いつかどこかの可惜夜で‐07 


 リサを見送った後、焚火の後始末をしなくちゃと思っていたら、もう琳太が片付けはじめていた。……え?

「アンタなーんでここにいるわけ!?」
「2人にした方がいいかなあって思って」

 こっそりボールに入ったフリをして、隠れて離脱したらしい。アンタまあまあでかい図体になったけど、何で今まで気付かなかったのかしらね、アタシ達。美遥も英も口をまん丸に開けちゃってまあ、さっき食べたものが出そうよ。
 九十九だけ苦笑いしてるわね。この子、もう諦めてるわ……色々と。

 案の定、英が思いきり琳太の胸ぐらを掴んじゃったし。ああもう、頭をけがしてるんだからそんなに揺さぶっちゃダメよ。九十九が仲裁に入ったけど、今回ばかりはさすがに聞く耳持ちそうにないわね。

「テメェ、いい加減にしろよ!リサのこと置いていったと思ったらふらっと帰ってきて、今度は放置か!それでも相棒かよ!」
「は、英さん、さすがに言い過ぎ、」

 アタシも言いすぎだと思うわ……。まあ、気持ちが分からないわけじゃないけどね。英は色んなトレーナーとポケモンを見てきたでしょうし、リサが決して……贔屓目を抜きにして、悪くないトレーナーだと思ってるはず。ついていかないという発想自体、英からしたらあり得ないのよね。琳太が、リサのことを大切に想っているのを知っているから、尚更理解できないでいる。

 もちろんアタシだって、リサのことは大好きよ。彼女を守るために戦えないのが歯痒いけれど、それでもそばにいて、支えてあげたいって思ってるわ。

「おれはリサの相棒だよ。ずっと、そう。それに、リサなら、大丈夫だよ」
「その保証がどこにあんだよ!さっき、お前もリサも殺されかけてたじゃねえか!いや、殺されてた!」


 それはそうとして、いい加減止めに入った方がいいわね。あのままだと英、琳太を崖から突き落としかねないわ。そして九十九は、さりげなくどさくさに紛れてリサの後を追おうとした美遥を引き留めるので手一杯だから、ほんと、いや、まずいわこれ。

「さっきだってリサがマスターボール使ってなきゃどうなってたか分かんねえだろうが!それに、あのボールは……」
「でも、それはリサが決めたことだよ」
「お前が負けなきゃよかったんだよ!」

 今までずっと穏やかな表情だった琳太が、その時初めて顔を歪めた。
 そりゃあ悔しいわよね。せっかく進化して強くなったのに、初戦で負けちゃったら。
 まあ正直、あの訳わかんないくらいむちゃくちゃに強い男に、アタシ達全員でかかっていったとして、勝てたかどうか分からないけれどね。地の利は向こうにあったわけだし。大してアタシ達は、リサを守りながら戦わなくちゃならない。
 リサがお荷物だってことじゃないわよ。そういう戦い方をしなくちゃならない、それが当たり前ってだけ。戦い方が根本的に違うのよ。

「おれだって、負けたくなかったよ。次は負けない」
「今さら遅ェんだよ!」
「遅くない!」

 あーお互いに火がついちゃったわね。琳太はあんまり噛みつく方じゃないけど、完全に英の空気に飲まれてるわこれ。
 少し視線をずらすと、困り顔の九十九が、美遥の長い三つ編みを手綱のように掴んでいた。
 九十九って、大人しげな言動の割に、けっこう大胆というか、びっくりするほど肝が据わってるときがあるわよね。本人はまだ自分のことを怖がりだと思っていて、無自覚みたいだけれど。

 ……もう焚火の後片付けどころじゃなくなってきちゃった。なんとかしないと、リサが帰ってきたときにこの惨状じゃあダメよね。
 アタシだって、リサとあの男を2人きりにするのには、どちらかというと反対よ。でもね、相棒の琳太が信じたんだから、大丈夫に決まってるわ。不安だけれど。それに、2人きりでと言いだしたのはリサだし、信じてあげなきゃいけないと思ったんだもの。……まあ、不安で仕方ないのだけれど。
 
