちょっと。

「与壱は確かにわたしたちを襲ったけど、もうそういうことしないと思うよ」
「ほんにそう思うとるん?」
「おーい」

 そこは同意してくれ。わたしの説得台無しじゃんか。
 にやにやと笑みを浮かべる与壱を、はなちゃんは顔こそ合わせないものの、しっかりと睨み付けていた。こりゃダメだ。売り言葉に買い言葉。はなちゃんは与壱の挑発に乗せられっぱなしになるだろう。

「分かったよ、もう……。仲良くしなくていいから」

 その代わり、けんかしないでね。そう言うと、しぶしぶながらも、はなちゃんは小さく返事をしてくれた。しょぼくれた顔をさせてしまったことには、申し訳なく思っている。そんな顔させたいわけじゃないのにな。

「与壱も、あんまり人のことからかわないで」
「……」

 いやこっちも返事せんのかい。
 にやにやしてるし人のこと煙に巻くようなことばっかり言うけれど、多分根は正直なんだろうな。あんまりにも嫌な目に遭わされて、長いこと1人でいて、ひねくれすぎてるから分かりづらいだけで。
 出会い方が違ったら、もっとはじめから仲良くできてたのかな、とも思うけれど、こればっかりはどうしようもない。

 とりあえず、夜にはチャンピオンロードを抜けて、ポケモンセンターにたどり着いておきたい。

「与壱、チャンピオンロード内の道案内、頼める?」
「んー、ええよ」

 上の方に行き、チャンピオンリーグにたどり着きたいのだと伝えれば、与壱はしばらく考えてから、歩き出した。

「やっぱ、道詳しいの?」
「ん〜、下と上にでかい出口があんのは知っとる」
「ここから出たことは」
「ないちゃ」

 はなちゃんははじめ、わたしと与壱が話しながら歩いているのを、不服そうな顔で見ていたが、段々と怪訝そうな顔つきになっていった。
 わざわざ尋ねるのも何か違う気がしたので、何も言わないでおいたけれど。

「おっ!トレーナー発見!」

 岩陰からひょっこり姿を現したのは、わたしと同じくチャンピオンロードを攻略中のトレーナーだった。
 目が合ったらポケモンバトル。お互いにやることは分かっている。
 琳太はまだけがが響いているだろうし、ここは……。

「与壱、バトルお願いできる?」
「ええですよ」
「擬人化解いてもらわないといけないけど」
「いやちゃ」

 原型に戻るのが嫌だと、与壱はそっぽを向いた。うーん、ダメか。やっぱりポケモンの姿になるのは抵抗があるらしい。
 腕組みをして、岩壁に寄りかかって、目を閉じる。これは動いてくれそうにない。味方になれば、あの戦闘能力は心強いと思ったのに。

「おーい、そっちのポケモン決まったか?」
「あっ、はーい!はなちゃんお願い」
『任せとけ』

 いつになく低い声で返事をして、火花がわたしの脇を駆け抜けていった。
 相手がくりだしていたのはイワパレス。見た目からして岩タイプ……かな。ヤドカリみたいに大きな岩を背負っている。

「ステルスロック!」
「ニトロチャージ!」

 細かい岩の破片が辺りに飛び散った。はなちゃんを狙ったものというよりは、周囲にばらまくことが目的のようだった。岩のひとつひとつが尖っていて、鋭い。踏めば地味にダメージがありそうだ。画鋲を踏んでしまったときのような……想像して背筋が寒くなってきた。
 幸い、はなちゃんは頑丈なひづめがあるから大丈夫だと思うけれど。
 現に、彼は岩の破片をものともせず、炎をまとってイワパレスへと突っ込んでいく。

「からにこもるで防げ!」

 衝突寸前、ハサミを盾に、イワパレスが堪える体勢を取った。あまり身軽な感じはしないから、かわすというよりは耐えきって反撃するスタイルなのだろう。

「はなちゃん、ぶつかったらすぐ離れて!」

 ヒットアンドアウェイ、をやってみたかったのだけれど、わたしからの指示に従おうとした結果、中途半端な威力になってしまったようで、あまりダメージは通らなかったようだ。その証拠に、イワパレスはすぐに動き出す。

「いわなだれ!」
「こうそくいどうでかわして、ほうでん!」

 降り注ぐ岩の間をすり抜けて、はなちゃんが電撃をまとう。それが放出されると、洞窟中が明るく照らし出された。

『チッ岩が邪魔だ……』

 近距離では反撃が怖い、けれど、遠距離では攻撃が相手までたどり着かない。相手がひるむくらいの一撃を、思い切り叩きつけることができたら。

「ロックカット!」

 崩落する岩の猛攻が終わったと同時、イワパレスが自身の背負っている岩を、周囲の岩壁にこすりつけはじめた。少しだが、背負っている岩が削れそのたびに、動きが速くなっていく。
 相手が動かないことを前提にしていたが、そうもいかなくなった。今のイワパレスは、はなちゃんほどではないにしろ、素早さが上がっている。近づきすぎるとこちらがやられてしまうだろう。

「こないならこちらから行かせてもらうぞ、じならし!」

 こちらのほうまで激しい振動が伝わってくる。気を抜けば足下をすくわれそうだ。
 はなちゃんは、跳躍して岩壁を蹴り、ぽんぽんとピンポン球のように狭い洞窟内を駆け回ることで、イワパレスがくりだしたわざになるべく触れないよう、地面を避けていた。

「なんかちゃ、まどろっこしい。しゃっちがいっつも避けてからに」

 舌打ちと共に、与壱が吐き出す。興味なさそうだから、てっきり気にしていないのかと思っていたけれど、バトルの様子は見ていたらしい。

『そんなに言うならおめェがやれよ』
「いややわぁ、そんな泥臭いの」

 絶対嘘だ。相手が誰だろうと襲い掛かるくらいの狂人っぷりを、何年かは知らないけれど、それなりに長いこと演じてきたはずなのに、バトルが嫌いなわけがない。原型になるのが嫌なだけだ。
 
 擬人化しても、原型のポケモン相手に引けを取ることはないだろうけれど、さすがに相手のトレーナーがOKしてくれないだろう。それ以前に、擬人化した状態でのポケモンバトルって、やってもいいのかな。法律に触れるかとか全然知らないけど、ダメなことのような気がする。
 擬人化した状態でのバトルだなんて、誰がどう見たって、喧嘩してるヤンキーとそれをはやし立ててる野次馬になるし……。



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