がらんどうのキスをした‐06
着いたよ、といって案内された建物の横には、「ソウリュウジム」という看板があった。
シャガさんはジムリーダーだったのか。もしかしたらジムトレーナーかもしれないけれど。
歩きながらアイリスちゃんが話してくれたことには、なんでも、ソウリュウシティの歴史は、世界一古いとされているそうだ。昔の技術を今でも役立てているような街で、毎年この街からは多くの考古学者が輩出されているのだという。
歴史がありそうだな、と思っていたのは確かだけれど、わたしの思う以上に、この街は古くから存在しているらしかった。
「シャガさんは、アイリスちゃんのおじいさんなの?」
「うーうん、違うよ!」
アイリスちゃんはソウリュウシティの出身ではないのだという。シャガさんの家でドラゴンポケモンを扱うトレーナーとして勉強に励んでいるのだとか。
「ドラゴンポケモンはね、成長が遅いの。でもね、だからこそ育て甲斐があるってあたしは思ってるの!」
こんなに前向きな言葉をもらえるアイリスちゃんのポケモン達は、さぞかしやる気に満ちあふれていることだろう。わたしがこれくらい前向きで、しっかりしていたら、……琳太も、安心して、わたしのそばにいてくれただろうか。
トレーナーになる、”おや”になる、といっても、わたしにはあまりその自覚がなかった。半分は彼らと同じポケモンだし、育てるという言葉が上から目線のような感じで、なんとなく敬遠していたのだ。この世界での経験も浅い、トレーナーにもなりたてで、育てようだなんておこがましい、と。
けれどもし、彼らがそう望んでいたとしたら?この人に育てて欲しい、この人に着いていきたい、そう願っていたとしたら?
腕のいいトレーナーはたくさんいる。それこそジムリーダーなんて最たるものだ。でも、野生のポケモン達が我先にとジムリーダーに自ら捕まりに行くなんて話、聞いたことがない。
彼らは自分たちが満足できる環境を求め、そこに身を置いて生きている。種族によって生息地は限られているけれど、彼らはそこで生きていきたいと望んでいるのだ。
トレーナーはポケモンを選ぶ。けれどそれと同時に、そこで、わたし達はポケモンに選ばれている。
育てる、というのはトレーナーが一方的にものを教えることじゃない。前にいた世界でいうところの育てる、と少し、感覚が違う。
多分、トレーナーと一緒にいなきゃこの人と一緒に旅をしなきゃ、一生できないような経験をさせてあげることの方が、この世界での”育てる”に近しい。トレーナー同士の交換で進化するポケモンがいたり、人間の作った道具で進化するポケモンがいたりするのはきっと、そうやって人と関わる子著で、野生の頃には決して経験することができなかったものを得られるからだ。
モンスターボールなんかなくても、琳太はわたしを選んで着いてきてくれた。モンスターボールがあっても、琳太は自ら姿を消した。
それはポケモンのあるべき姿で、人とポケモンが平等であることの表れなのかもしれない。
でも、わたしは納得していない。琳太はきっと、わたしのことを憎んで消えてしまったのではないと信じている。いなくなってしまったときは、どうして、とばかり思っていたけれど、琳太にも事情があったんだ。
だからといって、理由も言わずに、さよならもせずにいなくなるのはいただけないけれど。
琳太がいなくなったことには、理由がある。わたしの落ち度がある。だから、わたしはもう一度、琳太に選んで欲しい。わたしと一緒にいることを。わたしはいつだって、ずっと、琳太を選び続けたいと、そう願っているから。
そのためにもまずは、目先の問題を解決しないと。
2階立ての大きな建物の前で一度立ち止まって、ぎゅっとこぶしに力を込める。
建物の中に入ると、いきなりジムがあるわけではなく、白を基調とした石造りの内装をした空間になっていた。もうそこにはシャガさんがいて、上へと続く階段の前で、わたし達のことを待ってくれていた。腕にはいくつかの本や資料らしき紙の束をか開けていた。そのどれもが、端の茶色い変色からして、古い書物なのだと分かる。
「お邪魔します……」
「ああ、そこに座ってくれ」
壁際の、座るのにちょうどよい高さの石に腰を下ろす。備え付けのベンチのようになっているそれに、シャガさんとアイリスちゃんも腰を下ろした。
そして、シャガさんが口を開く。
それは、イッシュ地方に伝わる昔話だった。
