つぐないの言葉はいらない‐07 

 翌朝、ポケモンセンターの前でアララギ博士と合流した。
 昨晩はお祝いでもしようかと思っていたけれど、みんな緊張の糸が切れてしまい、夕飯もそこそこに、お振りに入った後は、電池切れのように眠ってしまった。何時に寝たのかも覚えていない。
 はなちゃんは何故か床で寝てしまったらしく、全身が痛いとぼやいていた。机の上のモンスターボールにたどり着けず、そのまま床に寝そべって眠ってしまった説が濃厚だ。

 まあ今日中にチャンピオンロードの洞窟に入るかどうかはまだ決めていないし、はなちゃんにはゆっくり休んでいてもらおう。

「アララギ博士、チャンピオンロードの洞窟を抜けた先が、アデクさんのいる場所なんですか?」
「大雑把に言うとそんな感じね」

 チャンピオンロードは洞窟のことをそう呼んでいるのではないと、わたしはこのとき初めて知ったのだった。
 草むらもあり、洞窟もあり、あらゆる地形が自然の猛威を振るってくるシビアな場所。さらに、チャンピオンを目指すトレーナー達は、ライバルを見つけるなり戦いを挑んでくる。その誰もが、8つのバッジを集めた猛者達だ。
 ……もしかして、捜し物をしている場合じゃないのでは?

 嘆いていても仕方ないので、とりあえずはアララギ博士についていこう。
 それに、チャンピオンロード内で遭遇したトレーナーに捜し物のことを伝えたら、もしかすると情報を持っていたりするかもしれない。

「あの、博士。昨日、ゼクロムと化石とは違うと行っていましたが、何が違うのですか?」
「そうね。……まずは形。化石は当時の姿そのものの骨格や、身体の一部がそのまま形として残っているけれど、ゼクロムと、おそらくレシラムもだけれど、彼らは当時の姿のままの形ではないわ。その意思、どう見たってドラゴンには見えないでしょう?」
「確かに」
「次に、”そう”なってしまった理由。化石になってしまった理由、ストーンになってしまった理由ね。これもそれぞれ違うわ。化石はなりたいと思ってなれるものではない。でも、ゼクロム達はなんらかの理由で、そして、自分の意思で、その形を取っている。その姿を選んだのよ」
「英雄を、待っている……?」
「そうね。きっとそう。彼らが遠い昔にまみえたような英雄を、待っているんだわ」

 なら、もっと別の人が持つべきじゃないのかな。強くなりたいと、力がほしいと願っているチェレンや、イッシュ地方で一番強いと言われているチャンピオンの肩書きを持ったアデクさん。

「あと、これは憶測なんだけど……」
「はい」
「ダークストーンの中で眠っているゼクロムは、当時の記憶を持っている。もしかしたら、今も意識があって、今までのことも、全部記憶している可能性があるわ」

 それは化石ならばあり得ないことなのだと、博士は言う。
 実際、美遥は化石から復元されたポケモンだけれど、化石になる前の記憶があるかと言われれば、そうではない。復元されたときに、新しく生まれたと言ってもいいくらいだ。

「少し人聞きの悪い……そして、縁起の悪い話だけれど。化石になることがある種の死であるとするならば、そうではなく自らの意思で眠りについた彼らはきっと、当時から生き続けていることになるわ」

  アララギ博士はポケモンの起源を研究している。そのせいか、いつもよりもよくしゃべるし、楽しそうだった。

 化石は、昔生きていた者達の死体に、死後、砂などが積み重なった結果できあがる。砂などの重みで押し固められて、化石になるのだ。どの時代の砂の中から発掘されるかによって、その化石の生きていた時代が分かる。
 さらに、化石を復元すれば、当時どのような生活をしていたかも、ある程度解明できる。化石になっていたとはいえ、本能が消えてしまう訳ではないからだ。以前と同じようなものを食べ、同じような場所をすみかとする。その様子を観察して、昔の生態系を研究することが出来る。

