がらんどうのキスをした‐05
はなちゃんが言うところの”空輸”でやってきたソウリュウシティは、広場のような場所に人だかりができていた。街のど真ん中に降りるわけにも行かないので、建物の陰にそっと降ろしてもらう。
「ありがとう、美遥」
「うん!あっちに人がたくさんいたけど、行く?」
「そうだね。でもその前に、アデクさんと合流したいかな」
「アデクさんならあっちにいたぞお」
鳥ポケモンは本当に目がいい。目立つ髪の色とかたちとはいえ、わたしには下をゆっくりと眺めている余裕はなかったというのに。
美遥の案内で広場の端っこ、人がまだまばらになっているところに、果たしてアデクさんはいた。
「……おお、リサか。こちらだ」
そう言ってアデクさんは、わたしを連れて広場の中心、人だかりの方へと歩いて行く。
人だかりの中心には、プラズマ団と、団員に囲まれたゲーチスの姿があった。心臓が早鐘のように鼓動している。琳太、琳太は。
噴水を背に、朗々としたゲーチスの声が響く。演説が始まったようだ。
「ウソつきゲーチスめ。みなをたぶらかそうと、必死に弁舌を振るっておる」
わたしにしか聞こえないような小声で、アデクさんが低く呟く。その目はまっすぐに、ゲーチスを射抜いていた。
一方わたしはというと、申し訳ないがあまりアデクさんの話を聞く余裕がない。何せ、琳太がいるかもしれないのだ。美遥も必死に背伸びをして、琳太の姿を探しているようだった。ゲーチスが歩き、ローブが翻る度に、あのちいさな竜の子を探してしまう。けれど、琳太の姿はどこにもなかった。
わたしに気付いてか、ゲーチスははたと動きを止め、大きく両手を広げて見せた。ローブが大きく翻るも、やはり、そこに琳太はいなかった。どこかに預けてきたのだろうか。それとも、逃げ出した?
「……そうなのです!我らが王、Nさまは、伝説のポケモンと力を合わせ、新しい国を作ろうとなさっています!これこそイッシュの英雄の国作りの再現!」
英雄、伝説、そう人々が口にし、ざわめきが波紋のように広がっていく。
琳太がいないことによって、完全に興味を失ったのか、美遥はつまらないといった表情を浮かべて腕をぶらぶらさせていた。
「ポケモンは人間とは異なり未知の可能性を秘めた生き物なのです」
「我々が学ぶべきところを数多く持つ存在なのです」
なるほどそれには共感できる。
人よりも強い力を持っているポケモン、不思議な力を秘めたポケモンはたくさんいる。ともすると神様なんじゃないかってくらいにすごいポケモンも。
それをゲーチスが悪用しようとしていることを知らなければ、ただの耳ざわりのいい、美しい演説に聞こえかねなかった。
ほどなくして演説が終わり、プラズマ団が退場すると、三々五々、聴衆達も散っていった。ある者は自分がポケモンを苦しめていたのかと反省した様子で、またある者はポケモンがいないとさみしい、と泣きそうな様子で、それぞれが、ぞれぞれの感情を抱えていた。
今ここでゲーチスを追い掛けても、琳太はいないのだろう。今は行動を共にしていないようだったし、下手すると人質になっている可能性もある。
残されたのは、わたしとアデクさん、それから……。
「なんなのよう!今の話、おかしーじゃん!」
そう言って隣にいる老齢の男性に怒りをぶつけている女の子だった。見た目はわたしと同じかそれよりも下、といった風で、豊かな濃い紫色の髪が印象的だ。
少女の言葉に対して、静かに老齢の男性が言葉を返す。白髭を蓄えた男性で、姿勢がよく、きりりとした佇まいのせいか、あまりとっつきやすさは感じられなかった。
「……そうだな。ポケモンが人との関係を望まぬというのであれば、自ら人のもとから去る……。たとえモンスターボールといえど、気持ちまで縛ることはできぬ」
……ああ。そのとおりだ。
解放なんかしなくても、琳太はすすんでわたしの手を離れていった。つまりは、そういうことなのだ。
