つぐないの言葉はいらない‐03 

 ソウリュウジムでまず目に飛び込んできたのは、大きなドラゴンの首だった。
 巨大な石像だとすぐに分かったが、そのあまりの迫力に、しばし呼吸を忘れてしまった。
 どうやら、このドラゴンの石像に乗って移動し、ジムトレーナーと戦いながら奥に進んでいくギミックのようだ。
 イッシュ地方最大にして最高の試練と言われているここは、ジムトレーナーの数も多かった。

「龍卉さん、よろしくお願いします!」
『まっかせてー』

 菱形の翅を広げて地面へと降り立った龍卉さん。尻尾で地面を打ち鳴らすと、ジムトレーナーのオノンドが飛びかかってきた。赤く、燃えるような光を身にまとい、猛烈な勢いで突進してくる。ドラゴンタイプのわざの中でも高威力な、げきりんだ。
 龍卉さんと立てた作戦は、ただひとつ。「りゅうのいぶき」と「攻撃をかわして」しか言わないこと。たったこれだけ。まあボク、痛いのイヤだし勝手にかわすけどね、と言われてしまったから、もうわたしが出す指示は実質ひとつしかない。

「りゅうのいぶき!」

 ごう、と不思議な色をした炎がゆらめいて、真正面から突っ込んできたオノンドと衝突する。直前までの勢いはどこへやら、途端にオノンドはその寒い色をした炎に吹き飛ばされ、地面に倒れ伏してしまった。
 何度見ても強い。旅に出たばかりの頃の琳太だって、周りに比べれば大分強くて、一撃で相手を倒したりはしていたけれど、ここまでの実力差はなかった。

 1人、2人。あれよあれよという間に、龍卉さんはジムトレーナーを片付けていく。まさにちぎっては投げ、ちぎっては投げ、といったところだ。
 曲がりくねったドラゴンの首の上を小走りに進み、スイッチを操作する。ごごご、と重たい音がして、ドラゴンの首の向きが変わった。動きが止まるときの反動は、思ったよりも少ない。下を見てみると、振り落とされてしまえば大けが必須の高さだったので、あまり見ないようにした。小走りに進むこともやめた。急がば回らせてもらう。
 
 最後のジムトレーナーと対面する。
 これで最後、いや、これからが本番だ。そう思って勢いよく放ったボールから、翅をふるわせた龍卉さんが飛び出す。

「やっちゃって、モノズ!」
「えっ」

 ジムトレーナーが繰り出してきたのは、琳太と同じ、モノズだった。
 呼吸が止まる。ばく、ばく、と口から飛び出してきそうなくらいに、激しく心臓が拍動する。血液の巡りが加速している気がするのに、指先が冷え切っていて、めまいがする。

 ばしん!

 鋼鉄色の尾が、激しくフィールドを打ち鳴らした。
 アイアンテールで地面をえぐった龍卉さんが、背中越しに首をもたげてわたしを見ている。
 あのモノズは琳太じゃない。分かっている。見れば分かる。うまく言葉には出来ないけれど、全然違う。全然似てない。同じ種族なのだから、どの個体も同じに見えると思っていたけれど、はっきりとした違和感を覚えたことに、少し驚いた。こうも違うものか。

 試合開始の合図と共に、相手のモノズが動き出す。
 わたしがうなずいたのを確認して、龍卉さんは前を向いた。

「りゅうのいぶき!」

 そこから先は、さっきから何度も見てきた光景だった。
 モノズが倒れ、オノンドが倒れる。そうして最後に出てきたのは、クリムガンだ。
 ふたたびりゅうのいぶき、と叫ぼうとしたところで、不意に龍卉さんがこちらに顔を向けた。もしかして、PPが不足してしまったのだろうか。ええと、他にどんなわざが使えたっけ。でも、りゅうのいぶきしか言わないという作戦を立てたから、言うことを聞いてくれるか分からない。
 そうこうしているうちに、龍卉さんめがけてクリムガンの尾が飛んできた。