 この世界に来たばかりのわたしなら、化石がまた生き物になるなんて、考えられないようなことだけれど。
 それがこの世界では当たり前で、普通のことなのだ。

「さ、この先にある10番道路を抜ければ、バッジチェックゲート。その先にあるチャンピオンロードを越えて、ようやくチャンピオンのいるポケモンリーグよ」

 いつの間にか、街の端までやってきていたらしい。
 立ち止まったアララギ博士が、わたしの方に向き直る。

「ねえ、リサ。ポケモンと一緒に旅立ったこと、悔やんでる?」
「……!いいえ、いいえ。悔やんでなんかいません」
「ありがとッ!最高の返事よね!」

 にかっと晴れた笑みを見せた博士。
 後悔するわけがない。九十九と出会えたのは、アララギ博士のおかげだ。あのときからは想像もつかないぐらい、彼は大きく、たくましくなった。一番成長後のギャップがあるのは、彼なんじゃなかろうか。
 危ないこともたくさん経験したけれど、それ以上に、みんなとの旅は、楽しくて仕方なかった。

「私も君たちにポケモンをプレゼントできて、すごく嬉しかったの!だって、人とポケモンの素敵な出会いが、また生まれたから!」

 アララギ博士には、本当に感謝している。
 旅に出るための後押しをしてくれたこと、九十九に出会わせてくれたこと、そして今も、わたし達のために奔走してくれていること。
 
 はい、プレゼントよ。
 そう言って渡されたのは、紫色の、見たことのないモンスターボールだった。中身は入っていない。

「そのマスターボールは、どんなポケモンも絶対に捕まえられる最高のボール。こんな形でしか応援できないけれど……」

 これの使い道は聞かずとも察することが出来た。
 これは、もしもの時の、最終手段だ。
 もしも、ゼクロムが復活できたとして。もしも、そのゼクロムが、わたしに力を貸してくれなかったとして。
 もしも、ゼクロムが、戦いを挑んでくるようなことがあったとしたら。
 言うことを聞いてもらうのは難しいかもしれない。
 でも、このボールにゼクロムを入れることが出来たなら、N達の側にゼクロムまでついてしまうような、最悪の事態は避けられる。
 お守りのようなそれを一度胸に抱き、頭を下げる。
 そして、それをダークストーンの隣にそっと入れた。

「リサはリサ。どんなことがあっても、迷わずにポケモンと進んでね!」
 
 じゃーねー!!と言って、アララギ博士はゲートの前で手を振って、わたしのことを見送ってくれた。
 何度も後ろを振り返りながらゲートを抜ける。
 抜けた先は普通の道路で、少し拍子抜けした。ここにバッジチェックゲートがあるわけではないらしい。
 少し歩くと、小さな橋が見えてきた。そのすぐ横には切り立った崖があり、道は崖の方向に曲がっているようだった。曲がった先に、ゲートがあるのだろうか。強いトレーナー達がたくさんいて、ライバル探しに目を光らせているかもしれない。

 気を引き締めるために、ひとつ、大きく深呼吸。
 空を仰いで、息を吸った。
 
 視界の端で、誰かが動いた。
 崖の上に立っている、小柄な人影。
 深呼吸していなければ、気付かなかったかもしれない。
 息を吸ってぱんぱんになった肺が、そのまま動きを止めた。うまく息を吐き出せない。脈が乱れていくのを感じる。

 いてもたってもいられなくなって、一息に端を渡り、その人影の真下に立つ。
 あれほど探し求めていた、あれほど会いたかった存在が、今、目の前に居る。今にも泣き出しそうな表情で、笑いながら。
 
「りん……!」
「おれ、強くなっても、リサの隣にいられないって、気付いた」

 なんで。
 琳太ははじめから強かったよ。とっても頼りにしてたよ。

「おれ、リサのこと、傷つけちゃう」

 どうして。
 傷つけられたことなんて、一度もない。わたしが琳太のことを傷つけてしまったことはあっても。

「だから、ばいばいって、言いに来た」

 待ってよ。
 わたしはそんな言葉が聞きたくて、琳太を探していたんじゃないんだよ。
 また一緒に旅がしたくて、探していたんだよ。

「おれ、もう、リサと一緒にいられない。ばいばい」

 いやだよ、琳太。
 ちっぽけなマゼンタが、涙でにじんで歪んだ。

  26.つぐないの言葉はいらない Fin.

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