レシラム、ゼクロムは、もともと1匹のポケモンだった。
その1匹のドラゴンポケモンは、双子の英雄と共に、新しい国を作り、人とポケモンは、幸せな日々を過ごしていた。だがある日、真実を求める双子の兄と、理想を求める弟は、どちらが正しいか決めるべく、争いを始めた。
双子と共に歩んできた1匹のドラゴンポケモンは、その身体を2つに分かち、それぞれの味方をした。真実を求め、新たなる善の世界に導く白きドラゴン、レシラム。そしてもう1匹、理想を求め、新たなる希望の世界に導く黒きドラゴン、ゼクロム。
2匹は元々同一の存在であったため、争いは激しくなるばかり。どちらが勝つとも言えず、ただただ疲れ果てていった。
双子の英雄も、この争いはどちらかだけが正しいのではないと言って、争いを収めた。
しかし、英雄の息子達が再び争いを始めてしまい、レシラムとゼクロムは、炎と稲妻でイッシュ地方を一瞬で滅ぼし、姿を消した。
双子、という言葉に少しどきっとした。親近感、のようなものに近い感情。
彼らは2人で、いや、2人と1匹で国を治めていたのだろう。しかし、意見が食い違い、亀裂が走り、派閥ができ、そして国中を巻き込んで争いにまで発展した。
そして、一度収まったかに思えた戦火が再び広がったことをどう思ったのか、レシラムとゼクロムは全てを灰燼に帰したのだ。そこから再興されて、今のイッシュがある、ということだろうか。
イッシュを滅ぼしたとき、レシラムとゼクロムは何を思ったのだろう。自分たちが守ってきた国を、自らの手で滅ぼすほどの感情は、きっと凄烈なものだったに違いない。
争いをやめようとしない人の愚かさに対しての、憂いか、怒りか、悲しみか。
レシラムは何を思い、火を吐いたのか。Nはそれを、知っているのだろうか。
このソウリュウシティができるよりも前、イッシュという国ができるよりも遙か太古のからそびえ立っていたのが、リュウラセンの塔。アララギ博士たちによれば、ダークストーンというのはリュウラセンの塔と同じくらいの年代にできたものだということだったから、英雄達と出会う前から、つまり、国ができる前から、レシラムとゼクロムが分かれる前のポケモンは、この地にいたのだろう。
「それでね、英雄同士が争っているときの時代に描かれたって言う壁画がね、これなの」
アイリスちゃんが書物の中の写真を指さす。
神々しい青い雷のようなものを纏う黒龍に、煌めく赤い炎を纏う白龍。
今にも互いのエネルギーがぶつかり合いそうなほどの臨場感だ。
……わたしはこれを、知っている。
ゴツゴツの岩の感触、指に付着する細かい砂粒の感触。一度しか触れていないけれど、今でもわたしの指先に、この感触が今でも残っている。
「もうわたし、知っていたんだね」
「え?」
「ううん、何でもない。綺麗な絵だね」
「でしょう?でもね、ごめんなさい、あたしたちが知っているのは、この伝説だけ。ダークストーンのことは、何も知らないの」
ダークストーンはきっと、この伝説よりも前から存在しているものだから、そうなると詳しい取り扱い方を知るのはほぼ不可能だろう。下手すると、人がいなかった時代だったり、文字が存在しない時代だったりするかもしれないから、資料も少なそうだ。
「我々が伝えられることはこれだけだ。……さて、アデクとの約束通り、君はソウリュウジムに挑戦するのだろう?」
「はい、そのつもりです」
「ならば、アイリスや。ジムリーダーとしてリサの相手をしてあげなさい」
はーい!と元気よく返事をするアイリスちゃんの方を見て、わたしは絶句した。彼女はというと、驚いているわたしの顔を見て、可笑しそうにクスクスと笑っている。
「びっくりした?ごめんね、驚かせるつもりは……ちょっとだけあったかな!」
アイリスちゃんがあたしだってシャガおじーちゃんみたく、とっても強いんだからね、と言っているけれど、ほとんど理解できていない。耳には言葉として入ってくるのだけれど、意味をうまくかみ砕けないでいるのだ。処理落ちしている。
まさか、まさか。アイリスちゃんが最後のポケモンジムのジムリーダーだったなんて。
けれどこれで、アデクさんと知り合いであることにも、アーティさんと知り合いであることにも納得がいく。
てっきりシャガさんがジムリーダーだと思っていたけれど。
これはしてやられてしまったなあ。
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