「いけ、ドラゴンテール!」
『はーいじゃーあとはよろしくー』

 わざと受けたな!
 綺麗に放物線を描いてわたしのもとへと返ってくる龍卉さんが、そのままボールへと吸い込まれていった。退場する直前、小さな手で九十九のボールをつついてから。

『えっ僕!?』

 入れ替わりに飛び出した九十九は、当然困惑していた。
 最後ぐらいは肩慣らししておきなよ、と言ってボールの中で丸くなっている龍卉さんは、すでにお休みモードへと移行している。
 ……仕方ない。ここで再び龍卉さんを出したとしても、もう戦ってくれないだろう。

「九十九、いくよ」
『うん!』
「れいとうビーム!」
「クリムガン、かわしてドラゴンクロー!」
「追尾して!」

 狙いを定める練習をしたものの、百発百中とまではいかなかった。ならば、わざを出す時間を長くして、一度発射したビームで敵を追い掛ければいい。
 一度はかわしたかに見えたクリムガンだったが、軌道の変わったれいとうビームがその腕を掠める。勢いよく振りかぶっていた腕は、途端に後方へとはじかれて凍り付いた。

「アクアジェット!」

 相手がひるんだ隙に間合いを詰める。
 クリムガンは接近戦が得意そうなようだから、近づくのはためらわれたが、それよりも速攻で決めてしまうことを優先した。
 九十九が、大きな兜から伸びた剣を振りかぶる。

「シェルブレード!」
「っクリムガン!」

 右上から左下へ、袈裟切りのように振り抜かれた剣は、クリムガンを吹き飛ばした。
 すぐさま、九十九は後ろに下がって距離を取る。これも、龍卉さんに教えてもらってつけた”癖”だ。相手がこれで戦闘不能になるならよいが、もしそうでなかった場合、わざを放った直後は隙が出来てしまうので、反撃に備えて間合いを取る癖をつけたのだ。
 どさ、とクリムガンの倒れる音で、九十九の身体から緊張感が抜けていく。審判の戦闘不能判定を聞きながら、九十九をボールに戻した。

 お疲れさま、という気持ちを込めて、龍卉さんと九十九のボールをつつくと、2つとも微かに振動した。
 ジムトレーナーの横を通り抜けて、スイッチを押す。目の前のドラゴンの首がゆっくりと持ち上がり、上に繋がる道となった。
 ……いよいよだ。
 踏みしめるようにして、ゆっくりと坂を上る。
 練習の成果が、ちゃんと出るといいな。わたしも、みんなも。
 あと数歩というところで、腰に振動を感じた。ボールが震え、龍卉さんが出てきた。

「ボク、観客席で見てるから」
「うん。……本当に、ありがとうございました」
「そーゆーのは勝ってからにしてもらえる?まあ勝たないと許さないんだけど」
「そんなあ……」

 本気なんだか、そうでないんだか。
 それでも茶化したような表情をしているから、これでも励ましてくれているのだろう。
 ゆっくり坂道を歩いていると、やがて小さな頭が見えてきた。首、肩、順々に見えてきたのは、アイリスちゃんの小さな身体。まっすぐに正面を向き、わたしのことを待っている。
 平らになった道の果てに広がるバトルフィールド。踏みしめて、前を向く。
 にっこりと、ジムリーダーのアイリスちゃんが笑った。
 じゃあ、と手を振って、龍卉さんは横にあった観客席のベンチに腰掛ける。名前も忘れてしまったけれど、どこかここから遠い地方では、スポーツ観戦のようにジムバトルが放送され、多くの観客に見守られながら、熱狂的な試合をするのだという。
 イッシュがそういう地方じゃなくてよかった、と心底思う。自分の性格からして、そんなに注目されては、実力の半分も出ないに違いない。
 
「また会ったね、リサおねーちゃん!待ちくたびれちゃったから、もうはじめちゃうね!」

 ゴングが鳴る。
 わたしは、手のひらの中で大きくなっていくボールを握りしめてから、放物線をイメージした。
 放り投げたそれは、くるくると回転しながら綺麗な放物線を描き、やがて地面すれすれで光を放ちながらはじけた。 

 

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