つぐないの言葉はいらない‐04 

 初戦、アイリスちゃんがくりだしてきたのはオノンド。
 試合開始の合図と共に、ぐぐっと身体に力をためたオノンドの身体が、赤く光る。
 りゅうのまいだ。
 対する美遥は地に足をつけ、勢いよくオノンドに突っ込んでいく。
 
「美遥、かげぶんしん!」

 土煙を上げて疾走する美遥の身体が、いくつもの分身を生み出しながらオノンドに迫る。
 美遥がこんなに走るのが速いなんて、知らなかった。進化してから、空を飛べることに喜んでいた彼は、実はそこまで飛ぶのが得意ではないらしい。図鑑をしっかり読むと、確かにそう書いてあった。飛ぶのは少し苦手で、長い助走が必要。ただし、足は速い、と。

「りゅうのいかり!」
「飛んで、旋回!」

 舞い終えて、真正面から突っ込んできた美遥を迎え撃とうとしているオノンド。その口から炎が吐き出される直前で、美遥”達”は宙へと舞い上がった。
 ぐるぐると素早く旋回している美遥のそれは、いつも見ていた飛翔速度の比にならない。かげぶんしんが持続した状態での飛翔のため、フィールド中が美遥の羽に覆われているようだった。

「げんしのちから!」
「ドラゴンテールで弾き飛ばして!」
 
 いわなだれのように、げんしのちからが降り注ぐ。
 オノンドはぐるぐると回転し、自らの周囲に降り注いでいる岩を弾き飛ばそうとしているが、本物の岩でなければ当たった感触はない。何度もスカを引いて回り続けているオノンドに、ひとつの影が急降下した。

「ドラゴンクロー!」
「オノンドっ!」

 大きくかぎ爪を広げて、オノンドに迫る美遥。その姿が岩の幻影達の隙間から見えたと思った瞬間、激突した衝撃で土煙がぶわりと噴き出した。
 ドラゴンクローは、わざマシンにもなっているわざだ。しかし、美遥は自力でそれを習得した。正確に言うと、龍卉さんとの修行中に習得した、ドラゴンタイプ直伝のドラゴンわざだ。
 龍卉さんが美遥に対して、ドラゴンクローを習得しているかどうか確認したのは、わざマシンの有無のためではなかった。彼に限っては、そのわざを自力で習得することが出来るから、彼がどれぐらいのレベルにあるのかを知るために聞いたのだ。結果、ドラゴンクローを習得するにはまだ未熟であったため、龍卉さんに直接稽古をつけてもらっていた、というわけだ。
 わざマシンで覚える方が簡単だ。習得のためにレベルを上げる必要がない。未熟なままでいい。でも、龍卉さんはそうしなかった。

 土煙が晴れる。
 目を回したオノンドが、美遥の足下で仰向けになっていた。

 なぜなら、自力での習得の方が、わざの正確さ、威力、質が、格段に良いからだ。
 しかも、美遥に至っては、龍卉さんの、ドラゴンタイプ直伝の、ドラゴンわざ。強くないはずがない。
 これが今回のジムにおける、わたしの切り札だった。

「オノンド、戦闘不能!」
 
 本当は、自分のタイプと同じタイプのわざを繰り出すとき、わざの威力は最も高くなるらしいのだが、美遥は元々攻撃力の高いポケモン。一撃で決めてしまい、弱点である防御面をカバーする作戦にした。攻撃は最大の防御。
 ジム線は3対3。先に2勝した方が勝ちとなる。あと1勝……。もし、勝てたなら、先に進むことができる。
 はやる気持ちを抑えながら、一瞬だけ観客席に視線を移すと、龍卉さんが手で追い払うような仕草をしていた。集中しろということだろう。その通りだ。

 審判の旗が上がると同時、間髪入れずにアイリスちゃんが2番手を繰り出してきた。
 ジムトレーナーも持っていた、クリムガンだ。
 アイリスちゃんの顔は、今まで見ていた朗らかな笑顔とは一転、真剣そのもので、緊迫した空気を感じさせるものだった。
 けれど、口元には笑みが浮かんでいる。