行こうか、とアデクさんに声を掛けられるまで、わたしはぼうっとしていたらしい。はっと我に返ると、アデクさんが目の前でひらひらと手を振っていた。
「大丈夫か?」
「あ、はい、大丈夫です」
アデクさんの後についていくと、どうやら少女と老齢の男の方に向かっているようだった。さっきの言葉が頭の中をぐるぐると回っている。わたし、あのおじいさんは苦手かもしれない。厳しげな光をたたえた瞳を見て、そう思った。
そういえば、あの女の子、どこかで……。
「えっと、アイリスちゃん?」
「あっ!ヒウンシティで会ったおねーちゃんだ!」
にぱっと笑ってわたしの前にやってきたアイリスちゃんは、久しぶり、と手を差し伸べてきた。わたしよりもやや小さいそれを握り返す。
「おお、知り合いであったか」
「アデクのおじーちゃんも久しぶり!」
ヒウンシティでベルのポケモンが奪われたとき、少しだけ行動を共にした少女が、そこにいた。こんなところで会うなんて。
アデクさんとも知り合いのようだし、彼女もポケモントレーナーなのだろうか。ういえば、彼女はヒウンシティのジムリーダー、アーティさんとも知り合いではなかったか。もしかすると、ただ者ではないのかもしれない。
「……ポケモンリーグを離れ、各地をさまようチャンピオンが、一体何の用だ?」
しずかな声が響く。
一見皮肉にも受け取られかねない言葉だったが、敵意は感じられなかった。
「シャガ、ずばり、伝説のポケモンのこと、教えてくれい!」
「ああ、Nとかいうポケモントレーナー、伝説のポケモンを復活させたそうだな」
シャガと呼ばれた男性は、先ほどの演説のことを思い出したようだった。
アデクさんが、事情をかいつまんで話す。Nがわたしに対して、もう1匹の伝説のポケモンを復活させるように言ったこと、互いの信念のためにそれらを闘わせようとしていること。
それを聞いたアイリスちゃんは不満そうな表情になっていた。
「レシラムとゼクロムはもう仲良しなんだよー!なのに、そんな戦い方をするのって……」
このとき初めて、わたしの持っているダークストーンに、誰が入っているのかを知った。ゼクロム。もう片方の伝説のポケモンは、そういう名前だったのだと。
名前を口に出してみるけれど、特にバッグの中のダークストーンが反応する様子はない。そりゃ名前を呼ぶくらいで出てきてくれれば、こんなに苦労しなくて済むよね。
「安心せいアイリス。わしは今からポケモンリーグに向かう……いや、戻ると言うべきか。そしてNに勝ち、……リサ。お前さんをチャンピオンとして待つとしよう」
ソウリュウシティのジムリーダーは手強いぞ、と言い残し、アデクさんは去って行った。どうやらここから先はわたしとシャガさん、それからアイリスちゃんとの行動になるようだ。アイリスちゃんが知り合いでよかった。見た目で決めつけるのはよくないけれど、シャガさんはちょと怖いのだ。あの厳しそうな目がどうにも。
「行ってしまったか。……さて、リサといったか。私の家に来なさい。伝説のポケモンについて教えられることをお教えしよう。アイリスや、案内してあげるんだ」
「はーい!行こう、リサおねーちゃん」
シャガさんは、準備があると言って先に行ってしまった。
お姉ちゃん、と呼ばれるのはなんだかむずがゆいが、アイリスちゃんの屈託ない笑顔を見れば、やめてほしいとも言いづらい。
こっちこっち、と案内されてソウリュウシティの中を歩く。なかなかに歴史のある街のようで、石畳や噴水はいくらか風化して角が取れ、まろみを帯びていた。
「レシラムとゼクロムのお話、あたしたちが教えたげる!」
きっと彼女も、伝説のポケモンについては詳しいのだろう。
そういえば、ソウリュウシティの名前の由来って、双子の龍、双龍(そうりゅう)だったりするのだろうか。アデクさんはドラゴンポケモンのエキスパートに話を聞くと行っていたし、この街は、ドラゴンポケモンに縁のある街なのかもしれない。
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