がらんどうのキスをした‐12 

 しばらくみんなの練習を眺めているうちに、他のトレーナー達がどんな練習をしているのかも気になってきた。参考に出来るところがあるのなら、と思いつつ、隣のバトルフィールドも観察することにした。
 初めて見るポケモンが、一生懸命こおりわざの練習をしている。氷の結晶のような姿をしていて、いかにもこおりタイプといった見た目だ。

「君もソウリュウジムに挑戦するのかい?」
「はい。あの、すみません、じろじろ見てしまって……」

 わたしの視線に気付いたトレーナーさんが、声を掛けてきた。気にしないでといって笑う彼は、昨日ソウリュウジムに挑戦して、負けてしまったのだという。

「ポケモントレーナーとしての強さに年齢は関係ないっていうけれど、やっぱ彼女に負けたのはこたえたなあ……」

 そう言って苦笑いをしている彼のもとに、ふよふよと氷の結晶のようなポケモンがやってきた。よく見ると、模様の隙間に目らしきものが光っている。目が合っているような気がしてぺこりと頭を下げると、じゃらじゃらと氷で出来た鎖のようなものを鳴らしてくれた。あいさつしてくれたのかな。

「こいつはフリージオ。ソウリュウジム再挑戦のための切り札さ」
「この子と、特訓を?」
「ああ。……そうだ!もしよかったら練習相手になってくれないか?」

 そう言ってきた彼の言葉に頷いた瞬間、後ろから龍卉さんの怒った声が聞こえてきた。

『こらー!サボるんじゃなーい!』

 振り向くと、練習の手を止めた九十九達が、全員わたしの方を見ていた。しかし、龍卉の声とわたしの視線に気付いた彼らは、いそいそとまた練習を再開しようとしている。

「ははは、君のポケモン達は心配性だね」
「へ?」

 変な人に絡まれているのかと心配してくれていたのだろうか。何はともあれ悪い人ではなさそうだし、練習試合の申し出はこちらとしてもありがたかったので、龍卉さんがいいと言ってくれるならぜひそうしたい。
 空中をひらひらと舞っていた龍卉さんに大きく手を振ると、すぐに降下してきてくれた。かすかに歌声のようなものが聞こえた気がしたけれど、彼が着地して人の姿になった途端、それはかき消えてしまった。鼻歌を歌っているような感じでもなかったし、何だったのだろう。

「じゃ、ボクが審判しようかな」

 事情を聞いた龍卉さんはそう言って、バトルフィールドの真ん中に立つ。
 使用ポケモンは3体。ソウリュウジムを想定してのことだ。美遥は今回お休み。龍卉さんとの模擬戦でヘトヘトらしく、今はボールの中でぐっすりと仮眠をとっている。

「おい、俺と九十九と……あと1人は誰が出るんだよ」
「えっ?あ……」
「ハイハイハイ、アタシが出まーす」
「だ、ダメだよ紡希!」

 紡希を戦わせるわけにはいかない。無理しなければいいとはいわれているけれど、バトルに無理はつきものだ。何かあってからでは遅い。

「何よー!アタシだって一生懸命たくさん技覚えたんだからね!ケチ!」
「ええ……」

 なんでこんなに言われなきゃいけないんだ。
 誰か助けて、と思ったけれど、みんな生暖かい目で紡希とわたしを見ている。そりゃ紡希の気持ちも分かるけど、やっぱり心配なのだ。それはみんなも同じで、だからこそ何も言えないでいるのだろう。

「……ジム戦はダメだからね」
「やったー!リサ大好き!」

 むぎゅむぎゅと抱きつかれると、悪い気はしない、かな。
 位置についてーと龍卉が手を叩く。全員をボールに戻して、バトルフィールドの端と端、対戦相手と目が合った。

「よし、まずはこいつだ、アバゴーラ!」
「九十九、よろしく!」

 どすん、と亀の姿をしたポケモンが姿を現した。黒い岩のような鎧を身にまとっていて、一目で防御に特化していそうだとわかるような見た目をしている。

 龍卉の合図でアバゴーラと九十九が同時に動き出す。

「九十九、ふるいたてる!」
「ころがる!」

 いつも相手の出方をうかがうためには遠距離攻撃を使用していたけれど、次の一手の威力を上げるために積み技を使うのも手だと、龍卉さんが教えてくれた。
 これなら相手との距離を保ったままで、攻撃を跳ね返される心配もない。
 ただ予想外だったのは、あまり素早くなさそうだと思っていた相手のポケモンが、猛烈な勢いで九十九に迫ってきたことだ。

