回転木馬の逃避行‐05 

「Nとやらの言うとおりにするのはしゃくだが、ダークストーンを探すのは悪くない……。いや、むしろ、プラズマ団がゼクロムまでもを復活させてしまったら大事だ」
「アデク、どこか心当たりは?」

 アララギさんの言葉に、アデクさんは何度かうなずき、そして、なぜかわたしの方を見た。

「あるとも。古代の城に向かおう。リサ、行くぞ!」
「えっ!?」
「ん?」

 突然のご指名。その場にいた全員の視線がわたしに集中するのを感じて、冷や汗が背筋を伝った。
 何か問題でも、と言いたげな表情のアデクさんだが、問題しかない。

「あの、わたし、確かにNから探すように言われましたけど、その、……」

 わたしの言葉の先を読み取ったのか、アデクさんが分厚くてごつごつとした手のひらを軽く振る。

「ハチクはこの街のジムリーダーだ。ここに残って塔の中を調査してもらおうと思っている。アララギも研究者だからな。共に調査してもらうのがいいだろう。……そうなると、おまえさんが一番適任だとは思わんかね?」

 それを言われてしまうと何も言えない。
 そういえば、古代の城ってリゾートデザートの先にある、シンボラーたちがいたあの城のことだった。タマゴから生まれてきてくれたことだし、それを報告しに行くと思えば、行く理由がなくはない。
 わたしがそこに行って何かができるかどうかは別として、捜し物の手伝いはできるかもしれない。シンボラーさんたちも、もしかしたら協力してくれるかもしれないし。

「分かりました。行きます」
「アデクさん、僕も行かせてください」

 チェレンの申し出を、アデクさんは二つ返事で了承した。わたしとしても、チェレンがいる方が心強い。
 とんでもないことに巻き込まれてしまうのも、もうずいぶん慣れてきたような気がする。それがいいことだとは思わないけれど、慣れなきゃ疲れてしまう。

 とりあえず今日はゆっくり休むように言われて、解散となった。預けていた琳太たちを引き取りに行こうとしたところで、同じくジョーイさんのところに鍵を返しに行こうとしていたハチクさんと並んで歩くことになった。マスクをつけているから相変わらず表情はうかがえないものの、凜とした立ち居振る舞いを見ていると、なんだかわたしの背筋も自然にぴんと伸びていた。

「もしよければ明日、出発前に、セッカジムまで来てほしい」

 渡したいものがあるのだという。それに返事をすると、ハチクさんは一足先に受付へと行ってしまった。わたしに歩幅を合わせてくれていたのだろう。早足で歩いているようには見えないのに、ぐんぐんと背中が遠くなっていく。

「……渡したいものって何だろ」

 それに答える者はいない。
 受付までやってきたとき、ジョーイさんがわたしの方を見ていたので、たまたま視線が合ったのだと思ったわたしは、琳太たちを受け取ろうと思って近づいた。

「リサさんですよね?ちょっといいかしら」
「はい。何でしょうか?」

 ジョーイさんは目を伏せて、奥の部屋へとわたしを案内した。
 ここ、確か、琳太が治療されたときに入っていた病室だ。嫌な予感がして、どくん、と鼓動が騒ぎ立てる。全身が心臓になってしまったみたいに、ばくばくと低い音が鼓膜を支配した。
 けれど、ジョーイさんはその部屋の前を通り過ぎて、さらに奥へと進んでいく。そして廊下の途中で立ち止まった。廊下の一部がガラス張りになっていて、そこから部屋の中が見えるようになっている。
 そこにはウルガモスが横たわっていた。仰向けに寝かされているそれが、標本の上の昆虫のようでぞっとした。その顔には人口呼吸器のようなものが取り付けられており、身体には点滴のチューブがつながれていた。

