がらんどうのキスをした‐13
「頼んだ、ココロモリ!」
相手は空中戦に持ち込もうというつもりらしい。紡希も空を飛べるとはいえ、ひこうタイプの技は苦手な方だ。気をつけておかないと。
「みらいよち!」
「ねっぷう!」
無防備なココロモリに、陽炎揺らめく熱い風が叩き込まれる。ぐらついたココロモリは上昇し、紡希と距離をとった。ほのおのうずで包囲しようと思っていたが、この距離では当たらないだろう。
さきほどのわざが何だったのか分からない以上、下手に近づかない方がいいのかもしれない。
「ココロモリ、サイコキネシス!」
そう思っていた矢先、空中でぴたりと紡希の羽ばたきが止まる。翅は動いていないのに、空中を浮遊している様は、アクリル板に磔になっている標本のようでぞっとした。
「紡希!」
『ぜんっぜん動けないわ……!』
ちかり。
紡希の頭上で何かが光った。太陽でも雷でもない。それはもっと近いところにあって、いくつもいくつも、紡希に向かって一直線に落ちてくる。
みらいよち。未来を予知すること。技を使った直後ではなく、時間差で攻撃が飛んでくるということなのだろう。
流星群のようなそれが紡希に降り注ぐ瞬間のわたしの叫びは、果たして届いていただろうか。
紡希に直撃しなかったみらいよちが、地面を穿ち、土煙を巻き起こす。
それが収まって、視界がクリアになっていくのを見るのが、少し怖かった。今すぐにでも、紡希のもとに駆け出していきたかった。
「つむぎ、紡希……?」
震える声で名前を呼ぶと、下の方から返事が聞こえてきた。
土煙にまみれてよれよれの翅を動かしている。無事、とまではいかないが、彼の頭上にはきらきらとアクリル板のようなものが浮かんでいた。
紡希はあれに守られていたんだ。ちゃんと、声は届いていた。
『はねやすめさせてもらったから体力はいいとして、戦う力はあんまり残ってないわね……』
無理をしないで、というわたしの気持ちを尊重してくれたことが嬉しい。本当はもっと、戦いたかったろうに。
再び舞い上がって土埃を払っている紡希に対して、これ以上は、とボールを向けたが、彼はものすごい勢いで上昇し始めた。
あれ。さっき、もうボールに引っ込む流れだったよね?
『当たって砕けるくらいはさせなさいよね!!』
「一番それをやめて欲しいな!」
ココロモリのサイコキネシスは厄介だ。こちらの動きを完全に封じられてしまう。
案の定、飛び上がった紡希は再びココロモリのサイコキネシスによって捕らえられてしまう。
『んも〜うっとうしいわね!』
「紡希、あばれる!」
『まっかせなさいな!』
あんまり任せたくない技だったけれど仕方ない。当たればもうけものだし、当たらなくても混乱すればすぐにボールへと戻すつもりだ。
半ばやけくそになっためちゃくちゃな紡希の動きに、ココロモリは困惑しているようだった。徐々に拘束している力が緩んでいるのが、目に見えて分かる。
縦横無尽に空中を飛び回る紡希は、予測不能な動きで、けれど確実にココロモリに迫った。大きな翅が、ばしばしとココロモリを叩いている。
一撃、重たい音が響いて、垂直に影が落下した。立ち上る煙が晴れるとそこには、目を回して地に伏しているココロモリがいた。
「ココロモリ、戦闘不能」
ココロモリが引っ込んでいくのと同時に、わたしも紡希をボールに戻す。ふらふらと飛び回り続けるから何回もボールを向けなければならなかったけれど、なんとか戻すことが出来た。
『なぁ〜によぉ〜……まだアタシでき』
酔っ払いみたいなことを言っているが、聞かなかったことにしようと思う。……というか、混乱状態ってこんなんだったっけ。
次のポケモンを出すようにという審判の合図で、同時にボールが放り投げられる。
もう一度、アバゴーラと九十九が相見えることとなった。
