がらんどうのキスをした‐10 

 いかに自分が今まで適当に戦っていたのかを思い知らされた。
 久々に座って資料と格闘して、ということをしたから目と肩の疲れがひどい。頭ががんがんする。
 筆記テストならゆっくり思い出して書くだけだから、普通のテストの方がまだましだ。ポケモンバトルは待ってくれない。

 ドラゴンタイプは弱点が少ないし、覚える技の種類も多い。育てるのにもたくさんの経験が必要で、時間がかかる。だから、敵として戦うときも、味方として指示を出すときも、扱いが難しい。
 とりあえず、今回はジムで勝つためだけに絞って考えることにする。
 
 龍卉さんはいくつかの技の組み合わせを教えてくれたので、それをパターン化して頭に入れていく。
 あまごいを使うと、かみなりが必ず当たるようになること、にほんばれを使うと、炎タイプの技の威力が上がるようになること。この2つは、九十九や紡希がサポートになって場を整え、はなちゃんに交代するという考え方。ポケモンを入れ替えるのは、戦闘不能になったときや、不利なタイプのポケモンが出てきたときくらいだと思っていた。でも、相手に攻撃をした直後、自動的に手持ちのポケモンと交代する技や、相手を強制的に交代させる技もあって、交代も立派な戦略なのだと龍卉さんは教えてくれた。
 紡希はあまり戦わせたくないと思っているので、もし戦わなくてはならない状況になったとしても、サポート型に徹してもらうのはいいかもしれない。

 もともとサポートとして使われる技だけではなく、攻撃技も使うようによっては補助技になり得るのだという。
 がんせきふうじで閉じ込められたら、いわくだきで脱出する。あるいは、あなをほるで脱出し、相手の裏をかいてそのまま地面から攻撃を仕掛ける。墜落するときのダメージを、口から吐き出す炎で勢いを殺して和らげたり、相手の鋭い爪をアイアンテールで受け止めたり。攻撃は最大の防御、とはよく言ったもので、うまくいけば、そのまま反撃できるのが利点だ。

 ポケモンの特性を活かすのも、大切な作戦だ。
 今まで、美遥の特性はデメリットだと思っていた。だから、早めに勝負を決めなければならないし、よわきが発動してしまったら交代してしまった方がいいと思っていた。

「がむしゃらっていう技があってね」

 自分の残り体力が少ないほど相手に大きなダメージを与えることができる技。これを使えば、美遥が追い詰められているとしても、相手も同じ土俵に引きずり込むことができる。

 おもむろに、鞄の中を見せてと言われたので鞄をそのまま差し出すと、怒られてしまった。なんで。

「道具を見せてって言ってんの!ふ、服とか入ってるまま渡すんじゃないよ!」
「あ、ごめん」

 なるほど確かに何も考えていなかった。
 ポケモンに持たせる道具のことかな、と思って鞄の中をひっくり返す。安らぎの鈴はわたしがストラップとして使っているようなものだし、バトルには関係なさそうなので除外する。戦ってるときに癒やしを求めても意味ないしね。
 他の道具は、たまに道ばたで戦ったトレーナーからもらったり、立ち寄った町の人がくれたりしたものばかりで、使ったことは一度もない。なんとなく、捨てるのも売るのも気が引けて持っているだけのものだ。
 この世界の人達は、旅をしているトレーナーにつくづく優しい、と思う。道具が余っているからと分けてくれたり、気をつけて行ってらっしゃい、と見ず知らずの人が木の実のお裾分けをしてくれたりすることもある。
 木の実も見せてほしいと言われたので、たまたま拾ったいくつかの木の実をテーブルに出した。傷む前に食べるようには気をつけているが、特に集めているわけでもないので、種類も数もまちまちだ。

「うーん、まあこんなもんか……」

 ダイケンキにはこれ、ゼブライカにはこれ、とそれぞれに持たせるものを龍卉さんが選んでいく。つまり、この道具の効果も覚えなければならないということか。

「覚えること、いっぱいあるんだね……」
「使ってればそのうち自然と覚えていくって」

 今は龍卉さんが選んでくれているけれど、これからは必要に応じて自分で選んでいかなくてはならない。うーん、覚えた端から忘れていきそうな予感しかしない。トレーナーズスクールとか、通っておけばよかったなあ。
 