 ま、いざとなれば琳太がボールの中にいて……いなかったわ。いないわ。アイツ、さらっとしれっとついていかなかったんだったわ。だからこんなことになってるんだったわ。

 リサ、早く帰ってこないかしらねえ。彼女がいたらすぐ解決することなのに。
 もうこの数分で何度ため息をついたか忘れてしまった。溜め息の度に寿命が縮みそうだわ。

「ケガしてっとか関係ねェかんな!ぶっ飛ばす!」
「やるの?……ん」
「なあ〜〜つう〜つづらさん〜はなしてよお〜」
「だめだってば……もう……」
「い・い・か・げ・ん・に、しなさーい!!』

 プツッと、アタシの頭の中で何かの切れる音がした。
 思いっきり翅を広げて、夕焼けを背に、それに負けないくらい、いや、それ以上の光と熱を放つ。
 
 その昔、太陽と崇められたアタシの威光の前にひれ伏しなさい!正座よ正座!そんでもってまぶしさに顔を伏せなさい!平伏!

『アンタ達ねえ!少しは大人しく待てないわけ!?自分のトレーナーも信じられないようなヤツ!反省!!挑発に乗るヤツ!反省!!』
「えっ僕は……?」
『……。いいから反省!!』

 九十九は完全にもらい事故だわ。ごめんなさいね。アンタ何も悪くなかったわ。あとで謝っておこうっと。
 その場にいた全員、まぶしさに目がくらみ、その場に立ち尽くす。あまりに強い光でめまいが起きたのか、すぐに1人、また1人と地面に膝をつくことになった。
 そりゃあ、フルパワーでまぶしくしたらこうなるわよね。ちょっとアタシもまぶしいもん。

 その場が静かになったのを確認してから、もういいかと思って擬人化したら、ちょうど洞窟から男が帰ってくるところだった。律儀に逃げなかったのね。
 リサの姿が見えなくて一瞬ひやりとしたけれど、何のことはない、おんぶされてるわ。
 ……いや、え?よく見たら目が開いてないんですけど。生きてる?大丈夫?

 ダッシュで駆け寄ると、男がうっとうしそうに顔を歪めた。アンタには用事ないのよ。その不愉快な顔をやめなさい!
 リサは小さく呼吸しながら眠っていた。

「なんか知らんが寝た」
「何もしてねェだろうな!?」
「は?」
「ア?」

 バチバチと、男と英の間に火花が飛び散っているのが見えた。さっき一瞬だけ大人しくなったの、もしかして幻?
 そしてこのバチバチにやり合ってるこの状況ね、もしかしてコレ、今後毎日見ることになるわけ?アタシ毎日輝かなきゃいけないわけ?ちょっと想像したら頭痛くなってきたわ。

 男の背中からリサを引っぺがした琳太が、そのままテントへとリサを運んでいく。そうね、今の行動は大正解よ、琳太。

「テメェリサに何かしたら承知しねェかンな」
「自分のモノとでも思うとるん?面倒な男やわァ」

 それに、と男が続ける、その顔には思いっきり”愉悦”の2文字が浮かんでいた。くっきり見える。英のこめかみに浮かんだ血管くらい、はっきり見えるわ。

「うち、与壱いいます。テメェなんてそ〜んな呼び方、やめてくれます?」

 ヨイチっていうのね彼。リサがつけたんでしょうね、きっと。じゃないとあんなに勝ち誇った顔で言う意味がないし。
 そして、自分がリサに認められたという愉悦でもって全力で英を殴りにかかってるわね。もろ英に効いてるし。あの2人、どうしようもないくらい相性最悪だわ。

 もう一度輝こうか迷っていたら、ついに九十九が2人の顔面に全力でみずでっぽうをくらわせた。
 やっぱ九十九って胆力あるわよねえ。流れ弾をくらって濡れてしまった髪の毛を絞りながら、アタシは確信した。

 はやくお風呂に入りたーい。

 

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