つぐないの言葉はいらない‐05 

 全身に緊張感をほとばしらせていた九十九の身体が光り出す。低い唸り声と共に、少しだけ、九十九がクリムガンを押し返した。バトルフィールドに刻まれたクリムガンの爪の軌跡が、少しずつだが、確実に伸びていく。

『……ッああああ!』
 
 ふるいたてたことによって力の増した九十九は、ついにクリムガンの身体を押し返し、袈裟に切り払った。
 背中から地面に叩きつけられたクリムガンは、緩慢な動作で立ち上がる。チャンスではあったが、九十九も肩で大きく息をしており、すぐには動けそうになかった。
 睨み合いながら、呼吸を整える。
 息が苦しくなってきて口を開けると、使い古された空気が一気に吐き出された。何度も新鮮な空気を取り込むべく、深呼吸をする。せめぎ合いを見守っている間、無意識下でずっと息を止めていたらしい。何度も酸素を取り込んで、ようやく呼吸が整った頃、再びクリムガンと九十九が動き出した。

 先ほどとは逆の腕を振りかぶったクリムガンと、再び己をふるいたてた九十九。
 ターゲットが動かないのをいいことに、クリムガンが一気に距離を詰める。

「くさむすび!」

 足下をすくわれた竜が、ばたりと地面に倒れる。前のめりになった体勢のままもがいているクリムガンの足には、フィールドから突如生えたツタが絡みついていた。

「クリムガン、つじぎりでツタを切って!」
「れいとうビーム!」

 標的が動かないことは、こちらにとっても有利だ。今度こそ、と狙いを定めて吐き出した冷たい閃光は、過たずクリムガンに直撃した。
 直撃した、かに見えた。

「クリムガン、ドラゴンテール!」
「みずのはどう!」

 審判の旗が上がるまでは、決して油断しないこと。
 それを今ほど実感したことはない。
 れいとうビームが直撃するその瞬間、クリムガンはツタからの脱出に成功していたようで、急所を免れていたようだった。
 ふるいたてるを使っている状態の九十九には押し負けると判断したのか、アイリスちゃんはドラゴンテールを指示した。

「クリムガン……!?」

 しかし、クリムガンは動かなかった。正確には、動こうとしていた。しかし、凍り付いた尻尾を振り上げることすらも困難な様子だ。非常に緩慢な動作で、なんとかしてわざを放とうとしている。
 動けないでいるクリムガンに対し、九十九の水の波動が、正面から激突した。

「クリムガン、戦闘不能!」
「勝っ……」
「よって、勝者、カノコタウンのリサ!」
「勝っ……勝て、た……?」

 挑戦者側の旗が上がっている。
 アイリスちゃんがクリムガンをボールに戻して、こちらに駆け寄ってくる。彼女の一連の動作を、どこか他人事のように見ていた。

「リサおねーちゃん、すごいすごい!」
「び、びっくりしてて実感がない……」
「え〜ほんとに?あたしたち、力を出し切ったのに負けちゃった」
「えっと、……九十九、お疲れさま」
『うん、勝ててよかった』

 ぎゃお、とかわいい声で鳴いた九十九をボールに戻すと、きらきらとした瞳のアイリスちゃんが、じっとわたしを見つめていた。

「あのね、お願いがあるんだけど……」
「どうしたの?」
「あと1回戦ってほしいの!ううん、戦いたい!ジム戦としてはリサおねーちゃんの勝ちだけど、お互いあと1体残ってるでしょ?だから、アタシのオノノクスと戦って!」
「え、ええ……!?確かに、いるにはいるけど……」

 突拍子もない申し出に、思考が固まる。……これで負けたらやっぱりバッジはあげられません、とかないよね?
 とにもかくにも、はなちゃんが是と言わなければこの勝負は受けられない。彼のボールをつつくと、自分から出てきてくれた。ぶるぶると鼻を鳴らしている。
 はなちゃんを見て、アイリスちゃんは「そうこなくっちゃ!」と意気込んでいた。