『ぐ……っ!』
 
 真正面から技を受けた九十九はふらつくも、しっかりと四肢で踏ん張っている。
 彼の身体から、蜃気楼のようにもやが立ち上る。これで攻撃力が上がったはず。

「九十九、れいとうビーム!」

 凍らせて、一時的にでも勢いを止めることが出来ればと思ったが、そう簡単にはいかないようだ。ピンポイントで動かないものを狙う練習をしていた九十九にとって、的と同じ大きさの、しかも素早く動いているものを狙い撃ちするのは厳しいようだった。
 アバゴーラはぐるりとフィールドを1周して、再度九十九へと攻撃を仕掛けるべく向かってきている。
 机上の問題なら考える時間があるけれど、そうもいっていられない。今、ここで考えなければ。

「九十九、みずでっぽう!」

 真正面から転がってくるそれの威力を殺せば、とりあえずはしのげる。ここは耐えてもらうしかない。ぎりぎりまで引きつけて……。

「アクアテール!」
「アバゴーラ、押し通せ!」

 水のベールをまとった九十九の尾が、アバゴーラと衝突する。
 しばらく拮抗していた2体だが、ギュルル、とアバゴーラの回転率が上がり、そのまま九十九の身体を吹き飛ばした。
 ぎりぎり、黒い爪を目一杯伸ばしてバトルフィールドのアウトラインの内側に踏みとどまった。

「九十九!」
「たたみかけろ!」

 対戦相手の声に焦ってアバゴーラの方を見たが、ぐるぐるとフィールドの外周を巡っている。まだ大丈夫だ。
 あのころがるという技は威力が増すとともに細かな方向転換が難しくなっているらしい。現に、一度九十九へとぶつかった後の軌道修正に時間がかかるようになってきている。
 軌道……?九十九が避けなくても、これを逸らしてしまえば攻撃は当たらないのでは……!
 
「地面にれいとうビーム!軌道を逸らして!」

 わたしの思い描いていることは、伝わっただろうか。不安に思ったが、土煙を上げて猛然と転がってくるアバゴーラがいて、もう信じるしかなかった。
 はじめから一点を狙うことは難しいけれど、一度発射した冷凍ビームを思い通りに操作することは出来るはず。軌道を修正してやればいいのだ。

 凍てついた閃光が、フィールドに緩やかなカーブを描いた。それはアバゴーラを囲い込む軌跡で氷の道を作り上げていく。
 それでもアバゴーラの勢いが少し落ちるだけ。威力が上がってしまった今となっては打開策とまでは言えない。

「九十九、戻って!……紡希!」
『はいはあ〜い!いくわよ!って何!?』
 
地面をえぐりながら転がってくるアバゴーラを見て、紡希が悲鳴を上げる。ボールの中からある程度状況を把握していたとはいえ、さすがにここまでの勢いだとは思っていなかったようだ。ごめん、いきなりでびっくりさせてしまって。
 でも他にいい方法が思いつかなかった。

「ふきとばし!」

 紡希に直撃する寸前ではあったものの、さっきまでの勢いはどこへやら、あっという間にアバゴーラは風船のように宙へと浮かび、放物線を描いてトレーナーのもとへと飛んでいく。

『ああいう直線的なのは、別方向からの力に弱いのよ』
「へえ……」

 真正面から受け止めるだけが正しいとは限らない。紡希はきっと、持ち上げるようにして下から上へと流れていく風の動きを作り出したのだろう。
 見えない空気の流れを操るのは、空を飛ぶポケモン達にとっては朝飯前。ここで紡希にお願いしたのは正解だったのかも。

 

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