今度こそころがるに対処出来るように、いや、あの技が出る前に決めてしまおう。
「アクアジェット!」
「こちらもアクアジェットだ!」
水をまとった体躯が、鈍い音を立ててぶつかり合う。頑丈な九十九の兜と、アバゴーラの固そうな頭がぎりぎりと押し合い、どちらも譲ろうとしない。
「九十九、みずのはどう!」
九十九とアバゴーラの間に、波紋がゆらめく水の膜が出現し、その後は飛び散った水しぶきで視界が真っ白になり、よく見えなくなった。
水しぶきはとても冷たくて、しかも縦横無尽に降り注ぐものだから、ずぶ濡れになってしまった。コートを着ているから身体にまで染みこむことはないが、頬に貼り付く髪の毛は邪魔くさい。
技を撃った反動で、九十九が爪痕を残しながら後ろへと下がる。水が混ざりぬかるんだ泥となった地面は柔らかくなり、鋭い軌跡を残したままになっていた。
九十九が、すぐにまた踏み出せるようにと四肢に力を込めて踏ん張っているのが分かる。
「ころがる!」
「アクアジェットで近づいて、シェルブレード!」
難しい作戦を立てることは出来ない。でも、相手に技を使う隙さえ与えなければ。九十九の体力がどこまで持ってくれるかは分からないけれど、今はこれしかない。
『はあッ!』
巨体が想像もつかないくらいの速度で泥を蹴って飛び出し、弾丸のように一直線。青白い光が下から上に一閃して、金属と金属がぶつかり合うような、岩が砕けるような、色んな衝撃音がない交ぜになった音が響いた。袈裟切りの逆再生を見ているようだった。
回転とは逆向きのベクトルで放たれた剣戟の斬撃は、見事に相手の回転を止めてみせた。
回転力を失ってしまったアバゴーラが宙に浮く。
「もう一撃!」
無防備な腹部ががら空きだ。九十九のもう片方、空いていた手に光が収束する。
真一文字の斬撃が、きれいにアバゴーラの腹を打つ。
「しおみず!」
「あっ、つづ……っ」
吹き飛んだと思っていたアバゴーラだったが、体重の重さによるものか、防御力の高さによるものか、何にせよ思ったほどのダメージが入っていないように見えた。
渦巻く大量の水が、そのまま九十九の真上からたたき落とされた。
「九十九!」
ずしん、と足の裏から伝わってくる重たい振動は、アバゴーラが落下したものだ。
泥と混ざり合い、濁流となった水が引いていくと、泥だらけになった九十九とアバゴーラが地に伏していた。
ばしゃばしゃと泥はねを気に留めることなく、龍卉さんが2体のもとへと駆け寄った。そして、両方の旗を揚げる。
「両者、戦闘不能。引き分けだね」
泥だらけの九十九に駆け寄ると、幸い意識はまだあった。
『ごめん、油断しちゃった』
「ううん、わたしが油断したの」
ゆっくりと夕日色の瞳がまぶたに覆われていくさまを見守り、ボールに収めた。
互いに残された使用ポケモンは1体。わたしには、本当は紡希がいるけれど、あまり無理はさせたくないから、今日はもう店仕舞いしてもらおうと思っている。
「シビビール!」
「はなちゃん、お願い!」
見たことのないポケモンだ。本当に、この世界には無尽蔵とも思えるくらいにたくさんの種類のポケモンがいる。一度見たら忘れないくらいに特徴のある子達ばかりだけれど。
うなぎみたいな、どじょうみたいな、でも牙がある。空中を泳ぐように漂っているところを見ると、地面に潜るようなタイプではないようだ。はなちゃんが苦手とする地面タイプではないとみていい。
ドラゴンタイプもそうだけれど、でんきタイプも同じくらい弱点が少ない。弱点さえカバーできれば、なんとか攻めきれる……はず。
さっきみたいに、油断さえしなければ。
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