「リサおねーちゃん、すごいね!でもまだまだこれからだから!」
「わたしも、負けたくない……!」

 今までにないくらい、これ以上ないくらい、負けたくなかった。
 プラズマ団と戦ったときもトレジャーハンターと戦ったときも、もちろん負けたくない気持ちはあった。けれど、それは自分達の身に何か良くないことが起きてしまう、傷ついてしまうという危機感があったから。
 今、抱えている”負けたくない”はそれとは違う。
 ”負けたくない”というよりは、”勝ちたい”という言葉の方が、しっくりきた。
 たくさん勉強した。たくさん練習していた。今までにないくらい頑張った。頑張ってくれた。それを知っているから。

「勝ち、たい……」
『勝つぞお、リサ!』
「うん!」

 試合開始の合図と共に、再び美遥が駆け出した。

「クリムガン、間合いに突っ込んで!飛ぶ前に当てるよ、つじぎり!」

 やはり同じ手は通用しない。
 赤と青の体躯が、一直線に美遥を迎え撃とうと走り出す。
 鋭い爪が振りかぶられたとき、美遥はクリムガンの目の前にいた。助走は間に合わない。ドラゴンクローを繰り出そうにも、走っている美遥では、うまく足を使ったわざを繰り出せない。

「りゅうのいぶき!」
「切り裂いちゃえ!」

 ならば口から出るわざを。そう判断してみたが、クリムガンはりゅうのいぶきをわざの威力で相殺するかのように切り裂いて、その勢いのまま、美遥へと爪を振り抜いた。

『ぐッ……!』
「美遥!」
『まだ、大丈夫だぞお!』

 攻撃により後退した美遥。ダメージがどれほどだったのかは分からないが、戦えないほどではないはずだ。まだ”よわき”になっていないから。
 美遥にクリムガンの攻撃が当たったのを契機に、アイリスちゃんが攻撃態勢になった。クリムガンが突っ込んできて、勢いよく尾を振り回す。

「ドラゴンテール!」
「美遥、でんこうせっかでかわして、」

 わたしの指示は間に合わず、美遥の胴体にとげのついた尾が当たる。
 美遥は放物線を描いて弾き飛ばされ、自身のボールへと吸い込まれていった。

「九十九、お願い!」
『分かった』

 いつもよりも低めの声で、九十九が応える。
 ずしん、と青い巨躯が着地して、ぐい、とたくましい剣が持ち上がった。
 大きくうなり声を上げた九十九の口から、白い息が漏れる。バトルフィールドを照らすライトによって、きらきらと吐息が輝いていた。

「れいとうビーム!」

 凍てついた閃光が、クリムガンめがけて放たれる。
 クリムガンは、太い尻尾を地面に叩きつけてフィールド上の岩を砕いた。飛び散ったそれらが盾になり、れいとうビームのダメージを軽減させてしまった。
 クリムガンの眼前に飛び上がっていた岩が一瞬で凍り付く。
 九十九が放ったわざの精度、その成長に感動する間もなく、クリムガンが凍り付いた岩を粉々に砕いた。あの尻尾は厄介だ。当たれば、また交代せざるを得なくなるかもしれない。何度も交代を強いられていると、こちらのペースが崩れてしまう。逆に相手は、危機的状況をいつでもリセットできる。相手のペースに呑まれてしまわないように、気をつけなければ。

「九十九、もう一度れいとうビーム!」

 岩が砕かれてノーガードとなったクリムガンに対して、九十九は再びれいとうビームを放つ。しかし狙いが逸れ、軌道を修正している隙に、クリムガンが九十九に向かって突進してきた。

「つじぎり!」
「シェルブレード!」

 九十九の前足についた鎧、そこに仕込まれた剣が光る。
 クリムガンの鋭い爪と、九十九の堅い剣がぶつかり合い、2体の周りに衝撃波が発生した。
 土煙に口を押さえ、薄目で勝負の行く末を見つめる。両者は一歩も引かない。力が拮抗している。

「クリムガン、押し切っちゃえ!」
「九十九、頑張って!」

 ぎりぎりと押し合い、クリムガンと九十九の爪痕が、フィールドに食い込み、刻み込まれていく。

 

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