『いいぜ、リサ。俺だって見てるだけでつまんなかったからな』
「うん、アイリスちゃん、……よろしく、お願いします」
「やったやったっ!それじゃあ審判さん、お願いしまーす!」

 とてて、とアイリスちゃんが所定の位置につく。柔らかくてボリューミーな髪が弾んで、彼女のテンションの高さを表していた。
 審判が再び、旗を振り上げる。

「いっけえ、オノノクス!」
「はなちゃんいくよ!ニトロチャージ!」
「オノノクス、りゅうのまい!」

 ニトロチャージはあまり相性のいいわざとは言えないから、あくまで助走。アイリスちゃんはそれを分かってか、あえて避けずにオノノクスの能力を上げる方に専念した。
 一撃の重さが増しているから、きっとまともに食らえば致命的なダメージになるだろう。

「でんじは!」
「させないよ!ちょうはつ!」

 ならば、相手の動きを封じるしかない。いくら高い攻撃力でも、当たらなければ無傷だ。はなちゃんは素早さが自慢だから、相手の動きが鈍くなれば、もっと有利に戦えるはず。

『や〜〜い小賢しいちまちました電気わざとか使っちゃって〜〜あたしが怖くてびびってやんの〜〜』
「はなちゃ」
『ハアアァァ!?舐めてんのかテメェ……』
「おーい」
『おいコラブッ飛ばすぞクソが!』
「……」

 ばちばちと、はなちゃんが体毛に含んだ電気を放つ。しかし、それはでんじはと呼ぶにはあまりに攻撃的な光だった。
 こりゃだめだ。ちょうはつって攻撃しかしなくなっちゃうんだっけ、確か。普通に言われただけなら舌打ちで済ませそうなものだけど、わざとなると勝手が違うのだろうか。
 いともたやすく挑発に乗ってしまったはなちゃんは、そのままでんじはではなくほうでんを繰り出した。
 当然、怒り任せに繰り出したそれは中途半端なわざにしかならず、大した威力もなかったようだ。
 もうしばらくは、何を言っても攻撃しかしてくれなさそうだから、どうにか相手の攻撃をかわしつつ当てていくしかない。一発ぐらい殴られれば我に返るかな、なんて考えも浮かんだけれど、リスクが高すぎるのでやめた。余計怒りそうだし。

「オノノクス、きりさく!」
「はなちゃん、かわしてから」
『アァ!?』
「ああもう、おんがえし!」
『どちくしょうめが!!』

 絶対”やつあたり”でしょっていう声音と共に放たれたおんがえしは、オノノクスのきりさくと真正面からぶつかった。
 
 このわざこそ、はなちゃんが覚えるのを渋って龍卉さんを睨み付けたわざに他ならない。そりゃあ恥ずかしいよな、と思う。このわざ、トレーナーに懐いているポケモンほど、わざの威力が上がるらしい。
 ほとんどのポケモンが習得できる技であり、最大限に威力を発揮したとき、これはノーマルタイプのわざの中ではほぼ最強クラスになる、らしい。
 へなちょこな威力だったらどうしようとも思ったが、考え得る限りで一番攻撃力の高いわざかもしれないし、何より、攻撃にしか意識の向いていない今のはなちゃんなら、今回に限り、恥ずかしがらずに使ってくれる気がした。
 結果は上々で、わたしが少し恥ずかしくなるくらいの威力だった。いや、ありがたいんだけどね。
 
 互いの攻撃によって弾き飛ばされたはなちゃんとオノノクスは、なおも相手を睨み付けたまま、じりじりと再び距離を詰めていく。

「オノノクス、りゅうのはどう!」
「スパーク!突っ込んで!」

 いつもなら絶対に避けてほしいけど、もうそれは諦めた。突っ込む以外のことはやってくれなさそうだから。
 電気をまとって一直線。流星のように光が流れ、青白い炎とぶつかり合う。フィールドの真ん中で拮抗していた2つの光から、すさまじい熱気がほとばしる。

「はなちゃん、ふんばって!」
『当ッたり前だこの野郎!』

 ……なんだかわたしまで怒られてる気になってきたぞ。

 

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