「あ、この技ってどう使うの?」

 龍卉さんがみんなに渡した技マシンの一覧を見ていたら、みんな覚えるように指示された技があった。
 ああそれね、と口の端をつり上げた龍卉さん。これはよくない笑顔だ。

「現時点で一番ノーリスクかつ最大威力の、まあ、必殺技って感じかな?」

 名前からしてとても威力が高そうには思えない。そもそも攻撃する技に見えないんだけど。覚える技は後で説明するからと言われて、戦略の方に話が戻る。
 軍略会議、という言葉が頭をよぎった。昔の偉人達はこうやって机を挟んで、あれやこれやと他国を攻める戦略を立てていたりしたのだろうか。

「ステータス見せてもらった感じ、耐久型よりは攻撃型って感じのパーティだから、持久戦はあんまり向かないね。積み技とかフィールドの補助技系は最低限にして、さっさと攻め落とした方がいい感じ」
「積み技?」
「一時的に攻撃とか防御とか、能力値を上げる技の総称みたいな」

 かげぶんしんとかりゅうのまいがそれに当たる。ニトロチャージは攻撃技だけれど、使う度に素早さが上昇していくのでそれに含まれるのだとか。

「だから、さっきニトロチャージで素早さを上げてボクに対抗しようとしたのは割といい線行ってるんじゃない?」

 唐突に褒められてお茶を吹きそうになった。失礼だな、と龍卉さんが顔を歪める。ごめんなさい、びっくりしただけなんです。

 げっそりした顔のみんなが、お昼ご飯を食べようと部屋まで誘いに来てくれたので、とりあえず午前中の講座はここまで、というお達しがあった。もうお昼になっていたんだ。全然気がつかなかった。

「技マシン覚えるのって難しいの?」

 あいにく自分には一生分からない感覚なのだが、少なくとも、秘伝マシンを覚えるのにさほど苦労している印象はなかったから、みんなが思った以上に疲れていることに驚いてしまった。

「いや、ひとつふたつならいいんだけどさ……」
「すげえ数あるわけ。ものすごい勢いでメモリが圧迫されてる感じだな」

 はなちゃんが例えを言ってくれたがそれも分からない。わたしUSBじゃないしなあ。
 龍卉さんが九十九達に渡した技マシンを少し見せてもらったが、九十九の分にダイケンキとアーケオスの名前が書いてあったり、紡希の分にウルガモスとゼブライカの名前が書かれていたりする。つまり、はじめに渡された技マシンの数以上に覚えなければならない技があるということだ。

「おいら寝てる間も技マシン使ってる夢見そう……」
「悪夢じゃねえか」
「これでも数絞ったんだからね」

 オムライスを口いっぱいに頬張って、龍卉さんが一言。
 今までわたしが技マシンのことを知らずに放置していたツケが回ってきているのだと思えば申し訳ない気持ちもあるけれど、こればっかりはわたしが手伝えることではない。

「得意技としてうまく扱えるのは4つぐらいが限度だけど、だからといって他の技が全然使えないんじゃお話にならないし」

 そうよねえ、と目の下にクマを作った紡希が力なく呟く。わかめスープをすすっているその姿がどう見ても病み上がりのそれだ。あまり無理して欲しくないが、激しい運動をしているわけではないから大丈夫、という返事だった。

「そういえば龍卉さん、どうやってここまで来たの?」
「ん?ボックス経由でちょちょっとね」

 泰奈の働いている研究所の本部が、普段龍卉さんのいるシンオウ地方にあって、そのほかの地方にもちらほらと支部があるのだという。今回はその研究所から、イッシュにある研究所の支部のボックスに、モンスターボールごと転送してもらったのだとか。

「急なお願いだったけど、マスターさんいいよって言ってくれたんだ……」
「まーアンタがギラティナに目つけられてる時点で他人事じゃないし、気に留めておけって言われてはいたんだよね」

 それに今この地方、ちょっと不穏でしょ?と言われて頷いた。プラズマ団のことを指しているのだろう。人のポケモンを奪うことを主な活動としている団体が活発に動き回っているのだから、不穏という言葉はぴったりだ。

「マスターもこの地方の異変には気がついてるけど、ちょっとイッシュは遠いからさー。ま、事情は分かってるからさ、できる限りの支援はするって言ってたよ」

 マスターの寛大な心に感謝しなよ、と胸を張る龍卉さんの顔は本当に誇らしげだ。
 顔も知らないわたしのことを応援してくれるトレーナーさんには、感謝しかない。もちろん泰奈にも、龍卉さんにも。

 お昼食べたらすぐ再開ね、という龍卉さんの言葉に、杏仁豆腐を食べていたはなちゃんが呻き声を漏らした。

 

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