「あの、ウルガモスに何か……?」
「はい。いくつか質問させてください。この子が生まれたのはいつですか?」
「ついさっき、です」

 わたしの回答に、ジョーイさんは眉をひそめた。

「ウルガモスは、メラルバというポケモンから進化するというのはご存知ですか?」
「いいえ……」
 
 知らなかった。わたしが首を横に振ると、ジョーイさんはウルガモスの方に一瞬だけ視線を移してから、再びわたしの方を見た。口を開きかけて、閉じる。彼女も何と言ったらいいのか分からないでいるようだった。
 わたしも、どうしてウルガモスがこういう状態になっているのかがわからない。わたしの手を取ってくれたあのとき、特に大けがを負っている様子はなかったし、健康そのものだったように思う。
 それとも、生まれたばかりのポケモンには、点滴などの処置が必要だったのだろうか。

「あのウルガモスは、生まれるのが早すぎました」

 何らかの理由で早く生まれてしまった。あるいは、早く生まれざるを得なかった。
 外側から無理にタマゴを割ろうとすれば、よほどのことがない限り、割れたタマゴの殻が個体に傷をつける。それがウルガモスになかったということは、内部的に……ウルガモス自身が、早く生まれることを望んだのだと、ジョーイさんは教えてくれた。
 わたしが殻を割るようなことはしていないし、ジョーイさんの言っていることはきっと正しい。けれど、生まれるのが早すぎたがゆえに、ウルガモスの身体がよくない状態にあるということは、薄々今の会話の流れから推測できた。

「五体満足で生まれてきたことが、はっきり言って奇跡です」

 肺が、弱いのだという。暖かい部屋で大人しくしている分には問題ないが、ポケモンバトルはもちろんのこと、長時間の飛行も厳しい。寿命については分からないが、もしかすると普通の個体よりも短くはなってしまうかもしれないということも、教えてもらった。

「それ、その、ウルガモスは、ずっとそのままなんですか……?」
「いいえ、成長するにつれて、症状は緩和するでしょう。ただ、どこまで症状が軽くなるかは、現時点では何とも……」
「そう、ですか」

 間に合ってよかったと、ウルガモスは言った。それをわたしは奇跡だと思った。だけど違った。ウルガモスは、自分の意志で、自分の命を削ってでも、わたしを守り切る覚悟で、まだ見ぬ世界に飛び出すことを選んだのだ。
 ぐっと唇を噛み締めるわたしの目の前に、ジョーイさんが白い封筒を差し出した。

「この薬を毎日寝る前に、ウルガモスに飲ませてください」
「わかり、ました」
「一緒に旅をするくらいならば、何の問題もありません。でも、何かおかしなところがあったらすぐ、最寄りのポケモンセンターに行ってくださいね」
「はい……」

 白い封筒が、わたしの手の中でくしゃりとしわになる。

「あの、ウルガモスに会っても?」
「ええ、大丈夫ですよ」

 ジョーイさんの言葉に背中を押されたような気持になって、ガラス張りになっている壁の横、真っ白なドアを開ける。
 ドアの開扉音に反応したのか、ウルガモスが少し、頭を動かした。羽をかすかに動かして、わたしの方に首を回しているように見えるけれど、仰向けの姿勢は落ち着かないのか、もぞもぞと居心地悪そうにしていた。
 ウルガモス、と声を掛けて顔を覗き込むと、ベッドからはみ出している羽が、返事をするかのようにゆらゆらと揺れた。もごもごと何かを言っているようだが、呼吸器のせいで何を言っているのかよく分からない。
 
「んもー、もどかしいからこれ取っちゃうわよ!」

 一瞬のうちに、ウルガモスが人の姿を取って、ベッドに腰かけていた。当然、点滴も人工呼吸器も外れている。
 ジョーイさんが血相を変えてぐいぐいとウルガモスの肩を押し、ベッドへと押し戻す。

「ちょ、ちょっと!ああもう分かったわよでもこの透明なマスクみたいなのは嫌よ!話しにくいじゃない!」

 結局、人の姿のまま点滴だけを受けて横になることで決着がついたようだった。



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